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第十一話 シャクヤク、はにかみ
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「美味いか?」
「うめぇ」
トマトソースのかかったスパゲッティを口いっぱいに頬張ると、オレは美味しさに満面の笑みになった。
またシスルの町に出てきたオレたちは、先週のようにアレクシスの奢りで昼飯を食っているのだった。
昨日の授業での実技も上手く行ったし、気分は上々だった。
本番でも上手く精霊と語らうことが出来たのだ。
「ふふ、君は本当に美味しそうに食べるな」
アレクシスはそんなオレを眺めて微笑んでいる。
オレの些細な言動に目を留めては誉めそやす言葉を口にする変な男だ。
四六時中どうやって相手を褒めようか頭の中でいっぱいなのか?
それとも口説いてるつもりか?
「何だよ、お貴族様は美味いもん食った時ご機嫌にならねぇのか?」
「そうだな。少なくとも君ほどはっきりとは」
片眉を上げて彼の言葉を訝る。
本当だろうか。どんな奴でもご馳走にありつけたら楽しい気分になるものだろうに。
でも確かにアレクシスは飯を食う時よりも、オレの顔を眺めている時の方が楽しそうだ。
「なあ、この町で行商人がよくいる場所は何処だ?」
「うん、行商人? 何か欲しいものがあるのか?」
買ってあげようかと言わんばかりにアレクシスは目を細める。
オレ自身が何か欲しい訳ではない。
ただ、オレの故郷の街にこれから寄る予定の行商人に金を渡して供え物の花を調達してもらい、母の元に届けてもらいたいだけだ。そうすれば母がオレの分の花も一緒に墓参りに持っていってくれるだろう。
「故郷に花を贈りたいだけだ」
端的に説明したくて一言だけ口にした。
しかし、途端に彼の表情が硬くなる。
「……ほう、故郷に花を? 相手はどんな人だ? ルノの何なんだ?」
何か勘違いされてる気がする。
「親だよ親」
「なんだ、そうか」
アレクシスはあからさまにほっと息を吐いた。
妙な勘繰りをしやがって。
「なら折角だ。商会に行かないか? 顔が利くんだ」
「ふーん、顔がねぇ」
黒い肌は高貴の証。
確かにその黒い顔を見れば、「何処の大貴族様だろう」と誰でも思うだろう。
しかし商会か。
そこら辺の行商人に頼むよりかは信頼できそうだ。
値は張るかもしれないが、仕方ない。
「じゃあ、頼む」
オレが誘いに乗ると、彼はことさら嬉しそうに笑みを深めたのだった。
*
「アレクシス・グロースクロイツ様ですね。歓迎いたします」
こんな片田舎の町の商会なんて大したことないと思っていた。
だが意外にもしっかりとした造りの大きな建物の中に通された。
こうして大貴族の息子なんかがうろちょろしてる町だから、案外商機が転がっているのかもしれない。
シスルの町にあるマルステン商会が表に構えた店にオレたちは足を踏み入れていた。
店員はアレクシスの顔を見るなり、彼の名前を口にしていた。
顔が利くというのは誇張ではないらしい。
「今日はどんなものがご入用で?」
店員は一瞬オレたちの手の甲に刻まれた共通の薔薇の刻印に目を留めるが、特に言及しない。
まあアレクシスの問題発言を知らなければこれはただの「同じ部屋に住んでる」というマークでしかない。
何か思うところは別にないだろう。
「今日はオレじゃない。友の故郷に花を送って欲しいんだ」
アレクシスがオレの肩に手を置いて言った。
「かしこまりました。宛先をお伺いしても?」
店員は鷹揚に頷く。
いきなり来て配達のお願いをするくらいは無茶でも何でもないようだ。
「クラ―セン」
オレが口を開いて答えた。
ここから南に下ったところにある街だ。
「クラ―センが故郷なのか。意外に大きな街だな」
「平民はみんな田舎から出てきたとでも思ってたのか?」
「まさか」
アレクシスはにっこりと答えるが、その口ぶりからオレが名も知れぬ寒村から出てきたとでも思っていたのだろう。彼の横顔をじーっと睨み続けて圧をかける。
「……すまん、すまない。確かに偏見があった。謝る」
アレクシスは耐え切れず小声で囁くように謝った。
その様子を店員が微笑ましげに見つめている。
「それでどのような花に致しましょうか? グロースクロイツ様のご友人ですから、此方もサービスさせていただきます。どうぞご遠慮なく仰って下さい」
店員がにこにこと言う。
オレは一瞬、口を噤む。
この場でそれを口にするのは憚られた。
だが、伝えるしかないだろう。
