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第十三話 モモ、私はあなたの虜
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「Srajs Èstraj, me hajsïter son ærth. Son ærth fïmajr ma àfœt.」
一息に唱え、最後の節を口にする。
「Qüèlæz!」
杖に籠めた魔力が宙に霧散し……そして、それに見合う手応えが返ってくることはなかった。
「どうやらお前さんと火の精霊との相性はあまり良好とは言えなさそうだな」
見ていたバルト先生が肩を竦めて言った。
「そら、次」
オレは憮然とした面持ちで下がり、代わりに次の生徒が前に出てきて杖を構える。
オレたちは大教室を出てすぐのところにある中庭で実技を行っているところだ。
一人ひとり前に出て魔術を試してみることで、やり方を確認しているのだ。
やり方をちゃんと頭に入れて、精霊との交信を経ていても相性があるので一発で成功させられる奴は少ない。
それでも何人かはこの初回で魔術を発現させていた。
例えばケントもそうだ。
風の精霊を呼び出し、中庭に涼風を吹かせることに成功していた。
「むう」
自分と相性のいい精霊を探り当てるまでまた自習で特訓しなければならない。
その面倒さを思って顔を顰めたのだった。
*
昼。
トレーを持って食堂の何処に座ろうかとうろついていると、見知った顔を見かけた。白いローブを着た黒い男。アレクシスだ。
他の二人の上級生と歓談しているようだ。
遠巻きに彼らを観察してみることにした。
アレクシスと一緒にテーブルに着いている男の一人には見覚えがある。
金髪碧眼の実直そうな男。ケントの番相手の奴だ。
名前は何と言ったか。確か……ヒューゴ?
もう一人の男には見覚えがないが、その身分は見れば分かる。
アレクシスほどの見事な濃い黒ではないが、浅黒い褐色の肌をしている。
どこぞの貴族であることは明白だ。
黒肌の貴族が二人に、金髪碧眼の貴公子が一人。
そんな三人が語らい合っているのだから、さぞ頭のいい会話をしているように見えた。
どんな話をしているのか興味があったが、彼らは酒場の粗野な男らとは違って大きな声で馬鹿笑いなどしない。
極めて穏やかに話をしているのか、ここまで声が届くことはなかった。
「……」
何だかむかむかとしてきた。
アレクシスの癖にオレがここで彼をじっと見ていることにも気づかないなんて。
普通の優等生みたいな顔しやがって。
オレは彼を困らせてみたくなった。
そうだ、ちょっと気晴らしするくらい許されるはずだ。
オレは気づかれないように三人の座ってるテーブルに近寄ると、後ろから彼に抱き着いた。
「アレクシス」
「うわっ!?」
彼の首元に腕を絡めて耳元で名前を呼ぶと、彼は飛び上がらんばかりに驚いた。
「ルノか!? 一体どうした?」
アレクシスが振り向いてオレを見る。
オレからこんな風に構いに行ったことがないからか、彼は相当動揺しているようだった。
ヒューゴと褐色肌の上級生も目を丸くしている。
「ん……話がしたい」
唇を尖らせてアレクシスを見つめる。
「そうか、どうした? ああ、この二人はヒューゴとジュリアンだ」
「この間会ったな」
「初めまして」
アレクシスに紹介された二人がオレににこりと笑いかける。
ジュリアンという名前は何処かで聞いた。
確か、赤毛のアンリの番相手ではなかっただろうか。
右手の甲を確認すると、やはり褐色の手には百合の刻印があった。
とにかくオレはもっと動揺したアレクシスの顔を見たかった。
彼がこんなに面白い顔をすることは早々ない。
「ここでは話したくない」
「え?」
「……二人きりで」
彼にだけ聞こえるように呟きを落とす。
これを聞いた彼は顔を真っ赤にして舞い上がり調子に乗ることだろう。
「はぁーー…………」
ところが予想を裏切り、アレクシスは顔を手で覆って深い深い溜息を吐いたのだった。
彼の気分を害してしまっただろうか。
胃の腑がきゅっと縮んで痛むのを感じる。
彼は普段好きだと愛してると散々囁いてくるが、もしかすればそれは二人きりの時限定のことだったのかもしれない。
彼にとってはオレなんかよりも友人との語らいのひと時の方がずっと大事なのかも。
むしろその方が自然なのに、この瞬間まで考えてみたこともなかった。
「…………可愛すぎるだろ」
「え?」
彼がぼそりと呟いた言葉が聞こえなくて、不安に眉を下げた。
ヒューゴとジュリアンが顔を見合わせている。
「いや、何でもない。部屋に行こうか」
