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第二十四話 ラベンダー、私に応えてください
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「なんだ、この部屋は?」
いつもの食堂で食事をするのだと思ったら、奥に通されて狭い部屋で二人きりになった。
狭いと言っても清潔感はあり、その部屋の中央に用意されたテーブルと二脚の椅子の為にだけに用意された部屋だと考えれば広いとすら言えた。
白いテーブルクロスが敷かれたその上に燭台と、皿に乗ったナプキン、銀色に輝くナイフとフォークなどが並べられていた。
まるで高級料理店の一部を切り取ったような部屋だと思った。高級料理店なんて足を踏み入れたことがないから、想像だけれど。
「お貴族様用に特別に用意された部屋か?」
アレクシスを振り返って尋ねる。
「まさか。静かに食事をしたいと希望する生徒の為にこういう部屋があるんだ」
彼は何でもないことであるかのように微笑を浮かべて答える。
本当だろうか。オレは今までこんな部屋の存在を知らなかったが。
「たまにはこういうのもいいだろう?」
なんて、彼はニヤリと笑う。
悪戯っぽく言っているが、きっとオレの為なんだろう。オレが安心して夕食を摂れるようにとこんな措置をしてくれたに違いないのだ。まったく、オレがちょっと朝に取り乱してたからって大袈裟なんだから。
(第一、朝と昼は普通に食堂で食ったしな……)
彼の配慮に『正直意味がないのでは?』と思いつつも、日ごろ彼に理不尽な我が侭を言っているのは自分の方な気がして内省する。少し空回っている気がするものの、彼の気遣いが嬉しかった。
「どうぞ」
彼がオレの為に椅子を引いてくれる。
「あ、ああ」
ドギマギしながら腰掛けた。こんな風に丁寧に扱われると調子が狂う。
それからあまり間を置かず食事が運ばれてきた。
流石にフルコースとはいかないようで、皿に乗った料理はいつもの食堂のメニューだった。それでもそんじょそこらの酒場よりはずっと質が良いが。
エーファの前にもヒマワリの種が盛られた小さな皿が置かれた。エーファは「ヂュ!」と鳴いてさっそくヒマワリの種を頬袋に詰め込み始めた。さっきも木の実を食ってたじゃないか。
「ふふ。オレたちも食べようか」
「ああ」
エーファのおかげでふっと緊張が解れ、オレはリラックスしてナイフとフォークを手に取った。
小リスを見つめるアレクシスの視線が柔らかい。
「そういえば」
メインディッシュの魚料理にナイフを入れながら、口を開いた。
「なんでエーファを使い魔にしたんだ?」
エーファは自分の名前が出たことも意に介さず、カリカリと種を食べている。
アレクシスはオレの方から質問してきたことに驚いたのか目を丸くし、それから少し考える表情をした。
「……エーファを使い魔にしたのは三年前のことなんだが」
そして彼はゆっくりと話し始めた。
「その前の年、乳母が亡くなったんだ」
「乳母?」
彼の口にした単語を繰り返した。
「ああ。優しい人だった」
彼は言葉少なにその人物のことを語った。
一介の庶民に過ぎないオレには、貴族にとっての乳母の存在がどんなものかピンと来ない。
オレも乳飲み子だった時期は乳母に預けられることもあったらしいが、傭兵というのは仕事を求めてあちらからこちらへと移動するものだ。乳母をやってくれた特定の誰かに思い入れがあったりはしない。
でも、彼の表情を見ると、きっと……彼にとっては母親のような人だったのではないかと思う。
そうか、彼も大切な人を喪っていたのか――――。
「オレは乳母がよく連れ出してくれた屋敷の近くの森を歩いていた。そんな時、オレが何気なく手にした葉っぱを胡桃か何かと勘違いしたのか、一匹のリスが飛び乗って来たんだ」
「きゅ?」
エーファが顔を上げたかと思うと、また別のヒマワリの種を手に取って食べ始めた。
「無防備すぎてなんて間抜けなリスなんだと思ったが……その黒い瞳を見ていたら、乳母のことを思い出してな」
「それで、エーファを?」
「ああ、使い魔にしたんだ。契りを結ぶまでの間、随分と大人しくしてくれてた」
懐かしむように彼は目を閉じる。
「今でもその時のことを思い出して、エーファは乳母から遣わされてきたんじゃないかと思う」
食べることに夢中になっているエーファに視線を注ぐ。
アレクシスの傷ついた心を癒すために天から遣わされてきた……のだろうか?