「別に豪勢な花はいらない。墓に供えるための白い花なら、それで」
隣のアレクシスが息を呑むのが分かった。
*
「すまない。故郷に贈る花というのは、つまり……」
学園に帰る馬車便を待つ間、アレクシスは静かに口を開いた。
「……もうすぐ親父の命日なんだ」
ぽつりと答えてやる。
「知らなかったこととはいえ、その……」
「別にいい。あんたは花を頼むところを案内してくれただけだろ」
自業自得ではあるが、オレはそんなことで機嫌を損ねる人間と思われているらしい。
「オレが生まれる前に死んだから、顔も知らないんだ。だから別に気にしちゃいない」
「それは……」
父親という単語から、普通の人間はその顔と生きている姿を連想するのかもしれない。
だがオレにとってはそれは一年に一回ほどの恒例行事である墓参りを連想させる言葉だった。
気が向いたから、もう少し彼に話してやるとしよう。
「親父は古代魔術師で、古イルス魔術学校の卒業生だったらしい」
「……それで君も入学したのか?」
「ああ。母が貯めてくれていた金でな」
馬車はまだ来ない。
どうやら少し遅れているようだ。
「その、一つ聞きたいんだがいいか? 答えたくないことだったら無言でも構わない」
彼の言葉にこくりと頷いて答える。
「片親で君を育て、さらに学園の授業料まで用意するには相当の苦労を要しただろう。一体どうやってそんな大金を用意したんだ? 裕福な親戚でもいるのか? それとも君の母君自身が凄腕の商人だとか?」
「……」
広場の噴水が水を噴き上げる音が耳に涼しい。
「ああ、すまない。やはり立ち入った話だったか。話さなくて大丈夫だ」
彼の問いに考える。
自分の素性を他人に曝け出す気などさらさらなかったが、彼になら話してもいい気がしていた。
そんな自分を自覚して、不思議な気分になった。
「いや、別に大した話じゃない。あんたになら話してもいい」
「……!」
彼が驚きに目を見開く。
「ただ、ここでするような話じゃあない」
ちょうど道の向こうからやってきた馬車を見やりながら彼に苦笑する。
「また今度な」
「あ、ああ……!」
アレクシスはまるで美人にいい返事をもらえたかのように、パッと顔を輝かせた。
彼のそういう初々しい表情は可愛げがあって、嫌いではなかった。
彼はちょっと勘違いしていることがある。
オレは別に悪い男が好きなわけじゃない。
乗り込んだ馬車の中でそっと彼の横顔を盗み見て、オレは一人はにかんだのだった。
「うめぇ」
トマトソースのかかったスパゲッティを口いっぱいに頬張ると、オレは美味しさに満面の笑みになった。
またシスルの町に出てきたオレたちは、先週のようにアレクシスの奢りで昼飯を食っているのだった。
昨日の授業での実技も上手く行ったし、気分は上々だった。
本番でも上手く精霊と語らうことが出来たのだ。
「ふふ、君は本当に美味しそうに食べるな」
アレクシスはそんなオレを眺めて微笑んでいる。
オレの些細な言動に目を留めては誉めそやす言葉を口にする変な男だ。
四六時中どうやって相手を褒めようか頭の中でいっぱいなのか?
それとも口説いてるつもりか?
「何だよ、お貴族様は美味いもん食った時ご機嫌にならねぇのか?」
「そうだな。少なくとも君ほどはっきりとは」
片眉を上げて彼の言葉を訝る。
本当だろうか。どんな奴でもご馳走にありつけたら楽しい気分になるものだろうに。
でも確かにアレクシスは飯を食う時よりも、オレの顔を眺めている時の方が楽しそうだ。
「なあ、この町で行商人がよくいる場所は何処だ?」
「うん、行商人? 何か欲しいものがあるのか?」
買ってあげようかと言わんばかりにアレクシスは目を細める。
オレ自身が何か欲しい訳ではない。
ただ、オレの故郷の街にこれから寄る予定の行商人に金を渡して供え物の花を調達してもらい、母の元に届けてもらいたいだけだ。そうすれば母がオレの分の花も一緒に墓参りに持っていってくれるだろう。
「故郷に花を贈りたいだけだ」
端的に説明したくて一言だけ口にした。
しかし、途端に彼の表情が硬くなる。
「……ほう、故郷に花を? 相手はどんな人だ? ルノの何なんだ?」
何か勘違いされてる気がする。
「親だよ親」
「なんだ、そうか」
アレクシスはあからさまにほっと息を吐いた。
妙な勘繰りをしやがって。
「なら折角だ。商会に行かないか? 顔が利くんだ」
「ふーん、顔がねぇ」
黒い肌は高貴の証。
確かにその黒い顔を見れば、「何処の大貴族様だろう」と誰でも思うだろう。
しかし商会か。
そこら辺の行商人に頼むよりかは信頼できそうだ。