アレクシスは顔を上げると、今の溜息が嘘だったみたいに完璧な微笑みをオレに向ける。
本当に何ともないんだろうか。
部屋に入った途端オレを叱るつもりじゃないだろうか。
オレは彼を揶揄おうと思ったことを既に後悔していた。
「さて、話したいことって何だ? 何か困ったことでもあったのか?」
二人の自室に戻ってくると、彼が向けてきたのは本気でオレを心配している表情だった。
どうやら彼の機嫌を損ねてしまった訳ではないらしい。
少なくとも表向きにはそのように見える。
話をしたいというのは彼の視線を此方に向けさせる方便だったから、実際は話したいことなどない。
でも折角だから、前々から聞きたかったことを聞いてみることにする。
「なんでオレのことが好きなんだ?」
この質問に彼は目を丸くし、それからくすりと苦笑した。
あまりにもその場で思いついたという感じの話題に、さっきのアレも彼に構われたくてやったのだとバレたのかもしれない。
「何故だと思う?」
試すように逆に質問されてしまった。
「一目惚れだって言ってたな。じゃあオレの外見に惚れた、のか……?」
自分で口にしておきながらこの説は疑わしかった。
だってオレは特別器量が良いわけでもない。
オレの見た目に惹かれるものがあるとは思えない。
だが一目見ただけで見た目以外の何が分かると言うのだろう。
「こう言っても信じてもらえないだろうが、オレは君の内面に惚れたつもりだ」
「……?」
彼の言葉に「嘘を吐くな」と眉を顰めた。
「君の姿を一目見て、オレが出会ったことのないタイプの人間だと思った。そして実際、そうだった」
「会ったことないほど性格の悪い奴だったって意味か」
アレクシスがそういう意味で言っているんじゃないというのは分かっているが、歯を剥き出して睨みつけずにはいられない。オレはそれ以外の反応の仕方を知らなかった。
「ふふ。君は真面目でひたむきで、そしてとても繊細で感情豊かな人だと思う。オレは君のそんなところが気に入った」
「……」
気恥ずかしい言葉。とても正面から聞いてなんていられない。
オレはそっぽを向いて、ふにゃふにゃと締まらない口元を隠す。
「好きだ、ルノ」
駄目押しのように彼が囁く。
彼の顔を見ることなんかとても出来ず、宙を睨み付ける。
「君もオレのことが好きだろう?」
その言葉に思わず彼の方を見てしまった。
彼の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
何を食えばこんなに自分に自信を持っていられるのか。
オレには絶対にないものを持っている彼のその表情に、どくりと心臓が胸を叩く。
「……んな訳あるか!」
バンとドアを開けて部屋を飛び出した。
午後の授業の為に大教室に向かいながら考える。
何故自分はこんなにもムカムカとしているのだろうかと。
彼の自信に満ち溢れた態度が羨ましいのだろうか。
ちょっと考えて、それは違うと否定する。
オレは別にアレクシスのようになりたいわけではない。
あんなふてぶてしい自信なんかごめんだ。
では、何故……彼の不敵な笑みを、囁きを、瞳を思い出すとこんなにも顔が熱くなるのだろう。その理由を本当は心の何処かで理解していた。
一息に唱え、最後の節を口にする。
「Qüèlæz!」
杖に籠めた魔力が宙に霧散し……そして、それに見合う手応えが返ってくることはなかった。
「どうやらお前さんと火の精霊との相性はあまり良好とは言えなさそうだな」
見ていたバルト先生が肩を竦めて言った。
「そら、次」
オレは憮然とした面持ちで下がり、代わりに次の生徒が前に出てきて杖を構える。
オレたちは大教室を出てすぐのところにある中庭で実技を行っているところだ。
一人ひとり前に出て魔術を試してみることで、やり方を確認しているのだ。
やり方をちゃんと頭に入れて、精霊との交信を経ていても相性があるので一発で成功させられる奴は少ない。
それでも何人かはこの初回で魔術を発現させていた。
例えばケントもそうだ。
風の精霊を呼び出し、中庭に涼風を吹かせることに成功していた。
「むう」
自分と相性のいい精霊を探り当てるまでまた自習で特訓しなければならない。
その面倒さを思って顔を顰めたのだった。
*
昼。
トレーを持って食堂の何処に座ろうかとうろついていると、見知った顔を見かけた。白いローブを着た黒い男。アレクシスだ。
他の二人の上級生と歓談しているようだ。
遠巻きに彼らを観察してみることにした。
アレクシスと一緒にテーブルに着いている男の一人には見覚えがある。
金髪碧眼の実直そうな男。ケントの番相手の奴だ。
名前は何と言ったか。確か……ヒューゴ?
