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第二十三話 ムスカリ、寛大な愛

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「くっ、可愛すぎる……!」

 エーファの視界を介して見えたルノの姿の愛らしさに思わず眉間を押さえた。

 万が一ルノが危ない目に遭っていたらいけないからと、今日は勉学がおざなりにならない程度にエーファと視覚共有を行っていた。エーファの視界の中でルノがとても真面目に授業を受けている様子が見えた。けれどもどうしても気になるのか、チラチラと視線をこちらに寄越していた。
 オレの自惚れでないのなら、きっとオレに会いたくて寂しくて堪らないのだろう。
 昼食の間はいつもあの眼鏡の友人と過ごす習慣があるようだから邪魔はしなかったが、早く彼に会いに行ってあげなければと思った。
 特に時折にこりと無防備な微笑を漏らすのが可愛くて堪らなくて…………

「アレクシス、何かあったのか?」

 オレが思わず立ち止まってしまったので、横を歩いていた友人のヒューゴも一緒に立ち止まった。

「いや、何。少々使い魔からの連絡を受け取っていただけだ」
「そうか」

 頷いてから、ヒューゴが小声で呟く。

Pajrteペルティ、rütàsルタス。.」

 その呪文と共に音の精霊が周囲を囲むのを感じた。周囲に音を漏らさないようにする結界だ。
 もちろん、これから他人に聞かれたくない話をするからだ。
 これで傍目には談笑をしながら歩いている男子学生としか感じ取れないであろう。

「それで――――君の実家からの報せは本当なのか?」
「ああ」

 この間父の使い魔である黒鷹のクエルトゥが持ってきた手紙のことを思い出しながら答えた。

「そんな、グロースクロイツ家に……いや、魔術界全体に仇なす人間がこの学園にいるなんて」

 クエルトゥの運んできた報せの内容は、魔術界に多大なダメージを与えかねない悪事を企んでいる者がこの古イルス魔術学校に潜んでいるという内容だった。
 こちらで調査を進めているから周辺に気を付けるように、と。
 問題はその悪事というのがとんでもない内容だったことだ。

「この前も聞いたが、場合によっては魔術界を根底から覆す可能性すらあるとか?」

 ヒューゴが尋ねながら首を横に振った。

 それもそうだろう。魔術界を覆すなどと、話の規模が大きすぎてすぐには飲み込めない。
 この歴史ある魔術界を揺るがす企みなど、一体どんなものか想像も付かない。
 そうでなかったとしてもグロースクロイツ家に害を為す存在であることは確定的らしい。

「グロースクロイツ家を疑う訳ではないが、証拠はあるのか?」

 故に、そう聞きたくなることは仕方がないだろう。
 オレは顔を顰めて答えた。

「……父がその情報を掴んだらしいが、証拠がまだ薄いからと情報の出所はオレには報されなかった」
「そうか」

 ヒューゴは難しい顔をして顎に手を当てる。
 彼の考えていることは手に取るように理解できた。

「分かっている。オレも疑問に思っているんだ」

 先回りして口を開いた。

「何故学園の外にいる父が誰よりも早くその情報を察知することが出来たのか。不埒な企みをする輩がどんな人間なのか、大体でいいから情報はないのか。それが不明なのなら何故その企みだけ判明したのか。あまりにも情報が局所的過ぎる」

 曖昧模糊とした父からの報せの不審な点は山ほどあった。
 父がオレに何か隠し事をしている。そう感じていた。

「しかし敵がいるという点だけでも報せてきたということは、つまり――――」
「ああ」

 一つだけはっきりとしていることがあった。
 ヒューゴの言おうとしていることにオレは頷き、言葉を引き継いだ。

「『跡継ぎとしてグロースクロイツ家の敵を討て』ということだ」

 きっと、それが何者であったのだとしても。



 * * *



「ルノ」
「あ、アレクシス」

 今日の授業が終わると、アレクシスが教室の外でオレを待っていた。
 わざわざオレのことを迎えに来てくれたのだろう。
 エーファも「きゅっ!」と鳴いてアレクシスの肩に飛び乗った。

「ルノ、大丈夫だったか?」
「ああ、いつもと変わりなかったぜ」

 彼の元に駆け寄り、顔を見上げる。
 彼のいつもの微笑を目にして心が落ち着くのを感じた。

「あ、ルノくんの……!」

 オレの後ろから来たケントがアレクシスの姿に目を丸くした。

「君は、ケント・アバークロビーくんだったか」

 アレクシスはケントのフルネームを違うことなく完璧に口にすると、ニッコリと笑みを向けた。

「いつもルノが世話になっているな」
「い、いえいえ!」

 ケントが慌てたように礼をした。
 ケントは貴族の出だから、余計に大貴族であるグロースクロイツの格が理解できて緊張するのだろう。
 オレはもうその辺の感覚が麻痺しつつある。

 あるいは陰口というほどではないが「ヤバい目の付けられ方をしたんじゃないか?」なんてアレクシスについて話したりしていたのを思い出して、気まずさを覚えているのかもしれない。

 それにしてもアレクシスがケントに向ける笑みは何というか、凄みがある。
 心なしか威圧感を感じるのは気のせいだろうか。
 でもまさかアレクシスがケントに対抗心を感じる訳なんてないし、オレの思い過ごしだろう。

「これからルノと夕食を共にするつもりなんだが、問題はないね? ルノもそれでいいか?」

 アレクシスはオレとケントに交互に視線を向けて尋ねる。
 三人で食事しようとは言わないんだな。アレクシスも意外に人見知りなのかもしれない。

「大丈夫だ、特にケントと何かする予定はない」

 先に答えた。
 昼食の時はその後の授業も一緒に受けるから自然に連れ立っていたが、放課後はケントと時間を過ごしたことはあまりない。そんなに長い間他人と一緒に時間を過ごすなんてやってられない。

「はい、大丈夫です」
「良かった。じゃあ、行こうか」

 アレクシスはこれ見よがしにオレの肩に手を置いた。
 彼の右手に刻まれた黄薔薇がよく見えた。

「じゃあな」

 踵を返し、ケントに手を振る。

「ああ、また明日」

 ケントが朗らかに笑って挨拶を返す。
 気のせいか、それを見たアレクシスの手に力が籠ったような気がした。
 やっぱりケントに対して少し棘がある気がする。
 もしかして嫉妬してるとか……?

 自分に対して都合のいい想像をしようとしている自分気づき、首を横に振った。
 彼がそんな安っぽい嫉妬をするような男だったら、『彼に相応しくない』だとか細かいことを考えなくて済むのに。そう思っただけだ。

 それでも肩に食い込む指の感触が心地よくて、少しの間彼に身を寄せるようにして隣を歩いたのだった。

「カリポリポリ……」

 何処に持っていたのか、肩の上のエーファが硬い木の実を齧る音が周囲に響いていた。
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