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第六十六話
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「シュペルフォエル先生……話とはなんでしょうか?」
空き教室に現れたシャルルくんは、そこにいる顔ぶれを見て話題の内容を察したようだった。マルステンがこの場にいることには不可解そうな顔をしていたが。
「話があるのは僕だよ」
「ルインハイトくん……」
シャルルくんは睨むようにくっと僕を見据える。
猫に追い詰められた鼠のような表情だ。
「この間色々あったけど……自覚したんだ。僕が聖女の生まれ変わりだって」
「どうして!」
最後まで話し終わらないうちに噛み付くようにシャルルくんが口を挟んだ。
「今まで『自分は聖女なんかじゃない』って言ってたのに、どうして今になって!」
シャルルくんの鋭い口調が僕を責め立てる。
その口ぶりからは明らかな怒りが感じられた。
「ブルダリアスくん。いったんルインハイトくんの話を最後まで聞いてくれるかね?」
エルネスト先生が静かにシャルルくんを宥める。
シャルルくんはハッとして俯く。
僕は話を続ける。
「それで、シャルルくんのお父君の予言と矛盾することに気が付いて、どういうことなのかなって話を聞きたかったんだ。エルネスト先生は、その……占術の解釈を間違ったんだろうって言ってたけど」
シャルルくんにもきっと事情があったはずだ、となるべく彼を刺激しないように言葉を選ぶ。
「違う、お父様は間違えたりなんかしない!」
だが彼は感情的に噛み付いてきた。
「お父様がボクが聖女の生まれ変わりだって言って、これで凋落しつつあるブルダリアス家の将来も安泰だって喜んで……だからボクは聖女の生まれ変わりなんだ!」
シャルルくんは頑なだった。
でもこれで一つ分かった。どうやら彼が父親に『お前が本物の聖女の生まれ変わりだ』と伝えられたらしいことは本当のことらしいということだ。
これでシャルルくんが嘘を言っているのではないということが分かった。
彼が悪意を持って僕たちに嘘を言った可能性が消えて僕はほっとした。
であれば、彼の父親の占いの解釈がやはり間違っていたのだろうか。
「シャルルくん、『これでブルダリアス家は安泰だ』ってどういう意味?」
シャルルくんがもし生まれ変わりだったらそれがどう彼の家の将来と結びつくのか分からず、僕は尋ねた。
「それは……ブルダリアス家の後継ぎであるボクが聖女の生まれ変わりだったら、ブルダリアス家が重用されるようになるからって。『小僧の手から呪術学講師の座を奪い返すことも可能だ』ってお父様は……」
小僧とは誰のことだろう、と思っているとエルネスト先生がそっと教えてくれる。
「呪術学の講師はもともとブルダリアス家の者が担当していたのだ。魔法陣や古代語による魔術を扱う呪術学は最も複雑で魔術の英知が詰め込まれている……と人間は考えているようだ。だから呪術学の講師を担当することは栄誉なのだろう」
呪術学の今の講師は超越卿ことイッシュクロフト先生だ。
つまり小僧というのはイッシュクロフト先生のことなのだろう。若き天才に呪術学の講師の枠を取られた嫉妬を抱いているということか。
「シャルル・ブルダリアスくん、もう分かっているのだろう?」
エルネスト先生は静かに声をかける。
「予言というのは、君の御父君のでっちあげだったのだ。御父君はわざと嘘を吐いたのだ」
「う、そ……?」
彼の一言に、シャルルくんのサファイアのように綺麗な蒼い瞳が虚ろになった。
「昔から人間は偽の聖女をでっち上げては私と娶せようとしてきた。そうすれば偽の聖女を輩出した家に何らかの恩恵が得られると考えたのだろう。愚かなものだ、どんなに時が経とうとも私が我が聖女を間違えるはずがないのに」
エルネスト先生はゆっくりと首を振った。
彼には最初から分かっていたのだろう、ブルダリアス家の当主による嘘であると。それを今までシャルルくんに教えなかったのは、父親を悪く言うことになるからだろうか。
「そ、そんな……嘘だなんて、それこそ嘘だ!」
シャルルくんは絶叫した。
「ボクは、ボクは……ブルダリアス家の後継ぎに相応しいように幼い頃からやりたくもない勉強をやらされて、遊ぶのも我慢して友達と出かけるのも我慢して、寝るのも我慢して、我慢して我慢して我慢していっぱい魔術の勉強をして……! それなのに、学院ではあっさりと最優秀を奪られた!」
彼は感情のままに机を拳で叩いた。
「お父様はボクに失望した。お父様はボクに挨拶もしてくれなくなった。そんなお父様がある日、ボクが本当の聖女の生まれ変わりなんだって言って褒めてくれた。『お前が光属性を持って生まれて来てくれて良かった』と言ってくれたんだ……!」
シャルルくんの言葉に、僕は貧しさ以外の不幸もこの世に存在するのだということを初めて知った。
それは実の親に愛されないという不幸だ。
話を聞けば聞くほど、シャルルくんは父親の見栄のための道具であった。
「恐らくはブルダリアス家の当主は息子から今代の聖女はまだ自覚が芽生えていないという情報を得て、光属性の息子ならば聖女を偽装できると思い付いたのだろう」
エルネスト先生が僕だけに聞こえるように囁く。
シャルルくんは自分の父親に騙されていたのだ。
彼は可哀想だが、事情は把握できた。
一連の出来事はこれで解決だ。
そう思った時だ。
「シャルル・ブルダリアス。ここにいたか」
空き教室に新たな人物が二人入ってきた。
一人は超越卿ことイッシュクロフト先生。もう一人は……なんと僕のお父さんだった。なんでお父さんが!?
