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第二十七話 ナデシコ、純愛
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「敵を討つって……?」
彼の言葉を上手く呑み込めず、きょとんとしてしまった。
その一瞬を切り取ったなら、確かにオレはエーファそっくりな表情をしていたことだろう。
「父から、この学園にグロースクロイツ家の敵がいるとだけ連絡が来た。オレは詳細を教えてくれるように父に手紙を送ったが、その返事が『何も知らなくていい』だった。ルノがカラスの紋章を身に着けた賊に襲われたことに関しても似たようなものだった」
オレが謎の男に襲われたことに関しても碌な返事は来なかったのか。グロースクロイツ家に対する不信感がオレの中で増した。
アレクシスは大事な人だが、その実家はヒュフナー教授の言うようにあまり良くない場所であるように思われた。ヒュフナー教授の旧友は本当に豹変してしまったのだろうか。
「そして、ついさっきのことだ。グロースクロイツ家の敵が現れる場所が判明したそうだ。次の満月の晩、『敵』が学園の中庭に現れる。だからそれを討て。ただそれだけの内容をしたためた文が来た」
アレクシスがその内容に何とも思ってない訳がなかった。
彼の表情を見ればそれは分かる。貴族だから当たり前に思っている、優等生だから平気だなんてことはまったくない。
「アレクシスはそれに従うのか?」
彼の懸念が伝わってくるような気がして尋ねた。
このことをわざわざオレに言ったということはつまり……アレクシスは疑っているということだ。
グロースクロイツ家の黒い噂を思い出す。敵対者に容赦がないとか、何とか。
もしも罪もない人間をアレクシスに始末させようとしているだけだったりしたら?
それは恐ろしい可能性だったが、それが彼の脳裏に過っているであろうことは確かだった。
「……どうだろうな」
アレクシスは首を横に振った。
「オレはこれまで父を信じて生きてきた。だが、ここに来て……」
「疑い始めてる?」
彼の言葉を引き継いで言った。それを彼の口で言葉にするのは辛いことだと思ったから。
アレクシスはオレの言葉に怯んだかのように目を見開き、口を引き結んだ。
「……っ、ああ。父の言うことは正しいのだろうかと疑問に思っている」
彼の言葉にほっとしたような、逆に胸が締め付けられるような思いがした。
彼がグロースクロイツ家に対して反感を覚えてることに安心する一方で、一番近い人が信用できないというのはどういう気分なのだろう。オレもそんな思いを体験したことはない。何があっても母は常にオレの味方だった。
「それでどうするんだ? 逆らって敵とやらを倒しに行くのは止めるのか?」
これからどうするのか彼に尋ねた。
もし父親に反抗するとしたら彼はどんな目に遭うのだろう。親子の縁を切られるのだろうか。それとも跡継ぎだから大丈夫なのか。心配になって彼を見上げた。
「いや。そのグロースクロイツ家の敵というのは重大な悪人かもしれないんだ。もしかすれば父が嘘を付いているのかもしれないが、それでも行かなければならない。行って見極めようと思う」
行って見極める。そう口にした彼の顔はまさしく騎士のように誇り高く見えた。
「それでいいのか?」
「ああ。父が何も教えてくれないからこそ、確かめない訳にはいかない」
「そうか……」
彼が覚悟を決めているのなら、それに対してとやかく言うことは出来ないと思った。
心配で堪らないが、剣術でも魔術でも彼の方が上なのだから彼の身をオレが案じても仕方ない。
「心配してくれてるのか? ありがとうな」
それなのにアレクシスはそのことに微笑んでくれたのだった。
「し、心配なんかしてねえっ!」
思わずぷいと背を向けて照れ隠しをしてしまった。
アレクシスは大事な人だし好きだという気持ちもあるけれど、それはそれとしてまだアレクシスとの距離を縮めるつもりはない。たとえ両想いだとしても恋人だとか"そういう関係"になるつもりはない。
