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第二十話 ミセバヤ、安堵
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アレクシスに貰ったのと同じカラスの意匠のナイフを持った男……
あの男は一体何者だったのだろう。
アレクシスに相談しなければ。
そう思うものの、足が竦んで動かなかった。
あのフードの男がアレクシスと関係があるかもしれない。
その恐れが疑惑となって根付いていた。
しかしアレクシス以外にオレが頼れる人間がいるか?
考えてみて浮かんだのは……ヒュフナー教授の顔だった。
グロースクロイツ家に気を付けろと言ったのはあの教師だ。
彼なら何か知っているかもしれない。
オレは尾けられてないか周囲に気を配りながら、ヒュフナーの研究室を訪れた。
幸運にもヒュフナー教授はちょうどそこにいた。
「ああ、君か。虫を捕まえて持ってきてくれた、という訳でもなさそうだな。何かあったのかね?」
尋常でない顔色をしていたのかもしれない、ヒュフナーはオレの顔を見るなりただごとではない雰囲気に気が付いた。
「実は……」
彼に事情を話した。
「なんと、怪しげな男に襲われただと……!」
ヒュフナー教授はオレの手を取ると、オレの顔色を確かめる。
「怪我はないか? 何か物を盗られたのか?」
「いや。でもその男が持っていたナイフが……」
気にかかっていたことを伝える。
何故か襲ってきた男の持っていたナイフがアレクシスのくれたナイフと同じものだったと。
「ふむ、なるほど……」
ヒュフナー教授はそれを聞いて深刻な顔つきになる。
「一体何者なんでしょう?」
「そうだな、一つ心当たりがある」
「本当ですか!」
「しかし、それを教える前に一つ聞いておくべきことがある」
ヒュフナー教授は真っ直ぐにオレの顔を見据える。
「な、なんでしょう……?」
「君はこの件にアレクシスくんが関わってると思うかね? それを疑ってるから私の所に来たのではないのかね?」
教授の言葉が胸に突き刺さる。
確かにオレはそれを疑っていた。
もし、何らかの理由でアレクシスがオレに刺客を差し向けたのだとしたら?
こうして恐ろしいその可能性に向き合い、オレは……
「いや。アレクシスは関係ないと思う」
きっぱりと結論を出した。
「ほう?」
「アレクシスがオレに害意を持っているのなら、他にいくらでもチャンスがあったと思う。第一アレクシスは、隠し事はいくらかあるみたいだけれど……オレに向けた気持ちは嘘じゃないと思う」
学園に入学した当初ならば決してこんな結論は出さなかっただろう。
オレがアレクシスを信じられるのは、彼の人となりに触れてきたからだろうか。
それともオレが彼を信じたいから希望に縋ってるだけなのだろうか。
自己に問いかけてみても判然としなかった。
「なるほど、そうか。実のところ私もそう思う」
「!」
ヒュフナー教授が深く頷く。
オレの考えが妄想でなかったことに安堵する。
「そのフードの男と同じだというナイフ、一度見せてくれないか」
「はい」
大人しくカラスの意匠のナイフを教授に差し出す。
「なるほど、やはりな」
そのナイフを見て教授は何か分かったことがあるようだ。
「このカラスはグロースクロイツ家の家紋だ」
「家紋?」
「グロースクロイツ家は代々カラスの紋章を掲げている。それと同じものだ」
自分ちの家紋が刻まれた物を贈るなんて、アレクシスの奴はどんな想いを込めていたのだろうか。
彼のことだから「お前はもうオレの物だ」とでも言いたかったのだろうか。
「このナイフの鞘も見せてくれないか。ああ、やはり。革が綺麗な飴色になっているから、使い込まれたものだろう。多分アレクシスくんは自分が持っていたナイフを君に贈ったのだろう」
「……」
教授の解説に顔が赤くなる。
そっか、アレクシスはそこまで考えていた訳ではなく、ただ手近にある物の中から贈り物を選んだだけか。
恥ずかしい思い違いをするところだった。
「ここまで分かれば襲撃者の正体は判明したも同然だ。恐らくはグロースクロイツ家の手の者だろう。だからグロースクロイツ家の紋章の入ったナイフを持っていたんだ。おおよそアレクシスくんが"婚約話"を無視してまで君を選んだことが気に食わない者が君に刺客を送ったのだ」
当人同士はアレクシスがオレを選んだことを露とも気にしてないようだが、確かに話を取りまとめた親は良く思っていないだろう。親以外にも気に食わないと思っている奴は沢山いるはずだ。
「オレを殺す為に?」
「まさか。そこまでは考えてないだろう。君を適当に脅かして学園を辞めさせれば、番を結びなおせるかもしれないといった所か。刺客は君が反撃してきて肝を冷やしただろうな」
「けど、襲ってきた奴は『例の物』とやらを欲していた」
「それは強盗を装う為だろうな」
ヒュフナー教授は肩を竦める。
本当にそうなのだろうか?
