彼はオレの傷を愛している ~人間嫌いのオレが魔術学校の優等生に一目惚れされるなんて~

野良猫のらん

文字の大きさ
上 下
19 / 39

第十九話 ロベリア、悪意

しおりを挟む
「む? ルノ、なんだその指輪は」

 部屋に戻ると、左手の人差し指につけた黒い指輪を早速アレクシスに見咎められてしまった。
 ヒュフナー教授にもらった魔除けの指輪だ。
 アレクシスはそれを親の仇でも見つけたかのように睨み付けている。

 彼がこんなに嫉妬を露わにするなんて珍しい。
 いつもだったらもうちょっと取り繕う筈だ。

「まさか誰かに贈られたものか?」
「ああ。使役学のヒュフナーっていう教師にもらった」

 けろっと答える。

「む、ヒュフナー先生か……それなら、まあ……」

 アレクシスの眉が困惑に歪む。
 どうやらアレクシス自身もあの教授の知り合いのようだ。

「オレにちょっかいかけようなんていう物好き、お前以外にいないから安心しろ」

 オレがそう言うと、アレクシスは咄嗟に顔を綻ばせかけ、ムッと眉根を顰める。

「いや、そうだったら確かに嬉しいが、君は麗しい見目をしている。流石にそれはない」

 麗しい見目だなんて、彼は何を見て言っているのだろう。
 オレは大仰に溜息を吐いた。

「それよりルノ」

 アレクシスが窓のカーテンを閉めながら振り向く。

「なんだ」
「オレも君に贈り物があるんだ。受け取ってくれないか」

 彼のその言葉を聞いて合点がいった。
 彼がオレの指輪を見た途端渋い顔をした理由に。

 もちろん平時でもオレに贈り物をする奴がいれば気に食わないんだろう。
 だが今回はオレへのプレゼントがあったから、自分の贈り物が二番煎じになってしまったようでなおさら嫌だったのだろう。

「指輪をもらった後だからといって、お前からの贈り物が色褪せたりすることはない。安心しろ」
「あっ……」

 肩を竦めて言うと、アレクシスの顔がたちまち赤くなっていく。
 どうやら自分で自分の敵愾心に気づいてなかったようだ。可愛い奴だな。

 まあグロースクロイツ家みたいな古い家に気を付けろとは言われたが、アレクシスと関わること自体に危険がある訳はない。ヒュフナー教授の忠告は頭の片隅にでも置いておけばいいだろう。

「それで、贈り物って?」
「ああ、これだ」

 アレクシスが懐から取り出したそれを差し出す。

 それを目にした瞬間はそれが何かの装飾品のように見えた。
 それは怖ろしく精巧なカラスの紋様が柄に彫られたナイフだったのだから。
 鞘にも彫刻が施されていて、高価な代物だということが窺える。

「どうしたんだ、これ?」
「最近は何かと物騒だからな。ルノが自分の身を守れるようにと」

 オレにナイフを手渡すと、アレクシスはにこりと胡散臭い笑みを浮かべる。

「ふうん、なるほど」

 ナイフを受け取ったオレは、ナイフを鞘から引き抜いてみる。
 サラリと涼しい音がして、鋭い切っ先が露わになった。

「オレにナイフを持たせてないと理性を抑えていられる自信がないってか?」

 彼に限ってそんなことはないだろうと知っているが、彼を見上げてニヤリと揶揄う。

「なっ、い、いや、そういう意味じゃなくてだな……!」

 思った通り、面白いくらいに慌ててくれた。

「まあなんでもいいけど。……ありがとよ」
「あ、ああ……! 他にも欲しいものがあれば是非言ってくれ」

 彼の笑顔を見ながらオレは内心で訝る。
 最近物騒だから。果たして本当にそんな理由でオレへのプレゼントにナイフを選んだのだろうかと。
 アレクシスの性格ならば普通に装飾品を贈ってきそうなものだ。
 さて、一体どんな心境の変化によるものだろうか……。

 考えながらナイフの鞘の留め具をベルトに付ける。

「どうだ。これでローブの下に隠して持ち歩ける」
「似合ってるぞ」

 アレクシスがにこにこと微笑んでくれる。
 そんな表情をされたら調子に乗りそうになってしまいそうになる。

 普通の装飾品ならまだしも、ナイフは一応武器だから。
 それを装備した姿を褒められたら、男らしくカッコいい自分を褒められてる気がしてしまう。

 ……まあ、オレのことを『麗しい』なんて形容するアレクシスのことだ。
 きっと彼の目には全然違うオレの姿が見えているのだろうけど。

 それにしても「もう剣は握らない」と思っていたのに、こうしてナイフを腰に帯びるとそれだけで力が湧いてくる気がするのが不思議だ。意外にアレクシスはそこまで見越してこのプレゼントを選んだのかもしれない。