そうだ、そこら辺の所を勘違いされないようにはっきりと態度で示しておかねば。
「ふふ」
背を向けてても分かる。
彼が嬉しそうに顔を綻ばせているのが、何だか擽ったかった。
*
次の満月の晩まで日がある、と彼は言った。
だから今度の休みの日には何処かに遊びに行こうとも。
今思えば時間があることと休日に繰り出すことは何の因果関係もないのだが、その時のオレはすっかり騙されて頷いてしまったのだった。
「学生通りか」
その一角に並ぶ店の軒先を眺めながらアレクシスに声をかける。通称『学生通り』と呼ばれるその通りはこの町に初めて来た時にもアレクシスに案内された場所だった。
賑やかな商店街、と呼ぶには通りの纏っている雰囲気はいささか妙だった。動物の鳴き声をしたと思ってそちらに視線を向ければフクロウの入った籠が吊るされており、時には魔女が妙薬を調合しているかのような不思議な臭いが漂ってくる。
『学生通り』の学生が何を指すかと言えば、魔術学校の生徒のことに他ならなかった。つまりここら辺の店はみな魔術のための道具を扱っている店だということだ。
「ルノ、あそこの使い魔専門店はどうだ?」
「使い魔専門店? どうして?」
アレクシスが指を指した先の、軒先にフクロウの籠を吊るした店を見て首を傾げる。
「ルノは動物が好きだろう?」
「はあ?」
彼が突拍子もないことを口に出した。
どうしてそんなことを思ったのだろう。オレは一度も動物が好きだと言ったことはないし、思ったこともない。
ちなみに今日はエーファはついてきてない。今日はエーファにとっても休日だ。
「違ったか? エーファに対してはいつも笑顔を向けてる気がしたのだが」
彼はそんなとぼけたことを言う。
オレはあの小リスにむやみやたらに笑いかけたりした覚えはない。
エーファを見下ろす度に柔らかい顔をしているのはアレクシスの方だろうに。
「とにかく、使役学を受けるにしても先の話だからまだいい」
「そうか。また今度来よう」
どうやらオレが使い魔を選ぶ時には当然のようについてくる気満々らしい。
彼に内緒で使い魔を購入してやろうかとも一瞬考えたが、洒落にならないショックを受けそうなので止めることにした。しょうがないからその時にはアレクシスもつれて来てやるとしよう。
「じゃあ、あそこはどうだ」
アレクシスは学生通りの中でも一際陰鬱でどんよりとした黴臭そうな店を指さした。アレクシスの太陽のようなイメージとは程遠い店だ。一見すると営業しているかどうかも怪しい雰囲気だ。
あの店の中に彼がいたらさぞかし浮くだろうに、平気な顔して入っていく気だろうか。それとも彼も初めて入る時は躊躇して店の前を右往左往してみたりしたのだろうか。そういう彼を想像してみると、ちょっと面白い気分になった。
「一体何の店だ?」
足を踏み入れたことがなくて、彼に尋ねてみた。
「魔術書の古本屋だ。霊医術の入門書でも探してみないか。使い魔と違って生き物ではないのだから、早く手に入れておくに越したことはないだろう?」
「まあ、確かにな」
古本屋か。そう聞くと途端に黴臭い雰囲気が、古い紙の重厚な匂いを漂わせているように感じられて来た。
彼の申し出はオレをいずれ専属霊医術士にしたいと目論んでるからのものだろうか。それとも、オレの為になることをしたいだけなのか。
どちらにせよ、オレは口を尖らせて答えたのだった。
「でも自分の金で買うからな。……本選びのアドバイスなら、もらうけど」
「よし、なら行こう!」
アレクシスはぱっと顔を輝かせて歩き出した。
今では彼がなんでこんなお節介をするのか、いちいち嬉しそうにするのか。その一端を理解できてしまう。彼がどれほど率直にオレに好意を向けているのかも。
素直にオレも彼のことが好きだと伝えて、その手を握ったらどんなに幸福な気持ちがするだろう。
「……!」
自分の思考に気づいて顔が熱くなり、その思考を飛ばすようにぶんぶんと首を振った。
