嫌われてたはずなのに本読んでたらなんか美形伴侶に溺愛されてます 執着の騎士団長と言語オタクの俺

野良猫のらん

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番外編

現パロ編 第四話 フランソワ視点

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『最近、気になる人がいる。
 好きぴ……というほどではないと思う。まだ。

 同僚のエルムートという人だ。
 前々からいいとは思っていた。好みの男らしい顔立ちをしているし、まっすぐな心地いい性格をしている。

 ただ、俺だって職場恋愛をするほどバカじゃない。
 相手はノンケに決まっている。叶わぬ恋をして、今の会社を辞める羽目になったりなどしない。

 そう思っていたのに、最近急に距離が縮まって、一緒にショッピングしたり、食事したりする仲になってしまった。
 彼の言動に、期待してもいいのでは?と思ってしまう瞬間もある。

 でも、勘違いだったら……。
 それに自分の彼への気持ちが好意なのかどうか、まだ確信が持てない。

 自分はこの先、どうするべきなのだろう』

 そこまで書いて、フランソワは筆を止めた。
 それから書いていたものをくしゃくしゃに丸めて、ごみ箱にポイと捨ててしまった。

「いくらメン限でも、こんなこと言ったら身バレ必須だってーの」

 いま書いていたものは、雑談配信の原稿だった。
 心の赴くままに思っていることを書き出してみたのだが、いくらなんでも赤裸々だった。こんなこと、不特定多数の人間が見る場で言ってはいけない。

 フランソワは、美容系配信者のフルールとして活動している。フルールとは、フランス語で「花」という意味だ。
 メイクは大好きだ。自分は大のコスメオタクであると自負している。自分のメイクを大勢の人に見てもらいたくなって、動画サイトにメイク姿を投稿するようになった。

 時折、メンバーシップに登録してくれている人限定で雑談配信も行っている。今日はどんなことを話そうかと考えていたのだが、自然と頭を過ぎるのは最近仲を深めたエルムートのことだった。

『フランソワは果実よりも花の香りの方が似合うな』

 彼の言葉を思い出しただけで、頬に熱が灯る。
 花の香りが似合うだなんて、一瞬「フルール」として活動していることがバレたのかと思った。だがなんのことはない、普段つけている香水のことだろう。
 一見朴訥そうなのに、香水のことまで意識してくれているなんて。ギャップにやられてしまいそうだ。

「あーもう」

 フランソワは新たなメモに、当たり障りのない内容を書き留め始めた。
 これ以上彼のことを考えていたら、バカなことをしてしまいそうだから。


 いつものように朝のスキンケアをこなし、眉毛の形を整え、ベースメイクをする。眉にはふんわりアイブロウパウダーを乗せるだけで、「描きました」感が出ないようにする。鼻の形は生まれつき完璧なので、ノーズシャドウなどは入れない。
 これでフランソワの毎日メイクは完成だ。

 よし、今日の顔面も完璧。
 フランソワは自信を持って出社した。
 
「フランソワ、おはよう」

 出社するなり声をかけられ、ドキリとした。
 挨拶してくれたのはエルムートだ。
 大きくなる心臓の鼓動を無視して、フランソワは快活な笑みを返した。

「おう、エルムート、おはよう! なあな、今日のランチ中華行かね? 中華の気分なんだ。ほら、奢るって約束したろ?」
「中華か、いいな」

 ランチに誘うと、彼も顔を綻ばせて頷いてくれた。
 社内じゃ「鋼鉄のエルムート」なんてあだ名で呼ばれているらしいけど、なんだ結構笑うじゃん。

 フランソワは気をよくして、ご機嫌で労働に取り掛かった。

 チャカチャカと仕事が進み一区切りがついたころ、フランソワはお茶を淹れるために立ち上がった。

「おい」

 給湯室に入ると、不躾な声をかけられた。
 そちらを見やると、同僚の男性社員がいた。普段から自分の陰口を叩いている輩の一人だ。いい感じはしない。

「なんだよ」

 フランソワは不愛想な声を返した。

「お前、最近エルムートの奴と仲がいいじゃないか」
「それが何か?」

 お湯の準備をしながらも、眉間に皴が寄る。エルムートと仲良くすることに、一体何の文句があるというのか。

「お前、アレだろ。エルムートがフィルブリッヒ工業の次男だって、知ってるんだろ。それで仲良くしてるんだ」
「は?」

 初耳の情報に、思わず振り向く。
 フィルブリッヒ工業と言えば、誰もが知る大企業だ。エルムートがそこの次男? 初めて聞いた。

「お前って女っぽいからなあ。色香で惑わしてコレになろうとしてんじゃねえの?」

 男は、小指を立てるジェスチャーをしながら嘲笑を顔に貼り付けた。

「な……ッ!?」

 怒りで頭に血が上るのを感じた。
 美しくあろうとするのは女になろうとしているからではないし、大企業の息子だからエルムートのことをよく思っているわけでもない。

 反論しようとした、そのときだった。

「フランソワはそんな人ではない」

 いつから聞いていたのか、エルムートが鬼のような形相で給湯室に入ってきた。
 鋼鉄の視線で、男を睨みつける。

「フランソワのことを悪く言うのは、やめてもらおうか」
「ひッ!」

 男は碌に謝りもせず、逃げていった。

 エルムートが助けてくれたのだ。
 少しも疑いもせず、「そんな人ではない」と言ってくれた。
 こんなの……好きになるなという方が無理だ。

 高鳴る心臓の鼓動に、自分の胸元をぎゅっと押さえつけた。

「フランソワ……」

 エルムートは眉を下げ、困ったような表情を向けてきた。途端に鋼鉄のエルムートは、子犬のようになってしまった。

「……実を言うと、オレの親はフィルブリッヒ工業の社長をやっている。このことを言うと人間関係が変になることもあるから、黙っていた。すまない」

 エルムートが頭を下げたので、フランソワは吃驚してしまった。

「何言ってんだよ、そんなの謝ることじゃないだろ! ただの同僚なんだし、秘密の一つや二つあって当然だろ」
「ただの同僚……だけには収まりたくない。だから、フランソワには自分から話すべきだった」
「ひょえ!?」

 ただの同僚には収まりたくない。一体、どういう意味だろう。それってそれってまるで……。
 顔が熱くなってしまう。チークも塗っていないのに、顔が林檎のように真っ赤になってしまっていることだろう。

「フランソワ……」
「エ、エルムート……?」

 そっと彼が近寄ってくる。
 ほとんど壁ドンのような距離になって――

「でさー」「きゃははは」

 ちょうどそのとき、女性社員複数名が給湯室に入ってきて、エルムートはぱっと離れた。

「また後で」
「う、うん」
 
 どういう意味だったのだろう。
 フランソワは夢見心地でデスクに戻る。
 
 だが、夢見心地は長くは続かなかった。

「フランソワくん、すまないが緊急の仕事を頼まれてくれるかな。これを終わらせてくれ。14時までに」
「ええ!? 14時までに!?」

 上司に急に押しつけられた仕事に、内心で頭を抱えた。
 エルムートと過ごすはずだったランチタイムは、あえなく消失したのだった。

 しょんぼり。
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