彼はオレの傷を愛している ~人間嫌いのオレが魔術学校の優等生に一目惚れされるなんて~

野良猫のらん

文字の大きさ
上 下
6 / 39

第六話 グロキシニアの刻印、甘言

しおりを挟む
「ねえ、キミ!」
「は?」

 休日二日目。
 勉強の合間に一休みしようと、学校の庭……というか森を散歩している時だった。
 急に知らない奴に声をかけられた。ブロンドの長髪野郎だ。
 黒ローブ姿を見るに、同じ一年生のようだ。

「キミってさ、いつも眼鏡のイケメンくんと一緒にいるよね?」
「眼鏡の……イケメン……??」

 一瞬、誰の事やら分からずポカンとしてしまう。
 まさか、ケントのことか?
 彼から眼鏡を取り除いた顔を思い出そうとしてみるが、ぼんやりとした像しか浮かび上がらない。
 アイツは世間一般的にはイケメンに分類されるのか?

「ああごめんごめん、番相手のアレクシス様と比べたらそりゃあ見劣りするよね。アレクシス様、剣術もやってるから身体も逞しいし」

「剣術……」

 そういえばグロースクロイツ家は魔法騎士の大家だった。
 アレクシスもここを卒業すれば魔法騎士になるのだろう。

「正直な話――――アレクシス様とは何処まで行ったんだ?」

 ブロンドの長髪野郎が鋭く目を細める。
 好色な話をしているのに、まるで商談でもしているかのような口調だった。

「どこまで、って……?」
「まさか、何もしてない?」

 何もしてないも何も、一体何をしろと言うのだろう。

「ルノ・ボレスフォアくん、悪いことは言わない。これは千載一遇のチャンスなんだ。是非とも彼に取り入った方がいい」

 ブロンド野郎は興奮気味に早口にまくし立てる。

「同じ平民出身として、ボクは密かにキミに親近感を覚えてるんだ。そんなキミが奇跡的にグロースクロイツ家の嫡男の番になれた! キミには是非そのチャンスをものにして欲しいんだよ」

 どうやらブロンド野郎も平民出身らしい。
 彼の右手を見やると、内臓のように赤い花の刻印が見えた。

「お前は、そういう風に番相手に取り入ってるのか?」
「勿論だとも。せっかく周りは貴族様だらけなんだ。他に何がある?」

 刻印が血管のように毒々しく赤い。
 何となく恐ろしくなって、一歩後退った。

 オレと同じように汚い世界から這い上がってきて、そしてオレとは違う生き方を獲得した男なのだ。目の前の彼は。
 よくよく見れば、シャツの素材の粗末さに似つかわしくない綺麗な首飾りを付けている。ボタンを開けてはだけさせた胸板をネックレスで飾っているのだ。

「いいかい、これは善意からのアドバイスだ。キミはアレクシス様に媚び、取り入り、その心を獲得するべきだ。それがボクたちみたいなのにとっての効率的な生き方だ。そうだろう?」

「……っ!」

「キミはかつてのボクに似ている。もし"やり方"が分からないのなら、手取り足取り教えよう……」

 また一歩、後退ったその時だった。
 後ろにいた誰かにぶつかった。
 その誰かはオレの身体を受け止めるように、肩に手を置いた。

「ルノ、ここにいたのか」

 黒い手を見て、それがアレクシスだと分かった。

「アレクシス……」

 思わず振り向いて、助けを求めるような視線を彼に送ってしまった。

「ルノ、今日は学園の周りを案内すると言ったろう。行こうか」

 そんな約束をした覚えはないが、この場から離れられるなら何でもよくてコクリと頷いた。
 ブロンドの長髪野郎は何を勘違いしたのか、満面の笑みでオレたちを送り出す。

 怖い……。
 大抵の気に入らない奴にはみんな「ムカつく」という感情を抱いてきたが、恐ろしいのは初めてだった。
 オレより体格がデカい訳でもない相手を恐ろしく思うことがあるなんて、予想だにしなかった。