「どうした、ルノ?」
振り返った彼の顔が暫く見れそうになかった。
一瞬でも考えたことが彼に伝わってしまうんじゃないかという気がしたから。
彼の言葉を上手く呑み込めず、きょとんとしてしまった。
その一瞬を切り取ったなら、確かにオレはエーファそっくりな表情をしていたことだろう。
「父から、この学園にグロースクロイツ家の敵がいるとだけ連絡が来た。オレは詳細を教えてくれるように父に手紙を送ったが、その返事が『何も知らなくていい』だった。ルノがカラスの紋章を身に着けた賊に襲われたことに関しても似たようなものだった」
オレが謎の男に襲われたことに関しても碌な返事は来なかったのか。グロースクロイツ家に対する不信感がオレの中で増した。
アレクシスは大事な人だが、その実家はヒュフナー教授の言うようにあまり良くない場所であるように思われた。ヒュフナー教授の旧友は本当に豹変してしまったのだろうか。
「そして、ついさっきのことだ。グロースクロイツ家の敵が現れる場所が判明したそうだ。次の満月の晩、『敵』が学園の中庭に現れる。だからそれを討て。ただそれだけの内容をしたためた文が来た」
アレクシスがその内容に何とも思ってない訳がなかった。
彼の表情を見ればそれは分かる。貴族だから当たり前に思っている、優等生だから平気だなんてことはまったくない。
「アレクシスはそれに従うのか?」
彼の懸念が伝わってくるような気がして尋ねた。
このことをわざわざオレに言ったということはつまり……アレクシスは疑っているということだ。
グロースクロイツ家の黒い噂を思い出す。敵対者に容赦がないとか、何とか。
もしも罪もない人間をアレクシスに始末させようとしているだけだったりしたら?
それは恐ろしい可能性だったが、それが彼の脳裏に過っているであろうことは確かだった。
「……どうだろうな」
アレクシスは首を横に振った。
「オレはこれまで父を信じて生きてきた。だが、ここに来て……」
「疑い始めてる?」
彼の言葉を引き継いで言った。それを彼の口で言葉にするのは辛いことだと思ったから。
アレクシスはオレの言葉に怯んだかのように目を見開き、口を引き結んだ。
「……っ、ああ。父の言うことは正しいのだろうかと疑問に思っている」
彼の言葉にほっとしたような、逆に胸が締め付けられるような思いがした。
彼がグロースクロイツ家に対して反感を覚えてることに安心する一方で、一番近い人が信用できないというのはどういう気分なのだろう。オレもそんな思いを体験したことはない。何があっても母は常にオレの味方だった。
「それでどうするんだ? 逆らって敵とやらを倒しに行くのは止めるのか?」
これからどうするのか彼に尋ねた。
もし父親に反抗するとしたら彼はどんな目に遭うのだろう。親子の縁を切られるのだろうか。それとも跡継ぎだから大丈夫なのか。心配になって彼を見上げた。
「いや。そのグロースクロイツ家の敵というのは重大な悪人かもしれないんだ。もしかすれば父が嘘を付いているのかもしれないが、それでも行かなければならない。行って見極めようと思う」
行って見極める。そう口にした彼の顔はまさしく騎士のように誇り高く見えた。
「それでいいのか?」
「ああ。父が何も教えてくれないからこそ、確かめない訳にはいかない」
「そうか……」
彼が覚悟を決めているのなら、それに対してとやかく言うことは出来ないと思った。
心配で堪らないが、剣術でも魔術でも彼の方が上なのだから彼の身をオレが案じても仕方ない。
「心配してくれてるのか? ありがとうな」
それなのにアレクシスはそのことに微笑んでくれたのだった。
「し、心配なんかしてねえっ!」
思わずぷいと背を向けて照れ隠しをしてしまった。
アレクシスは大事な人だし好きだという気持ちもあるけれど、それはそれとしてまだアレクシスとの距離を縮めるつもりはない。たとえ両想いだとしても恋人だとか"そういう関係"になるつもりはない。
そうだ、そこら辺の所を勘違いされないようにはっきりと態度で示しておかねば。