「ともかく、問題なのは君を狙う輩がいることだ。私はこのことを学長に報告し、学校の警備を強めてもらうとしよう」
「ありがとうございます」
疑問に思いつつも礼を言う。
真相がどうであろうと、ヒュフナー教授の対策は正しい。
襲って来た目的なんて襲撃者をとっ捕まえて問い質せばいい話だ。
「ああ、それと」
ヒュフナー教授がオレに何かを差し出した。
「これは?」
「この研究室の合鍵だ。また不穏な輩に襲われたら、ここに避難しなさい。私が不在だったとしても、ルトガーやラウラが君を守ってくれるだろう」
フクロウのルトガーがふんっと胸を反らし、黒猫のラウラがオレの足元でなーおと鳴いた。
何だこいつらはそんなに強いのか。
でも猟犬が一匹本気になれば歴戦の傭兵でも手も足も出ないとは聞いたことがある。魔術師の使い魔ともなれば何か特別な力でもあるのかもしれない。
「本当に、助かります」
「何、当然だとも。こんなことで一人の人間の学びたいという思いが閉ざされるようなことがあってはならん」
よく知らない大人がこうして力を貸してくれるのは何だか不思議なことだった。
普通の人間ならばこうして『善良な大人』に助けてもらうのはよくあることなのだろうか。
信じられるのは身内だけだった過去と比べると、奇妙さを覚えるほどだった。
これがまともな世界なんだろうか。
「最後に。アレクシスくんには今回のことは言わない方がいい」
「何故ですか?」
「何故って、そりゃあ実家の人間が大切な番相手に危害を加えようとしているなんて、ショッキングな話だろう? こういうことは機を見て伝えなければ」
ヒュフナー教授から見れば、アレクシスもまた傷つきやすい年ごろの配慮しなければならない子供に見えるのだろうか。
けどオレは違うことを考えていた。
普段使っている自分のナイフをオレにくれたということは、アレクシスは実家に不穏な空気があることをどうにかして知ったのかもしれない。そしてオレに危険があるかもしれないと思って、身を守る手段として急遽ナイフをプレゼントしてくれたのかもしれない。
思えばアレクシスが贈り物にお下がりを寄越すなんて不自然だから。彼も時間があれば新品の物をくれたんじゃないかという気がする。
つまりアレクシスはこの事をある程度予期してたんじゃないだろうか。
別に話しても大丈夫だろう。
オレはヒュフナー教授の忠告を一部無視することにした。
あの男は一体何者だったのだろう。
アレクシスに相談しなければ。
そう思うものの、足が竦んで動かなかった。
あのフードの男がアレクシスと関係があるかもしれない。
その恐れが疑惑となって根付いていた。
しかしアレクシス以外にオレが頼れる人間がいるか?
考えてみて浮かんだのは……ヒュフナー教授の顔だった。
グロースクロイツ家に気を付けろと言ったのはあの教師だ。
彼なら何か知っているかもしれない。
オレは尾けられてないか周囲に気を配りながら、ヒュフナーの研究室を訪れた。
幸運にもヒュフナー教授はちょうどそこにいた。
「ああ、君か。虫を捕まえて持ってきてくれた、という訳でもなさそうだな。何かあったのかね?」
尋常でない顔色をしていたのかもしれない、ヒュフナーはオレの顔を見るなりただごとではない雰囲気に気が付いた。
「実は……」
彼に事情を話した。
「なんと、怪しげな男に襲われただと……!」
ヒュフナー教授はオレの手を取ると、オレの顔色を確かめる。
「怪我はないか? 何か物を盗られたのか?」
「いや。でもその男が持っていたナイフが……」
気にかかっていたことを伝える。
何故か襲ってきた男の持っていたナイフがアレクシスのくれたナイフと同じものだったと。
「ふむ、なるほど……」
ヒュフナー教授はそれを聞いて深刻な顔つきになる。
「一体何者なんでしょう?」
「そうだな、一つ心当たりがある」
「本当ですか!」
「しかし、それを教える前に一つ聞いておくべきことがある」
ヒュフナー教授は真っ直ぐにオレの顔を見据える。
「な、なんでしょう……?」
「君はこの件にアレクシスくんが関わってると思うかね? それを疑ってるから私の所に来たのではないのかね?」
教授の言葉が胸に突き刺さる。
確かにオレはそれを疑っていた。
もし、何らかの理由でアレクシスがオレに刺客を差し向けたのだとしたら?