もう一人の男には見覚えがないが、その身分は見れば分かる。
アレクシスほどの見事な濃い黒ではないが、浅黒い褐色の肌をしている。
どこぞの貴族であることは明白だ。
黒肌の貴族が二人に、金髪碧眼の貴公子が一人。
そんな三人が語らい合っているのだから、さぞ頭のいい会話をしているように見えた。
どんな話をしているのか興味があったが、彼らは酒場の粗野な男らとは違って大きな声で馬鹿笑いなどしない。
極めて穏やかに話をしているのか、ここまで声が届くことはなかった。
「……」
何だかむかむかとしてきた。
アレクシスの癖にオレがここで彼をじっと見ていることにも気づかないなんて。
普通の優等生みたいな顔しやがって。
オレは彼を困らせてみたくなった。
そうだ、ちょっと気晴らしするくらい許されるはずだ。
オレは気づかれないように三人の座ってるテーブルに近寄ると、後ろから彼に抱き着いた。
「アレクシス」
「うわっ!?」
彼の首元に腕を絡めて耳元で名前を呼ぶと、彼は飛び上がらんばかりに驚いた。
「ルノか!? 一体どうした?」
アレクシスが振り向いてオレを見る。
オレからこんな風に構いに行ったことがないからか、彼は相当動揺しているようだった。
ヒューゴと褐色肌の上級生も目を丸くしている。
「ん……話がしたい」
唇を尖らせてアレクシスを見つめる。
「そうか、どうした? ああ、この二人はヒューゴとジュリアンだ」
「この間会ったな」
「初めまして」
アレクシスに紹介された二人がオレににこりと笑いかける。
ジュリアンという名前は何処かで聞いた。
確か、赤毛のアンリの番相手ではなかっただろうか。
右手の甲を確認すると、やはり褐色の手には百合の刻印があった。
とにかくオレはもっと動揺したアレクシスの顔を見たかった。
彼がこんなに面白い顔をすることは早々ない。
「ここでは話したくない」
「え?」
「……二人きりで」
彼にだけ聞こえるように呟きを落とす。
これを聞いた彼は顔を真っ赤にして舞い上がり調子に乗ることだろう。
「はぁーー…………」
ところが予想を裏切り、アレクシスは顔を手で覆って深い深い溜息を吐いたのだった。
彼の気分を害してしまっただろうか。
胃の腑がきゅっと縮んで痛むのを感じる。
彼は普段好きだと愛してると散々囁いてくるが、もしかすればそれは二人きりの時限定のことだったのかもしれない。
彼にとってはオレなんかよりも友人との語らいのひと時の方がずっと大事なのかも。
むしろその方が自然なのに、この瞬間まで考えてみたこともなかった。
「…………可愛すぎるだろ」
「え?」
彼がぼそりと呟いた言葉が聞こえなくて、不安に眉を下げた。
ヒューゴとジュリアンが顔を見合わせている。
「いや、何でもない。部屋に行こうか」
アレクシスは顔を上げると、今の溜息が嘘だったみたいに完璧な微笑みをオレに向ける。
本当に何ともないんだろうか。
部屋に入った途端オレを叱るつもりじゃないだろうか。
オレは彼を揶揄おうと思ったことを既に後悔していた。
「さて、話したいことって何だ? 何か困ったことでもあったのか?」
二人の自室に戻ってくると、彼が向けてきたのは本気でオレを心配している表情だった。
どうやら彼の機嫌を損ねてしまった訳ではないらしい。
少なくとも表向きにはそのように見える。
話をしたいというのは彼の視線を此方に向けさせる方便だったから、実際は話したいことなどない。
でも折角だから、前々から聞きたかったことを聞いてみることにする。
「なんでオレのことが好きなんだ?」
この質問に彼は目を丸くし、それからくすりと苦笑した。
あまりにもその場で思いついたという感じの話題に、さっきのアレも彼に構われたくてやったのだとバレたのかもしれない。
「何故だと思う?」
試すように逆に質問されてしまった。
「一目惚れだって言ってたな。じゃあオレの外見に惚れた、のか……?」
自分で口にしておきながらこの説は疑わしかった。
だってオレは特別器量が良いわけでもない。
オレの見た目に惹かれるものがあるとは思えない。
だが一目見ただけで見た目以外の何が分かると言うのだろう。
「こう言っても信じてもらえないだろうが、オレは君の内面に惚れたつもりだ」
「……?」
彼の言葉に「嘘を吐くな」と眉を顰めた。
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アレクシスがそういう意味で言っているんじゃないというのは分かっているが、歯を剥き出して睨みつけずにはいられない。オレはそれ以外の反応の仕方を知らなかった。
「ふふ。君は真面目でひたむきで、そしてとても繊細で感情豊かな人だと思う。オレは君のそんなところが気に入った」
「……」
気恥ずかしい言葉。とても正面から聞いてなんていられない。
オレはそっぽを向いて、ふにゃふにゃと締まらない口元を隠す。
「好きだ、ルノ」
駄目押しのように彼が囁く。
彼の顔を見ることなんかとても出来ず、宙を睨み付ける。
「君もオレのことが好きだろう?」
その言葉に思わず彼の方を見てしまった。
彼の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
何を食えばこんなに自分に自信を持っていられるのか。
オレには絶対にないものを持っている彼のその表情に、どくりと心臓が胸を叩く。
「……んな訳あるか!」
バンとドアを開けて部屋を飛び出した。
午後の授業の為に大教室に向かいながら考える。
何故自分はこんなにもムカムカとしているのだろうかと。
彼の自信に満ち溢れた態度が羨ましいのだろうか。
ちょっと考えて、それは違うと否定する。
オレは別にアレクシスのようになりたいわけではない。
あんなふてぶてしい自信なんかごめんだ。
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