「ふふ」
背を向けてても分かる。
彼が嬉しそうに顔を綻ばせているのが、何だか擽ったかった。
*
次の満月の晩まで日がある、と彼は言った。
だから今度の休みの日には何処かに遊びに行こうとも。
今思えば時間があることと休日に繰り出すことは何の因果関係もないのだが、その時のオレはすっかり騙されて頷いてしまったのだった。
「学生通りか」
その一角に並ぶ店の軒先を眺めながらアレクシスに声をかける。通称『学生通り』と呼ばれるその通りはこの町に初めて来た時にもアレクシスに案内された場所だった。
賑やかな商店街、と呼ぶには通りの纏っている雰囲気はいささか妙だった。動物の鳴き声をしたと思ってそちらに視線を向ければフクロウの入った籠が吊るされており、時には魔女が妙薬を調合しているかのような不思議な臭いが漂ってくる。
『学生通り』の学生が何を指すかと言えば、魔術学校の生徒のことに他ならなかった。つまりここら辺の店はみな魔術のための道具を扱っている店だということだ。
「ルノ、あそこの使い魔専門店はどうだ?」
「使い魔専門店? どうして?」
アレクシスが指を指した先の、軒先にフクロウの籠を吊るした店を見て首を傾げる。
「ルノは動物が好きだろう?」
「はあ?」
彼が突拍子もないことを口に出した。
どうしてそんなことを思ったのだろう。オレは一度も動物が好きだと言ったことはないし、思ったこともない。
ちなみに今日はエーファはついてきてない。今日はエーファにとっても休日だ。
「違ったか? エーファに対してはいつも笑顔を向けてる気がしたのだが」
彼はそんなとぼけたことを言う。
オレはあの小リスにむやみやたらに笑いかけたりした覚えはない。
エーファを見下ろす度に柔らかい顔をしているのはアレクシスの方だろうに。
「とにかく、使役学を受けるにしても先の話だからまだいい」
「そうか。また今度来よう」
どうやらオレが使い魔を選ぶ時には当然のようについてくる気満々らしい。
彼に内緒で使い魔を購入してやろうかとも一瞬考えたが、洒落にならないショックを受けそうなので止めることにした。しょうがないからその時にはアレクシスもつれて来てやるとしよう。
「じゃあ、あそこはどうだ」
アレクシスは学生通りの中でも一際陰鬱でどんよりとした黴臭そうな店を指さした。アレクシスの太陽のようなイメージとは程遠い店だ。一見すると営業しているかどうかも怪しい雰囲気だ。
あの店の中に彼がいたらさぞかし浮くだろうに、平気な顔して入っていく気だろうか。それとも彼も初めて入る時は躊躇して店の前を右往左往してみたりしたのだろうか。そういう彼を想像してみると、ちょっと面白い気分になった。
「一体何の店だ?」
足を踏み入れたことがなくて、彼に尋ねてみた。
「魔術書の古本屋だ。霊医術の入門書でも探してみないか。使い魔と違って生き物ではないのだから、早く手に入れておくに越したことはないだろう?」
「まあ、確かにな」
古本屋か。そう聞くと途端に黴臭い雰囲気が、古い紙の重厚な匂いを漂わせているように感じられて来た。
彼の申し出はオレをいずれ専属霊医術士にしたいと目論んでるからのものだろうか。それとも、オレの為になることをしたいだけなのか。
どちらにせよ、オレは口を尖らせて答えたのだった。
「でも自分の金で買うからな。……本選びのアドバイスなら、もらうけど」
「よし、なら行こう!」
アレクシスはぱっと顔を輝かせて歩き出した。
今では彼がなんでこんなお節介をするのか、いちいち嬉しそうにするのか。その一端を理解できてしまう。彼がどれほど率直にオレに好意を向けているのかも。
素直にオレも彼のことが好きだと伝えて、その手を握ったらどんなに幸福な気持ちがするだろう。
「……!」
自分の思考に気づいて顔が熱くなり、その思考を飛ばすようにぶんぶんと首を振った。
「どうした、ルノ?」
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