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第六十七話

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「君の父親であるデジレ・ブルダリアスは国家反逆罪で逮捕された」

 お父さんはシャルルくんに堂々たる態度で言い渡す。

「国家反逆罪!?」

 シャルルくんの顔が真っ白になる。

「この国の法律では反逆者の親族は成人していれば連座で処分されることになる。君はちょうど十八歳だ。申し訳ないけど一緒に来てもらうよ」

 お父さんはどうやら王族の仕事としてシャルルくんを連行しに来たらしかった。

「ま、待って下さい! 反逆罪ってどういうことですか!」

 シャルルくんの必死の問いに、説明したものかどうかお父さんが迷う素振りを見せる。

「ここにいる面々にならば聞かれてもいいだろう」

 イッシュクロフト先生が口を挟み、教室内を見回したお父さんがそれに頷く。

「よく聞いてくれ。先日の誘拐事件の首謀者に情報を流したのが君の父親だったんだ」
「え……それってルインハイトくんが成人式の後に誘拐されたっていう?」

 お父さんの説明を聞いて、ブルダリアス家の当主が犯した罪が占術の結果を偽ったことだけではなかったことが明らかになった。
 現国王の孫を誘拐した犯人に協力していたとなれば、反逆の罪に問われるのもやむを得ない。恐らく処刑は免れないだろう。

「オレの息子の個人情報……年齢や魔力量、属性等をわざと国家に叛意を持つ者に流したとして罪に問われている」
「学院の教師ならばよりよい講義のために学生の魔力検査の結果を見ることができる。図書室の禁書も読める。必要な情報はいつでも手に入れることができたというわけだ」

 イッシュクロフト先生が言い添える。
 今思えばある時を境に僕がエルネスト先生のことを黒魔術で洗脳しているなんて馬鹿馬鹿しい噂が立ち始めたのも、シャルルくんの父親が犯人だったのかもしれない。僕の属性を知っていなきゃ流せない噂だから。

「誘拐計画を立てたのも君の父親じゃないかと取り調べを受けている最中だ。理解したかい?」
「…………」

 シャルルくんは今にもその場に崩れ落ちそうだったが、何とかこくんと頷いた。

「では大人しくついてきてもらおう。両手を」

 項垂れたシャルルくんが両手を上に向けて差し出すと、その手首に氷の輪っかが嵌まった。魔術で編まれた手錠だ。

「待ってくれ!」

 誰かが声を上げた。
 振り向くと、声を上げたのは今まで大人しくしていたマルステンだった。

「聞いた限りでは父親が罪を犯しただけでこの者は何もしていないのだろう? なのに連座で処刑されるなどあまりにも理不尽だ! 王家の血を継ぐ者の一員として断固抗議する!」

 マルステンはシャルルくんを庇うようにお父さんとの間に割り入り、鋭くお父さんを睨み付ける。

「ま、マルステンくん……?」

 シャルルくんは目を見開く。

「この者の、シャルル・ブルダリアスの助命を嘆願する! だから、何とか……」
「マルステンくん、もうやめて」

 マルステンを止めたシャルルくんの眦からはポロポロと大粒の涙が零れていた。

「ボクは、キミに助けられる資格なんてない卑怯者なんだ。だからもうやめてくれ……!」
「卑怯者とはどういう意味だ。誘拐計画に関わっていたのか?」

 イッシュクロフト先生がシャルルくんの言葉に反応して眉を吊り上げる。

「ち、違う……っ!」
「違うなら説明してくれないか」

 お父さんの言葉に、シャルルくんはマルステンの顔をちらりと見上げた後、覚悟を決めたように語り出した。

 一年生の最初のテスト期間のことだ。
 シャルルくんは僕に頼んで呪術学のレポートを見せてもらった。

 最初は純粋に参考にするつもりだった。
 だがそのレポートはあまりにも出来が良過ぎた。
 越えられない、と絶望してしまった。

 一年生の最優秀が取れなければ父親からの折檻が待っている。
 ちょうど僕が目を離していたことも相まって、絶望したシャルルくんは咄嗟にレポートをズタズタに破いてしまった。

 破いた後で、バレたらどうしようと怖くなった。
 だからわざと自分から悲鳴を上げて、いかにも目を離した隙に誰かにレポートを破かれたように偽装した。 
 それでうやむやになると思っていた。

 だが実際は自分の代わりにマルステンが疑われてしまった。
 マルステンが犯人じゃないと知っていたのに、怖くて自分が犯人だとは言い出せなかった。
 結果として、マルステンが犯人として責められることになってしまった。

「だからボクはマルステンくんに庇われる資格なんかないんだ……。それにこの間だってそうだ」

 シャルルくんは数日前、退学処分にさせられた学生たちに僕を中庭に呼び出すように頼まれたそうなのだ。

「ルインハイトくんに良くないことをするつもりなんだってことは雰囲気から分かったけど……でも、ついルインハイトくんがいなくなってくれればと思っちゃって、大人しく従ったんだ」

 彼は涙を零して項垂れる。
 その様子は心の底から後悔しているように見えた。

「シャルル……」

 マルステンは、彼の両手をそっと握った。

「君の気持ちはよく分かる」

 マルステンは穏やかなに言った。
 マルステンの口にした言葉にシャルルくんは目を見張る。

「私もルインハイトに敵意を抱いていたことがあった。そのきっかけは父にルインハイトと比べられたことだった。父はどこかの筋から学院の入試の点数を知ったらしく、私のことを詰ったのだ」

 街娼の息子でさえ学年で二位の成績だったのに、お前と来たら……そんな風に言われたのだろうか。
 マルステンの境遇を想像して胸が痛む。

「悪いのは自分の力不足だったのに、私は不当にもルインハイトのことを恨んだ。だから君の気持ちはよく分かる!」

 嫉妬の炎に身を焦がしたのは君だけではないとマルステンは真摯に訴える。

「だが私は自分が間違っていたことに気が付いた。シャルル、君も反省してこれから善い人間になればいいのだ。生きてさえいれば人間はいくらでも変われる!」
「マルステンくん……!」

 彼の言葉にシャルルくんは心を打たれているようだった。

「だから、私はこの者の処刑には断固として……」
「あの、一つ勘違いしているみたいだからいいかな?」

 お父さんが申し訳なさそうに口を挟む。

「連座で処分するとは言ったけど、"処刑する"とは言ってないよ」
「取り調べを受けた結果、犯罪との関わりや叛意がないと確認されれば罰金で済むだろう」

 イッシュクロフト先生がやれやれと溜息を吐く。

「え、じゃ、じゃあ今までの私の訴えは……」

 まるで不必要で的外れの訴えだったのだ。
 そのことに気が付いたマルステンは顔が耳まで赤くなった。
 とても良いことを言っていたと思うけれど、締まらないのが彼らしいと言うべきか。

「マルステンくん、ボクは嬉しかったよ」

 シャルルくんがマルステンと同じくらい上気した顔で、ふわりと微笑みを送る。

「っ!」

 彼の微笑みを目にした瞬間、マルステンは胸の辺りを押さえた。彼の顔から赤みが引かないのは羞恥のためではないのだろう……。
 どうやら僕は何かが芽生える瞬間を目撃してしまったようだ。

「取り調べさえ終わればまた学院に通えるから、心配いらないよ」
「はい、分かりました」

 シャルルくんは心を入れ替えた晴れ晴れとした顔でお父さんに引っ張られていった。
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