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番外編
現パロ編 第二話 エルムート視点
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それからエルムートは毎晩、犬猫動画の代わりにフルールの動画を見るようになった。彼のメイク動画を見ていれば、好みの男の顔が長時間アップで表示され続けるのだ。これ以上の癒しがあろうか。
好みの顔……。
そうか、自分はこういう顔が好きなのか。エルムートは初めて自覚した。
メンバー登録して、メン限の雑談配信も見漁った。雑談配信の中で、フルールは「筋肉質な男が好きだ」と語っていた。
元からジム通いして鍛えてはいたが、エルムートはその日から自宅でも積極的な筋トレを開始した。
我ながら単純な男だ。
筋肉を鍛えたところで、動画の中の男に会えるわけがないのに。
会えるわけがないのだ。
そう、同僚のフランソワが実はフルールというのではない限り。
エルムートは会社では、自然とフランソワのことを視線で追うようになっていた。
いやまさか、同一人物なわけがない。そう都合よく推し――好きな者のことはそう呼ぶのだと、コメント欄から学んだ――が同僚なわけがないのだ。
だってフランソワは化粧をしていないし……待てよ。よく見たらフランソワの眉毛、描かれたものだな? あの人形のようなつるりとした肌……あれは「べーすめいく」とやらを施したものではないか?
長時間フルールのメイク動画を見続けた結果、エルムートはすっぴんとメイクをした顔との見分けがつくようになっていた。
間違いない、フランソワは「メンズメイク」をしている!
気がつくと、もう俄然彼のことが気になり出した。
熱い視線を注ぎ続けているとちょうど昼休憩の時間になってしまい、フランソワはデスクを去ってしまった。
エルムートは何も考えず、反射的に彼の後を追った。
エレベーターにフランソワと一緒に乗り込み、二人きりになった。
よし、チャンスだ。メイクのことを聞いてみよう。
「フラ……」
「あんた、今日はえらく俺のことを見てきたな。何か文句でもあるのか」
だが、口を開く前にフランソワが鋭く睨んできた。
そうだ、フランソワは苛烈な性格であることで有名だった。
彼の機嫌を損ねてしまった、とエルムートは慌てた。とにかく誤解を解かなければ。決して悪意があったわけがないのだ。
「その、綺麗だなと思って」
慌てたエルムートの口から出てきたのは、正直すぎる言葉だった。
「はあ!?」
フランソワは驚きに目を見開きながら、頬を桃色に染めた。
(あ、可愛い……)
犬猫以外に可愛いという感想を抱いた、初めての瞬間だった。
って、そんなことを思っている場合ではない。これではまるで、口説き文句のようではないか。
エルムートはさらに慌てて、次の言葉を紡ぐ。
「あ、いや、そうじゃなくて、もともと綺麗なんだろうが、よく手入れをして綺麗さを保っているんだなって、今日気がついたんだ。努力に感心していたというか……」
「ふーん……?」
自分のあたふたとした説明を、フランソワは指に金髪を巻きつけながら聞いている。
自分の言葉はどう思われているのだろう。嫌われてしまっただろうか。
不安に思った瞬間、フランソワはぱっと屈託のない笑みを見せた。
「あんた、よくわかってんじゃないか! 努力もしないで『何ヵ国語も話せるエリートの上にイケメンとか存在が嫌味』とか陰口叩く奴も多いのに、あんたは違うんだな!」
おまけに、バシンと勢いよく背中を叩かれた。
憧れのフルールかもしれない男にいきなり触れられ、エルムートは驚きのあまりびくりと飛び上がった。
「たしかに俺はもともと美しいけど、髪も顔も体型も、全部努力して美しさを保っているんだよ。あんた、見る目があるな」
フランソワは得意げな笑みを見せる。
嫌われたどころか好感触を得られたらしく、エルムートは望外の喜びを感じた。
そうこうしているうちに、エレベーターが一階に着いてしまった。貴重な二人きりの時間が終わってしまったことを残念に思っていると、フランソワが振り向いた。
「よし、この後一緒にランチ行かね?」
「……いいのか?」
思ってもみないお誘いに、エルムートは目をぱちくりとさせた。
「ああ、あんたとなら美味い飯が食えそうだ!」
ニカッとした笑みに、胸が高鳴る。
なぜこんなにも心臓が激しく鼓動するのだろう。
(もしかしてこれは、恋……なのか?)
