彼はオレの傷を愛している ~人間嫌いのオレが魔術学校の優等生に一目惚れされるなんて~

野良猫のらん

文字の大きさ
上 下
20 / 39

第二十話 ミセバヤ、安堵

しおりを挟む
 アレクシスに貰ったのと同じカラスの意匠のナイフを持った男……
 あの男は一体何者だったのだろう。

 アレクシスに相談しなければ。
 そう思うものの、足が竦んで動かなかった。

 あのフードの男がアレクシスと関係があるかもしれない。
 その恐れが疑惑となって根付いていた。

 しかしアレクシス以外にオレが頼れる人間がいるか?
 考えてみて浮かんだのは……ヒュフナー教授の顔だった。
 グロースクロイツ家に気を付けろと言ったのはあの教師だ。
 彼なら何か知っているかもしれない。

 オレは尾けられてないか周囲に気を配りながら、ヒュフナーの研究室を訪れた。
 幸運にもヒュフナー教授はちょうどそこにいた。

「ああ、君か。虫を捕まえて持ってきてくれた、という訳でもなさそうだな。何かあったのかね?」

 尋常でない顔色をしていたのかもしれない、ヒュフナーはオレの顔を見るなりただごとではない雰囲気に気が付いた。

「実は……」

 彼に事情を話した。

「なんと、怪しげな男に襲われただと……!」

 ヒュフナー教授はオレの手を取ると、オレの顔色を確かめる。

「怪我はないか? 何か物を盗られたのか?」
「いや。でもその男が持っていたナイフが……」

 気にかかっていたことを伝える。
 何故か襲ってきた男の持っていたナイフがアレクシスのくれたナイフと同じものだったと。

「ふむ、なるほど……」

 ヒュフナー教授はそれを聞いて深刻な顔つきになる。

「一体何者なんでしょう?」
「そうだな、一つ心当たりがある」
「本当ですか!」
「しかし、それを教える前に一つ聞いておくべきことがある」

 ヒュフナー教授は真っ直ぐにオレの顔を見据える。

「な、なんでしょう……?」
「君はこの件にアレクシスくんが関わってると思うかね? それを疑ってるから私の所に来たのではないのかね?」

 教授の言葉が胸に突き刺さる。
 確かにオレはそれを疑っていた。
 もし、何らかの理由でアレクシスがオレに刺客を差し向けたのだとしたら?
 こうして恐ろしいその可能性に向き合い、オレは……

「いや。アレクシスは関係ないと思う」

 きっぱりと結論を出した。

「ほう?」
「アレクシスがオレに害意を持っているのなら、他にいくらでもチャンスがあったと思う。第一アレクシスは、隠し事はいくらかあるみたいだけれど……オレに向けた気持ちは嘘じゃないと思う」

 学園に入学した当初ならば決してこんな結論は出さなかっただろう。
 オレがアレクシスを信じられるのは、彼の人となりに触れてきたからだろうか。
 それともオレが彼を信じたいから希望に縋ってるだけなのだろうか。
 自己に問いかけてみても判然としなかった。

「なるほど、そうか。実のところ私もそう思う」
「!」

 ヒュフナー教授が深く頷く。
 オレの考えが妄想でなかったことに安堵する。

「そのフードの男と同じだというナイフ、一度見せてくれないか」
「はい」

 大人しくカラスの意匠のナイフを教授に差し出す。

「なるほど、やはりな」

 そのナイフを見て教授は何か分かったことがあるようだ。

「このカラスはグロースクロイツ家の家紋だ」
「家紋?」
「グロースクロイツ家は代々カラスの紋章を掲げている。それと同じものだ」

 自分ちの家紋が刻まれた物を贈るなんて、アレクシスの奴はどんな想いを込めていたのだろうか。
 彼のことだから「お前はもうオレの物だ」とでも言いたかったのだろうか。

「このナイフの鞘も見せてくれないか。ああ、やはり。革が綺麗な飴色になっているから、使い込まれたものだろう。多分アレクシスくんは自分が持っていたナイフを君に贈ったのだろう」