空き教室に現れたシャルルくんは、そこにいる顔ぶれを見て話題の内容を察したようだった。マルステンがこの場にいることには不可解そうな顔をしていたが。
「話があるのは僕だよ」
「ルインハイトくん……」
シャルルくんは睨むようにくっと僕を見据える。
猫に追い詰められた鼠のような表情だ。
「この間色々あったけど……自覚したんだ。僕が聖女の生まれ変わりだって」
「どうして!」
最後まで話し終わらないうちに噛み付くようにシャルルくんが口を挟んだ。
「今まで『自分は聖女なんかじゃない』って言ってたのに、どうして今になって!」
シャルルくんの鋭い口調が僕を責め立てる。
その口ぶりからは明らかな怒りが感じられた。
「ブルダリアスくん。いったんルインハイトくんの話を最後まで聞いてくれるかね?」
エルネスト先生が静かにシャルルくんを宥める。
シャルルくんはハッとして俯く。
僕は話を続ける。
「それで、シャルルくんのお父君の予言と矛盾することに気が付いて、どういうことなのかなって話を聞きたかったんだ。エルネスト先生は、その……占術の解釈を間違ったんだろうって言ってたけど」
シャルルくんにもきっと事情があったはずだ、となるべく彼を刺激しないように言葉を選ぶ。
「違う、お父様は間違えたりなんかしない!」
だが彼は感情的に噛み付いてきた。
「お父様がボクが聖女の生まれ変わりだって言って、これで凋落しつつあるブルダリアス家の将来も安泰だって喜んで……だからボクは聖女の生まれ変わりなんだ!」
シャルルくんは頑なだった。
でもこれで一つ分かった。どうやら彼が父親に『お前が本物の聖女の生まれ変わりだ』と伝えられたらしいことは本当のことらしいということだ。
これでシャルルくんが嘘を言っているのではないということが分かった。
彼が悪意を持って僕たちに嘘を言った可能性が消えて僕はほっとした。
であれば、彼の父親の占いの解釈がやはり間違っていたのだろうか。
「シャルルくん、『これでブルダリアス家は安泰だ』ってどういう意味?」
シャルルくんがもし生まれ変わりだったらそれがどう彼の家の将来と結びつくのか分からず、僕は尋ねた。
「それは……ブルダリアス家の後継ぎであるボクが聖女の生まれ変わりだったら、ブルダリアス家が重用されるようになるからって。『小僧の手から呪術学講師の座を奪い返すことも可能だ』ってお父様は……」
小僧とは誰のことだろう、と思っているとエルネスト先生がそっと教えてくれる。
「呪術学の講師はもともとブルダリアス家の者が担当していたのだ。魔法陣や古代語による魔術を扱う呪術学は最も複雑で魔術の英知が詰め込まれている……と人間は考えているようだ。だから呪術学の講師を担当することは栄誉なのだろう」
呪術学の今の講師は超越卿ことイッシュクロフト先生だ。
つまり小僧というのはイッシュクロフト先生のことなのだろう。若き天才に呪術学の講師の枠を取られた嫉妬を抱いているということか。
「シャルル・ブルダリアスくん、もう分かっているのだろう?」
エルネスト先生は静かに声をかける。
「予言というのは、君の御父君のでっちあげだったのだ。御父君はわざと嘘を吐いたのだ」
「う、そ……?」
彼の一言に、シャルルくんのサファイアのように綺麗な蒼い瞳が虚ろになった。
「昔から人間は偽の聖女をでっち上げては私と娶せようとしてきた。そうすれば偽の聖女を輩出した家に何らかの恩恵が得られると考えたのだろう。愚かなものだ、どんなに時が経とうとも私が我が聖女を間違えるはずがないのに」
エルネスト先生はゆっくりと首を振った。
彼には最初から分かっていたのだろう、ブルダリアス家の当主による嘘であると。それを今までシャルルくんに教えなかったのは、父親を悪く言うことになるからだろうか。
「そ、そんな……嘘だなんて、それこそ嘘だ!」
シャルルくんは絶叫した。
「ボクは、ボクは……ブルダリアス家の後継ぎに相応しいように幼い頃からやりたくもない勉強をやらされて、遊ぶのも我慢して友達と出かけるのも我慢して、寝るのも我慢して、我慢して我慢して我慢していっぱい魔術の勉強をして……! それなのに、学院ではあっさりと最優秀を奪られた!」
彼は感情のままに机を拳で叩いた。
「お父様はボクに失望した。お父様はボクに挨拶もしてくれなくなった。そんなお父様がある日、ボクが本当の聖女の生まれ変わりなんだって言って褒めてくれた。『お前が光属性を持って生まれて来てくれて良かった』と言ってくれたんだ……!」
シャルルくんの言葉に、僕は貧しさ以外の不幸もこの世に存在するのだということを初めて知った。
それは実の親に愛されないという不幸だ。
話を聞けば聞くほど、シャルルくんは父親の見栄のための道具であった。
「恐らくはブルダリアス家の当主は息子から今代の聖女はまだ自覚が芽生えていないという情報を得て、光属性の息子ならば聖女を偽装できると思い付いたのだろう」
エルネスト先生が僕だけに聞こえるように囁く。
シャルルくんは自分の父親に騙されていたのだ。
彼は可哀想だが、事情は把握できた。
一連の出来事はこれで解決だ。
そう思った時だ。
「シャルル・ブルダリアス。ここにいたか」
空き教室に新たな人物が二人入ってきた。
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