こうして恐ろしいその可能性に向き合い、オレは……
「いや。アレクシスは関係ないと思う」
きっぱりと結論を出した。
「ほう?」
「アレクシスがオレに害意を持っているのなら、他にいくらでもチャンスがあったと思う。第一アレクシスは、隠し事はいくらかあるみたいだけれど……オレに向けた気持ちは嘘じゃないと思う」
学園に入学した当初ならば決してこんな結論は出さなかっただろう。
オレがアレクシスを信じられるのは、彼の人となりに触れてきたからだろうか。
それともオレが彼を信じたいから希望に縋ってるだけなのだろうか。
自己に問いかけてみても判然としなかった。
「なるほど、そうか。実のところ私もそう思う」
「!」
ヒュフナー教授が深く頷く。
オレの考えが妄想でなかったことに安堵する。
「そのフードの男と同じだというナイフ、一度見せてくれないか」
「はい」
大人しくカラスの意匠のナイフを教授に差し出す。
「なるほど、やはりな」
そのナイフを見て教授は何か分かったことがあるようだ。
「このカラスはグロースクロイツ家の家紋だ」
「家紋?」
「グロースクロイツ家は代々カラスの紋章を掲げている。それと同じものだ」
自分ちの家紋が刻まれた物を贈るなんて、アレクシスの奴はどんな想いを込めていたのだろうか。
彼のことだから「お前はもうオレの物だ」とでも言いたかったのだろうか。
「このナイフの鞘も見せてくれないか。ああ、やはり。革が綺麗な飴色になっているから、使い込まれたものだろう。多分アレクシスくんは自分が持っていたナイフを君に贈ったのだろう」
「……」
教授の解説に顔が赤くなる。
そっか、アレクシスはそこまで考えていた訳ではなく、ただ手近にある物の中から贈り物を選んだだけか。
恥ずかしい思い違いをするところだった。
「ここまで分かれば襲撃者の正体は判明したも同然だ。恐らくはグロースクロイツ家の手の者だろう。だからグロースクロイツ家の紋章の入ったナイフを持っていたんだ。おおよそアレクシスくんが"婚約話"を無視してまで君を選んだことが気に食わない者が君に刺客を送ったのだ」
当人同士はアレクシスがオレを選んだことを露とも気にしてないようだが、確かに話を取りまとめた親は良く思っていないだろう。親以外にも気に食わないと思っている奴は沢山いるはずだ。
「オレを殺す為に?」
「まさか。そこまでは考えてないだろう。君を適当に脅かして学園を辞めさせれば、番を結びなおせるかもしれないといった所か。刺客は君が反撃してきて肝を冷やしただろうな」
「けど、襲ってきた奴は『例の物』とやらを欲していた」
「それは強盗を装う為だろうな」
ヒュフナー教授は肩を竦める。
本当にそうなのだろうか?
「ともかく、問題なのは君を狙う輩がいることだ。私はこのことを学長に報告し、学校の警備を強めてもらうとしよう」
「ありがとうございます」
疑問に思いつつも礼を言う。
真相がどうであろうと、ヒュフナー教授の対策は正しい。
襲って来た目的なんて襲撃者をとっ捕まえて問い質せばいい話だ。
「ああ、それと」
ヒュフナー教授がオレに何かを差し出した。
「これは?」
「この研究室の合鍵だ。また不穏な輩に襲われたら、ここに避難しなさい。私が不在だったとしても、ルトガーやラウラが君を守ってくれるだろう」
フクロウのルトガーがふんっと胸を反らし、黒猫のラウラがオレの足元でなーおと鳴いた。
何だこいつらはそんなに強いのか。
でも猟犬が一匹本気になれば歴戦の傭兵でも手も足も出ないとは聞いたことがある。魔術師の使い魔ともなれば何か特別な力でもあるのかもしれない。
「本当に、助かります」
「何、当然だとも。こんなことで一人の人間の学びたいという思いが閉ざされるようなことがあってはならん」
よく知らない大人がこうして力を貸してくれるのは何だか不思議なことだった。
普通の人間ならばこうして『善良な大人』に助けてもらうのはよくあることなのだろうか。
信じられるのは身内だけだった過去と比べると、奇妙さを覚えるほどだった。
これがまともな世界なんだろうか。
「最後に。アレクシスくんには今回のことは言わない方がいい」
「何故ですか?」
「何故って、そりゃあ実家の人間が大切な番相手に危害を加えようとしているなんて、ショッキングな話だろう? こういうことは機を見て伝えなければ」
ヒュフナー教授から見れば、アレクシスもまた傷つきやすい年ごろの配慮しなければならない子供に見えるのだろうか。
けどオレは違うことを考えていた。
普段使っている自分のナイフをオレにくれたということは、アレクシスは実家に不穏な空気があることをどうにかして知ったのかもしれない。そしてオレに危険があるかもしれないと思って、身を守る手段として急遽ナイフをプレゼントしてくれたのかもしれない。
思えばアレクシスが贈り物にお下がりを寄越すなんて不自然だから。彼も時間があれば新品の物をくれたんじゃないかという気がする。
つまりアレクシスはこの事をある程度予期してたんじゃないだろうか。
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