そう言われると確かにそんな感じにも見えてくる。
「じゃあ、エーファはアレクシスにとって大切な存在なんだな」
「ああ」
エーファを見つめる時の彼の柔らかい表情からそうだろうとは思っていたが、彼にとってエーファはただの使い魔ではないらしい。まあそもそも有用かどうかで判断していたのなら、エーファは使い魔にするには……その、少々頼りなかっただろう。
「エーファには少し乳母の面影がある」
「チュ」
彼の言葉を理解しているのかどうなのか、ヒマワリの種を食べ終わったエーファが顔を上げてここぞとばかりに利発そうな顔をした。
「ああ……あと、何となくルノにも似ているかもしれないな」
「それは、エーファに? それともその乳母に?」
一瞬、『そんなに彼の前で間抜けな顔を見せていただろうか』と顔を顰めてしまった。
エーファに似ているとなればそれはちょっと抗議したい。
「両方だな」
彼のその微笑に何も言えなくなってしまった。
まったく、彼はズルい。
最初は意味不明だった彼の存在がオレの中でどんどん大きくなっている。
優等生然としてて、カッコつけで、世話焼きで、すぐにオレのことを好きだとか何だとか言うウザい奴なのに、ふとした時に見せる表情が凄く優しくて――――彼が近い存在になっている。
ああ、彼のことが好きだ。
突然湧いてきた自覚にぎゅっと心臓が捕まれたようだった。
「多分、全然似てねえと思うけど……」
赤く染まっているであろう顔を隠すために俯く。
その乳母が優しい人物だったというのなら、アレクシスの人柄はそれに影響されたのだろう。きっと似ているのは彼の方だ。会ったこともないその女性が彼の人格を形作った一部となっていることをはっきり理解できた。
「そうか?」
アレクシスが爽やかな微笑を漏らした。
また、そんな表情をして。これでは胸の内に沸いたこの感情を止められない。
「少なくともそこのリスには似てねえよ」
唇を尖らせる振りをするので精一杯だった。
顔が熱くなり過ぎて、とっくに彼にこの感情を気取られてるのではないかと思った。
もしそうだとしたら、困る。彼を拒む理由が、建前が消えてしまう。
「似てると思うのだが……愛らしいところとか」
アレクシスはオレとエーファを交互に見比べて思案に嘆息した。
彼の目にはオレが頬袋に餌を貯めては「きゅ?」と上目遣いに人間を見つめる生物のように見えてるのだろうか……。
この様子ではオレの異常には気づいてなさそうだ。いつも『オレのことが好きなんだろ?』と自信満々な癖して。
「とにかく、さっさとメシを食えよ」
特段彼が手を止めていた訳ではないが、きっと睨み付けて話を逸らす。
「ああ、そうだったな」
彼は朗らかに笑ってナイフとフォークを動かし始めた。
オレも自分の感情を呑み込むようにして、今日の夕食を嚥下した。
ほとんど味がしなかったのがちょっと勿体なかった。
いつもの食堂で食事をするのだと思ったら、奥に通されて狭い部屋で二人きりになった。
狭いと言っても清潔感はあり、その部屋の中央に用意されたテーブルと二脚の椅子の為にだけに用意された部屋だと考えれば広いとすら言えた。
白いテーブルクロスが敷かれたその上に燭台と、皿に乗ったナプキン、銀色に輝くナイフとフォークなどが並べられていた。
まるで高級料理店の一部を切り取ったような部屋だと思った。高級料理店なんて足を踏み入れたことがないから、想像だけれど。
「お貴族様用に特別に用意された部屋か?」
アレクシスを振り返って尋ねる。
「まさか。静かに食事をしたいと希望する生徒の為にこういう部屋があるんだ」
彼は何でもないことであるかのように微笑を浮かべて答える。
本当だろうか。オレは今までこんな部屋の存在を知らなかったが。
「たまにはこういうのもいいだろう?」
なんて、彼はニヤリと笑う。
悪戯っぽく言っているが、きっとオレの為なんだろう。オレが安心して夕食を摂れるようにとこんな措置をしてくれたに違いないのだ。まったく、オレがちょっと朝に取り乱してたからって大袈裟なんだから。
(第一、朝と昼は普通に食堂で食ったしな……)
彼の配慮に『正直意味がないのでは?』と思いつつも、日ごろ彼に理不尽な我が侭を言っているのは自分の方な気がして内省する。少し空回っている気がするものの、彼の気遣いが嬉しかった。
「どうぞ」
彼がオレの為に椅子を引いてくれる。
「あ、ああ」
ドギマギしながら腰掛けた。こんな風に丁寧に扱われると調子が狂う。
それからあまり間を置かず食事が運ばれてきた。
流石にフルコースとはいかないようで、皿に乗った料理はいつもの食堂のメニューだった。それでもそんじょそこらの酒場よりはずっと質が良いが。
エーファの前にもヒマワリの種が盛られた小さな皿が置かれた。エーファは「ヂュ!」と鳴いてさっそくヒマワリの種を頬袋に詰め込み始めた。さっきも木の実を食ってたじゃないか。
「ふふ。オレたちも食べようか」
「ああ」
