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第十二話 いい雰囲気の作り方が分からない

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「すまない、姫。手間取っている」

 エリクはこの数十分ほど、ドアや壁を破壊できないかと頑張っていた。
 だが宮廷魔術師の最高の魔術を以てしても傷一つ付けることはできなかった。

 オレはさっきから、どうやって彼を誘おうかと迷いあぐねていた。
 だって彼はドアが開く条件なんて知らない。
 オレから誘えば、こんな時にえっちなことを考えてる変態だと思われるかもしれない。

 そもそもどこまでヤれば「背徳的な行為」になるのかが分からない。
 キスだけするのと最後までするのとでは、誘い方も変わってくるんじゃないだろうか。

「どうやら古代の技術でこの空間だけ隔離されているようだ」

 エリクが汗をかきながら呟く。
 なかなか鋭いな。確かにこの部屋の外にはマップは広がっていない。
 ドアの外に出ると元のダンジョンマップまで飛ばされるのだ。

「エリク……」

 駄目だ、何も思い浮かばない。
 勢いに任せてどうにかするしかない。
 後ろから彼の手をそっと握る。

「姫?」

 彼がオレを振り返る。

「エリク、オレをここで抱いて……っ!」

 うん、ド直球の言葉しか浮かばなかった。
 いやだってこう言ってキスしただけでドアが開いても、エリクならそこで止めてくれるだろうし。
 何よりオレは駆け引きの仕方とか、無言でそういう雰囲気にする方法とかまったく分からんのだ。

「そ……れは、」

 エリクの額を汗が伝う。

「駄目だ。姫には婚約者がいるだろう」
「あんな奴よりエリクの方がいい」

 『今はそんな場合じゃない』という言葉が真っ先に飛び出さない辺り、脈有りだな。
 オレは胸の前で彼の手をぎゅっと両手で包み込み、彼を見つめる。

「せめて、初めてはエリクにもらって欲しい……っ」

 せめても何もローランと結婚するつもりはさらさらないのだが、こう言っておけば「一発くらいなら」と罪悪感も少なくなるだろう。

「姫……」

 彼のもう片方の手がオレの手に添えられ、互いの手を握り合う形になる。

「後悔はしないか?」

 彼の瞳には覚悟の色が浮かんでいた。
 キュン、と下腹の辺りが疼くのを感じる。

「……しない」

 しっかりと彼の目を見据えて答えた。

「そうか、なら……」

 オレの身体が優しくカーペットの上に横たえられる。

「アントワーヌ、貴方を抱こう」

 彼の低い囁きに身体が熱くなる。
 そして彼の手がオレのアーマーの留め具に触れる。
 脱がせようとしているようだ。

「ま、待って!」

 待て待て待て、こっちは段階を踏んで必要最小限の行為でドアを開けたいのに、いきなり飛び越していこうとするな。キスだけでドアが開くかもしんないだろ!

「どうした、やっぱり止めるか?」

 彼の瞳に少し残念そうな色が浮かぶ。

「そうじゃなくて……キスからして欲しい」

 クソ、これじゃあオレが面倒くさい女みたいじゃないか。
 違う意味で恥ずかしいぞ。

「これは失礼」

 彼は柔らかく微笑むと、オレの背中に手を添える。
 そしてオレの上体だけ起こさせると、屈み込んで恭しく唇を寄せる。

(童話の姫に接吻する王子かよ……!)

 いや、実際今のオレは姫なんだった。
 ドキドキと胸の鼓動を感じたその瞬間、二人の唇が触れた。
 ――――ドアが開いた気配はない。

 まあ、流石に触れるだけのキスを『背徳的』とは表現しねえよな。
 覚悟はしていたさ。

 確かめるように、ゆっくりと彼の舌がオレの唇を押し割る。
 オレは大人しくその舌を受け入れた。
 彼の舌がオレの舌を撫でるように動く。

「……っ」

 舌の裏や口蓋を撫でられると、頭がぼんやりとしてくるのを感じる。
 なんだこれ……気持ちいい、のか?

「んっ」

 彼の腕にしがみつきながら、自ら舌を絡ませる。
 唾液を交わらせ合い、舌を吸われると甘い感覚がした。

「……はぁっ」

 口を離すと、舌と舌の間を銀糸が伝った。
 ドアは、まだ開かない。

「アントワーヌ……」

 エリクの瞳が熱い。
 今度こそ、その先へ進まねばならないと悟る。

「エリク……いいよ。脱がせて」

 彼に囁く。

「ああ」

 彼がオレの服に手をかけた。
 今日――――オレは彼に抱かれる。
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