「今の子は友達か?」

 いくらか歩いてブロンド野郎の姿が見えなくなったところで、アレクシスが尋ねる。
 オレはぶんぶんと首を横に振った。

「そうか。もし変な奴に絡まれたらすぐオレに言うんだぞ」

 アレクシスがアレクシスが振り向いて、オレの肩に手を置く。
 オレはその手をパシンとはね除けた。

「オレはそんなに弱っちくない」

 守ってやらねばいけないほど弱いやつ、と言われたようで腹が立った。
 変な奴なんて一睨みすれば去っていく……はずだったのに。
 さっきのブロンド野郎を思い出して、自信がなくなる。
 彼に、アレクシスに助けを求めてしまった。

「てめぇ、オレと勝負しろ」
「えっ?」

 ぐっと背を伸ばして、彼の胸倉に掴みかかる。

「剣術でオレと勝負しろ、弱くないって証明してやる」

 アレクシスに勝つ。
 そうでないと、プライドを保てない気がした。

「いや、オレは何も君をけなした訳ではなく……」
「いいから!」

 彼を至近距離から睨み付ける。
 戸惑う彼の瞳に、オレの顔が写っているのが見えた。
 ちっぽけで痩せた少年の顔だ。

「……分かった。鍛錬場へ行こう」

 やがて彼は了承してくれた。



 *



「君の体格ならこの木剣がいいだろう」

 無人の鍛錬場で、アレクシスは木剣をオレに手渡す。

 アレクシスのように剣術を嗜んでいる生徒の為の場所だが、利用者は少ないようだ。魔法騎士を目指す者はごく少数なんだろう。

「訓練じゃねえからな、決闘だからな」
「ああ、分かっているとも」

 念を押すと、彼は鷹揚に頷く。
 その物腰の柔らかさに、やっぱり分かってないんじゃないかと疑った。

「容赦しねぇからな」
「それにしても君が剣術を嗜むとは知らなかった」

 世間話を続けようとする彼に向かって、剣を構える。

「あんたも構えろ!」
「ああ」

 背の高い彼が木剣を構えると、空気がピリリと締まる。
 オレより体格のいい男なんだということがよく分かる。
 でも、そんなのを恐れたりしない。

「行くぞ――――ッ!!」



 *



「はぁ……はぁ……」

 その場に膝を突き、崩れ落ちる。

 結果は惨敗だった。
 鍔迫り合いに負け、木剣を弾き飛ばされた。
 明白な敗北だった。

「なかなか筋がいい。何処で剣を学んだんだ?」
「ッ!」

 オレを助け起こそうと彼の伸ばした手を、乱暴に払った。
 そしてその場に蹲り、俯いた。
 溢れ出てきた悔し涙を見られたくなかったのだ。

 この魔術学校はオレにとって、お貴族様という異質な生物だらけの敵地だ。
 その中で唯一剣術だけは誰にも負けないと思って密かに心の支えにしてきた。
 他の奴らがどんなに偉い奴でも、剣で斬れば死ぬんだと思って。

 でも、その唯一の特技すらアレクシスは軽々と凌駕した。

 平民として生きてきたこれまでの人生に価値などなかった。
 あのブロンド野郎の言う通り、平民はせいぜい貴族に取り入るしかできない。
 つまらないプライドをさっさと捨てろとアイツは言っていたのだ。

「……すまない、そこまで負けず嫌いだとは」

 オレの涙の理由を勘違いしたアレクシスが、目の前に跪く。

「ルノ、謝るよ。機嫌を直してくれないか? 本気でやったオレが大人げなかった」

 彼に謝られるほどに、自分が惨めになってくる。
 まるで子供扱いされているみたいだ。

 貴族社会にはオレみたいな癇癪持ちなんていないだろうから、彼も戸惑ってるのだろう。
 いいさ。アレクシスなんてとことん困ればいいんだ。

 オレは頑として鍛錬場の床から動かず、その間ずっとアレクシスがオレを宥めすかしていた。
 ちょっとだけ、すっきりした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...