エーファのおかげでふっと緊張が解れ、オレはリラックスしてナイフとフォークを手に取った。
小リスを見つめるアレクシスの視線が柔らかい。
「そういえば」
メインディッシュの魚料理にナイフを入れながら、口を開いた。
「なんでエーファを使い魔にしたんだ?」
エーファは自分の名前が出たことも意に介さず、カリカリと種を食べている。
アレクシスはオレの方から質問してきたことに驚いたのか目を丸くし、それから少し考える表情をした。
「……エーファを使い魔にしたのは三年前のことなんだが」
そして彼はゆっくりと話し始めた。
「その前の年、乳母が亡くなったんだ」
「乳母?」
彼の口にした単語を繰り返した。
「ああ。優しい人だった」
彼は言葉少なにその人物のことを語った。
一介の庶民に過ぎないオレには、貴族にとっての乳母の存在がどんなものかピンと来ない。
オレも乳飲み子だった時期は乳母に預けられることもあったらしいが、傭兵というのは仕事を求めてあちらからこちらへと移動するものだ。乳母をやってくれた特定の誰かに思い入れがあったりはしない。
でも、彼の表情を見ると、きっと……彼にとっては母親のような人だったのではないかと思う。
そうか、彼も大切な人を喪っていたのか――――。
「オレは乳母がよく連れ出してくれた屋敷の近くの森を歩いていた。そんな時、オレが何気なく手にした葉っぱを胡桃か何かと勘違いしたのか、一匹のリスが飛び乗って来たんだ」
「きゅ?」
エーファが顔を上げたかと思うと、また別のヒマワリの種を手に取って食べ始めた。
「無防備すぎてなんて間抜けなリスなんだと思ったが……その黒い瞳を見ていたら、乳母のことを思い出してな」
「それで、エーファを?」
「ああ、使い魔にしたんだ。契りを結ぶまでの間、随分と大人しくしてくれてた」
懐かしむように彼は目を閉じる。
「今でもその時のことを思い出して、エーファは乳母から遣わされてきたんじゃないかと思う」
食べることに夢中になっているエーファに視線を注ぐ。
アレクシスの傷ついた心を癒すために天から遣わされてきた……のだろうか?
そう言われると確かにそんな感じにも見えてくる。
「じゃあ、エーファはアレクシスにとって大切な存在なんだな」
「ああ」
エーファを見つめる時の彼の柔らかい表情からそうだろうとは思っていたが、彼にとってエーファはただの使い魔ではないらしい。まあそもそも有用かどうかで判断していたのなら、エーファは使い魔にするには……その、少々頼りなかっただろう。
「エーファには少し乳母の面影がある」
「チュ」
彼の言葉を理解しているのかどうなのか、ヒマワリの種を食べ終わったエーファが顔を上げてここぞとばかりに利発そうな顔をした。
「ああ……あと、何となくルノにも似ているかもしれないな」
「それは、エーファに? それともその乳母に?」
一瞬、『そんなに彼の前で間抜けな顔を見せていただろうか』と顔を顰めてしまった。
エーファに似ているとなればそれはちょっと抗議したい。
「両方だな」
彼のその微笑に何も言えなくなってしまった。
まったく、彼はズルい。
最初は意味不明だった彼の存在がオレの中でどんどん大きくなっている。
優等生然としてて、カッコつけで、世話焼きで、すぐにオレのことを好きだとか何だとか言うウザい奴なのに、ふとした時に見せる表情が凄く優しくて――――彼が近い存在になっている。
ああ、彼のことが好きだ。
突然湧いてきた自覚にぎゅっと心臓が捕まれたようだった。
「多分、全然似てねえと思うけど……」
赤く染まっているであろう顔を隠すために俯く。
その乳母が優しい人物だったというのなら、アレクシスの人柄はそれに影響されたのだろう。きっと似ているのは彼の方だ。会ったこともないその女性が彼の人格を形作った一部となっていることをはっきり理解できた。
「そうか?」
アレクシスが爽やかな微笑を漏らした。
また、そんな表情をして。これでは胸の内に沸いたこの感情を止められない。
「少なくともそこのリスには似てねえよ」
唇を尖らせる振りをするので精一杯だった。
顔が熱くなり過ぎて、とっくに彼にこの感情を気取られてるのではないかと思った。
もしそうだとしたら、困る。彼を拒む理由が、建前が消えてしまう。
「似てると思うのだが……愛らしいところとか」
アレクシスはオレとエーファを交互に見比べて思案に嘆息した。
彼の目にはオレが頬袋に餌を貯めては「きゅ?」と上目遣いに人間を見つめる生物のように見えてるのだろうか……。
この様子ではオレの異常には気づいてなさそうだ。いつも『オレのことが好きなんだろ?』と自信満々な癖して。
「とにかく、さっさとメシを食えよ」
特段彼が手を止めていた訳ではないが、きっと睨み付けて話を逸らす。
「ああ、そうだったな」
彼は朗らかに笑ってナイフとフォークを動かし始めた。
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