「ルノ」

 彼がオレの名を呼ぶので、そちらを向く。

「もし怪しい奴に尾けられてる気配とか感じたら、すぐにオレに言うんだぞ」

 アレクシスが珍しく真剣な面持ちをしていた。
 少なくともそう見えた。

「……分かった」

 彼は何を知っているのだろうか。
 何となく、彼に直接聞くことは憚られたのだった。



 *



 廊下を右に曲がる。
 すると影も右に曲がってついてくる。

 歩く速度を速める。
 すると影も歩を速めてついてくる。

 間違いない、尾けられている。
 まさかこんなにも早くアレクシスの忠告が現実のものとなるとは。

 不味い。アレクシスに助けを求めようにも何処にいるのか分からない。
 せめてこの時間は何の授業を受けているのか知っていれば、推測のしようもあるのに。
 クソ、肝心なところで役に立たない奴。

 じゃあ教師でも誰でもいいから助けを求められないか――――
 しかし先に行けば行くほど人気が少なくなっているのに気付いた。
 人のいない方向へと追い立てられている!

 心臓がバクバクと鳴っている。
 傭兵をやってた頃はこれくらいの窮地、何ともなかったのに。
 たったの数週間勉強に励んでた程度でこれだ。
 死んだらどうなるのかと恐怖が足をもつれさせる。

 そういえば、少し前まで死なんて怖くなかった。
 オレは一体何をこんなにも恐れているのだろう……

 考えていると、行き止まりで立ち止まることになってしまった。

「もう逃げられないぞ」

 フードを深く被った背の高い男が、静かに囁きかける。
 オレをここまで追ってきた影は彼だ。

「観念して例の物を渡してもらうとしようか」
「例の物?」

 例の物と言われても、とんと心当たりがない。
 こんな怪しい奴に追われるような物騒な物など持っている訳がない。

「とぼけても無駄だ。受け取ったのは分かっている」

 どうやらそれは誰かにもらったものらしい。
 もしかしたら相手が勝手に勘違いしているのかもしれない。
 オレならその『例の物』とやらを貰っているだろうと。
 一体誰からそんなものを貰ったと勘違いしているんだ?

 アレクシスの顔が思い浮かぶ。
 アレクシスなら同じ部屋に住んでいるし、アレクシスが一方的に愛の告白をしてくるしで、何か大事なものを託されててもおかしくないと見えるかもしれない。

 何より……ヒュフナー教授の忠告を思い出す。

『グロースクロイツ家のような古い家系とはあまり関わり合いにならない方がいい』

 グロースクロイツ家の嫡男であるアレクシスのせいでオレはこんなことに巻き込まれてるのか?
 奴の実家は一体どんな危険なことをしてるんだ?

「ただ『渡せ』とだけ言われても分かんねーよ。何が欲しいんだ?」
「…………」

 フードの男は黙り込む。
 その様子から、フードの男自身も自分の追い求めている物がどんな見た目形をしているのか知らないのではないかという気がした。
 ただ『渡せ』とだけ言ってみてオレが差し出してくれたら僥倖、くらいの考えか。

「……仕方がない」

 フードの男が刃物を抜いたのか、マントの下でキラリと金属が光った。

(来る……っ!)

 空気が自身の周りを覆う。
 死を目前にした時の、生温い空気だ。
 すべてがゆっくりに感じられ、死が目前に迫ってくる。

 精霊に助けを求めることばも、何も浮かばない。
 魔術師としての知識は何の役にも立たない。

 死を目の前にして、ただ本能が身体を突き動かす。
 ローブの下を右手が弄り――――

 キィンッ!

 金属のぶつかる音が響き渡る。
 オレの振り上げたナイフが男の得物を弾き返したのだ。

 男のナイフがくるくると宙を舞う。

(え……?)

 その時、見えてしまった。

 ――――そのナイフにも、オレのと同じカラスの意匠があるのを。

「な……ッ!?」
「くッ!」

 フードの男は地面に落ちたナイフを素早く拾うと身を翻す。
 逃げようとしているのだと気づいた時にはもう遅かった。

「待てッ!」

 オレの言うことなど聞く筈もなく、フードの男はあっという間に姿を消した。

「あの男は一体……」

 あの男はアレクシスから貰ったこのナイフと同じナイフを持っていた。
 一体全体どういうことだ……?
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...