エルムートはぎゅっと己の胸元を掴んだ。
好みの顔……。
そうか、自分はこういう顔が好きなのか。エルムートは初めて自覚した。
メンバー登録して、メン限の雑談配信も見漁った。雑談配信の中で、フルールは「筋肉質な男が好きだ」と語っていた。
元からジム通いして鍛えてはいたが、エルムートはその日から自宅でも積極的な筋トレを開始した。
我ながら単純な男だ。
筋肉を鍛えたところで、動画の中の男に会えるわけがないのに。
会えるわけがないのだ。
そう、同僚のフランソワが実はフルールというのではない限り。
エルムートは会社では、自然とフランソワのことを視線で追うようになっていた。
いやまさか、同一人物なわけがない。そう都合よく推し――好きな者のことはそう呼ぶのだと、コメント欄から学んだ――が同僚なわけがないのだ。
だってフランソワは化粧をしていないし……待てよ。よく見たらフランソワの眉毛、描かれたものだな? あの人形のようなつるりとした肌……あれは「べーすめいく」とやらを施したものではないか?
長時間フルールのメイク動画を見続けた結果、エルムートはすっぴんとメイクをした顔との見分けがつくようになっていた。
間違いない、フランソワは「メンズメイク」をしている!
気がつくと、もう俄然彼のことが気になり出した。
熱い視線を注ぎ続けているとちょうど昼休憩の時間になってしまい、フランソワはデスクを去ってしまった。
エルムートは何も考えず、反射的に彼の後を追った。
エレベーターにフランソワと一緒に乗り込み、二人きりになった。
よし、チャンスだ。メイクのことを聞いてみよう。
「フラ……」
「あんた、今日はえらく俺のことを見てきたな。何か文句でもあるのか」
だが、口を開く前にフランソワが鋭く睨んできた。
そうだ、フランソワは苛烈な性格であることで有名だった。
彼の機嫌を損ねてしまった、とエルムートは慌てた。とにかく誤解を解かなければ。決して悪意があったわけがないのだ。
「その、綺麗だなと思って」
慌てたエルムートの口から出てきたのは、正直すぎる言葉だった。
「はあ!?」
フランソワは驚きに目を見開きながら、頬を桃色に染めた。
(あ、可愛い……)
犬猫以外に可愛いという感想を抱いた、初めての瞬間だった。
って、そんなことを思っている場合ではない。これではまるで、口説き文句のようではないか。
エルムートはさらに慌てて、次の言葉を紡ぐ。
「あ、いや、そうじゃなくて、もともと綺麗なんだろうが、よく手入れをして綺麗さを保っているんだなって、今日気がついたんだ。努力に感心していたというか……」
「ふーん……?」
自分のあたふたとした説明を、フランソワは指に金髪を巻きつけながら聞いている。
自分の言葉はどう思われているのだろう。嫌われてしまっただろうか。
不安に思った瞬間、フランソワはぱっと屈託のない笑みを見せた。
「あんた、よくわかってんじゃないか! 努力もしないで『何ヵ国語も話せるエリートの上にイケメンとか存在が嫌味』とか陰口叩く奴も多いのに、あんたは違うんだな!」
おまけに、バシンと勢いよく背中を叩かれた。
憧れのフルールかもしれない男にいきなり触れられ、エルムートは驚きのあまりびくりと飛び上がった。
「たしかに俺はもともと美しいけど、髪も顔も体型も、全部努力して美しさを保っているんだよ。あんた、見る目があるな」
フランソワは得意げな笑みを見せる。
嫌われたどころか好感触を得られたらしく、エルムートは望外の喜びを感じた。
そうこうしているうちに、エレベーターが一階に着いてしまった。貴重な二人きりの時間が終わってしまったことを残念に思っていると、フランソワが振り向いた。
「よし、この後一緒にランチ行かね?」
「……いいのか?」
思ってもみないお誘いに、エルムートは目をぱちくりとさせた。
「ああ、あんたとなら美味い飯が食えそうだ!」
ニカッとした笑みに、胸が高鳴る。
なぜこんなにも心臓が激しく鼓動するのだろう。
(もしかしてこれは、恋……なのか?)
エルムートはぎゅっと己の胸元を掴んだ。
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