「……」

 教授の解説に顔が赤くなる。
 そっか、アレクシスはそこまで考えていた訳ではなく、ただ手近にある物の中から贈り物を選んだだけか。
 恥ずかしい思い違いをするところだった。

「ここまで分かれば襲撃者の正体は判明したも同然だ。恐らくはグロースクロイツ家の手の者だろう。だからグロースクロイツ家の紋章の入ったナイフを持っていたんだ。おおよそアレクシスくんが"婚約話"を無視してまで君を選んだことが気に食わない者が君に刺客を送ったのだ」

 当人同士はアレクシスがオレを選んだことを露とも気にしてないようだが、確かに話を取りまとめた親は良く思っていないだろう。親以外にも気に食わないと思っている奴は沢山いるはずだ。

「オレを殺す為に?」

「まさか。そこまでは考えてないだろう。君を適当に脅かして学園を辞めさせれば、番を結びなおせるかもしれないといった所か。刺客は君が反撃してきて肝を冷やしただろうな」

「けど、襲ってきた奴は『例の物』とやらを欲していた」

「それは強盗を装う為だろうな」

 ヒュフナー教授は肩を竦める。
 本当にそうなのだろうか?

「ともかく、問題なのは君を狙う輩がいることだ。私はこのことを学長に報告し、学校の警備を強めてもらうとしよう」

「ありがとうございます」

 疑問に思いつつも礼を言う。
 真相がどうであろうと、ヒュフナー教授の対策は正しい。
 襲って来た目的なんて襲撃者をとっ捕まえて問い質せばいい話だ。

「ああ、それと」

 ヒュフナー教授がオレに何かを差し出した。

「これは?」
「この研究室の合鍵だ。また不穏な輩に襲われたら、ここに避難しなさい。私が不在だったとしても、ルトガーやラウラが君を守ってくれるだろう」

 フクロウのルトガーがふんっと胸を反らし、黒猫のラウラがオレの足元でなーおと鳴いた。
 何だこいつらはそんなに強いのか。
 でも猟犬が一匹本気になれば歴戦の傭兵でも手も足も出ないとは聞いたことがある。魔術師の使い魔ともなれば何か特別な力でもあるのかもしれない。

「本当に、助かります」
「何、当然だとも。こんなことで一人の人間の学びたいという思いが閉ざされるようなことがあってはならん」

 よく知らない大人がこうして力を貸してくれるのは何だか不思議なことだった。
 普通の人間ならばこうして『善良な大人』に助けてもらうのはよくあることなのだろうか。
 信じられるのは身内だけだった過去と比べると、奇妙さを覚えるほどだった。
 これがまともな世界なんだろうか。

「最後に。アレクシスくんには今回のことは言わない方がいい」
「何故ですか?」
「何故って、そりゃあ実家の人間が大切な番相手に危害を加えようとしているなんて、ショッキングな話だろう? こういうことは機を見て伝えなければ」

 ヒュフナー教授から見れば、アレクシスもまた傷つきやすい年ごろの配慮しなければならない子供に見えるのだろうか。

 けどオレは違うことを考えていた。
 普段使っている自分のナイフをオレにくれたということは、アレクシスは実家に不穏な空気があることをどうにかして知ったのかもしれない。そしてオレに危険があるかもしれないと思って、身を守る手段として急遽ナイフをプレゼントしてくれたのかもしれない。
 思えばアレクシスが贈り物にお下がりを寄越すなんて不自然だから。彼も時間があれば新品の物をくれたんじゃないかという気がする。

 つまりアレクシスはこの事をある程度予期してたんじゃないだろうか。
 別に話しても大丈夫だろう。

 オレはヒュフナー教授の忠告を一部無視することにした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき
BL
 族の総長と副総長の恋の話。  アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。  その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。 「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」  学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。  族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。  何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...