値は張るかもしれないが、仕方ない。
「じゃあ、頼む」
オレが誘いに乗ると、彼はことさら嬉しそうに笑みを深めたのだった。
*
「アレクシス・グロースクロイツ様ですね。歓迎いたします」
こんな片田舎の町の商会なんて大したことないと思っていた。
だが意外にもしっかりとした造りの大きな建物の中に通された。
こうして大貴族の息子なんかがうろちょろしてる町だから、案外商機が転がっているのかもしれない。
シスルの町にあるマルステン商会が表に構えた店にオレたちは足を踏み入れていた。
店員はアレクシスの顔を見るなり、彼の名前を口にしていた。
顔が利くというのは誇張ではないらしい。
「今日はどんなものがご入用で?」
店員は一瞬オレたちの手の甲に刻まれた共通の薔薇の刻印に目を留めるが、特に言及しない。
まあアレクシスの問題発言を知らなければこれはただの「同じ部屋に住んでる」というマークでしかない。
何か思うところは別にないだろう。
「今日はオレじゃない。友の故郷に花を送って欲しいんだ」
アレクシスがオレの肩に手を置いて言った。
「かしこまりました。宛先をお伺いしても?」
店員は鷹揚に頷く。
いきなり来て配達のお願いをするくらいは無茶でも何でもないようだ。
「クラ―セン」
オレが口を開いて答えた。
ここから南に下ったところにある街だ。
「クラ―センが故郷なのか。意外に大きな街だな」
「平民はみんな田舎から出てきたとでも思ってたのか?」
「まさか」
アレクシスはにっこりと答えるが、その口ぶりからオレが名も知れぬ寒村から出てきたとでも思っていたのだろう。彼の横顔をじーっと睨み続けて圧をかける。
「……すまん、すまない。確かに偏見があった。謝る」
アレクシスは耐え切れず小声で囁くように謝った。
その様子を店員が微笑ましげに見つめている。
「それでどのような花に致しましょうか? グロースクロイツ様のご友人ですから、此方もサービスさせていただきます。どうぞご遠慮なく仰って下さい」
店員がにこにこと言う。
オレは一瞬、口を噤む。
この場でそれを口にするのは憚られた。
だが、伝えるしかないだろう。
「別に豪勢な花はいらない。墓に供えるための白い花なら、それで」
隣のアレクシスが息を呑むのが分かった。
*
「すまない。故郷に贈る花というのは、つまり……」
学園に帰る馬車便を待つ間、アレクシスは静かに口を開いた。
「……もうすぐ親父の命日なんだ」
ぽつりと答えてやる。
「知らなかったこととはいえ、その……」
「別にいい。あんたは花を頼むところを案内してくれただけだろ」
自業自得ではあるが、オレはそんなことで機嫌を損ねる人間と思われているらしい。
「オレが生まれる前に死んだから、顔も知らないんだ。だから別に気にしちゃいない」
「それは……」
父親という単語から、普通の人間はその顔と生きている姿を連想するのかもしれない。
だがオレにとってはそれは一年に一回ほどの恒例行事である墓参りを連想させる言葉だった。
気が向いたから、もう少し彼に話してやるとしよう。
「親父は古代魔術師で、古イルス魔術学校の卒業生だったらしい」
「……それで君も入学したのか?」
「ああ。母が貯めてくれていた金でな」
馬車はまだ来ない。
どうやら少し遅れているようだ。
「その、一つ聞きたいんだがいいか? 答えたくないことだったら無言でも構わない」
彼の言葉にこくりと頷いて答える。
「片親で君を育て、さらに学園の授業料まで用意するには相当の苦労を要しただろう。一体どうやってそんな大金を用意したんだ? 裕福な親戚でもいるのか? それとも君の母君自身が凄腕の商人だとか?」
「……」
広場の噴水が水を噴き上げる音が耳に涼しい。
「ああ、すまない。やはり立ち入った話だったか。話さなくて大丈夫だ」
彼の問いに考える。
自分の素性を他人に曝け出す気などさらさらなかったが、彼になら話してもいい気がしていた。
そんな自分を自覚して、不思議な気分になった。
「いや、別に大した話じゃない。あんたになら話してもいい」
「……!」
彼が驚きに目を見開く。
「ただ、ここでするような話じゃあない」
ちょうど道の向こうからやってきた馬車を見やりながら彼に苦笑する。
「また今度な」
「あ、ああ……!」
アレクシスはまるで美人にいい返事をもらえたかのように、パッと顔を輝かせた。
彼のそういう初々しい表情は可愛げがあって、嫌いではなかった。
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