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第六十二話

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 中庭にはシャルルくんの姿はなかった。
 その代わりに五、六人の学生たちが僕を待ち受けていた。
 男子学生だけでなく女子学生の姿もある。彼らのローブの色はバラバラだ。
 いろんな学年の学生がいるようだ。

「ブルダリアス様だったらこちらにはいらっしゃらないわよ」

 女子学生の一人が口を開いた。

「私たち、ルインハイト殿下に大事なお話があるんですとお伝えしたら快くお話する機会を譲って下さったの」

 退路を塞ぐように男子学生らがそっと後ろに回り込む。
 やられた。僕ははめられたのだ。

「ルインハイト殿下、もちろん話を聞いて下さいますよね?」

 口を開いた男子学生には見覚えがある。
 一年生の時に僕をリンチにかけようとした奴だ。
 彼は嫌らしい笑みを浮かべて威圧的な口調で迫ってくる。

「……もちろん、聞くよ」

 ここで逃げ出したらそれをネタにまたあらぬ噂をされそうだ。

「シャー……!」
「大丈夫だよエトワール」

 足元のエトワールが怯えて毛を逆立てている。
 彼らに飛びかかったりしないようにエトワールを宥める。

「端的にお伝えしますわ。ルインハイト殿下、ブルダリアス様のために身を引いていただけなくて?」

 女子学生の一人が口を開く。
 上品な口調からすると、どこかの家のご令嬢なのかもしれない。

 何かと思えばそんなことかと、溜息を吐きたくなった。
 僕だって身を引きたいのに、エルネスト先生の諦めが以上に悪いのだ。

「シャルルくんのために身を引きたいのは僕も一緒だ。でも、エルネスト先生の方が何故か僕の方を聖女様の生まれ変わりだと勘違いしているんだ」
「まあ、シュペルフォエル先生のことをファーストネームで呼んでいるだなんて馴れ馴れしい!」

 女子学生は言葉の内容ではなく、端を捉えて目を怒らせた。

「そりゃあシュペルフォエル先生も困ったもんだなあ、でもルインハイト殿下は身を引きたいと思ってらっしゃる。それは良いことを聞けました! ……なら、この提案も受け入れて頂けますね?」

 男子学生は慇懃無礼な口調でニヤニヤと笑っている。

「提案?」
「ええ、ルインハイト殿下が学院をおやめになればすべて解決ではないでしょうか」

 学院を中退する。
 それは魔術師としての将来が閉ざされるということだ。
 人を治す医者になるのか、獣医になるのかまだ決めていなかったが、三年生の時点で学院を辞めれば医者の診断通りに治癒魔術を行使する治癒術士にすらなれない。
 今まで学んできたすべてが無駄になるのだ。

 自分を犠牲にする道を選ぶな、というマルステンの言葉が思い起こされる。
 心の中で彼の言葉に頷きを返した。

「それは、できない」
「まあ、なんということでしょう! 身を引くというのはお言葉だけで実行するつもりはさらさらないということかしら!?」

 女子学生が悲鳴のようにキンキンと甲高い声を上げる。

「そうじゃなくて、意味がないんだ。エルネスト先生は僕のために学院の教師になったんだと思うから……僕が学院をやめても先生も教師をやめるだけだと思う」
「な……っ!?」

 僕のことさえやめさせれば事態は解決すると単純に考えていた学生たちは動揺を隠せないようだ。どうすればいいか分からないのかひそひそと言葉を交わしている。
 なんだ、聞こえないようにヒソヒソ話できるじゃないか。

「う、嘘をつけ……! そんなことを言って、賢者様のことを諦められないんだろ……!」

 彼らの結論は僕の主張を出任せだと決めつけることらしかった。

「そうよ……! 痛めつけて分からせてやりなさい!」

 女子学生が甲高い声で命じる。
 男子学生の一人が肩を怒らせ、手を掲げた。

Wënty風よ!」

 そいつの手の中に風の刃が生成される。

「お、おい、それはいくら何でも不味いだろ……! 魔術を使って喧嘩は一発で退学だぞ!」

 奴らの中の一人が男子学生を慌てて止める。

「なら、奴の所業を許すっていうのか!? このまま賢者様と聖女様が結ばれないなんて間違っている、あんな卑劣な奴のために……!」

 男子学生の瞳は正義の炎に燃えていた。

 この場にいる人間は誰ひとり意地悪や嫌がらせのためにここにいるわけではない。みんなこれが正しいことだと思って僕を追い詰めようとしているのだ。聖女伝説が成就しなければ間違っていると。
 自分が正しいと思えば一線を越えたこともできるらしい。

「それは……」
「意気地なしは黙ってろ!」

 風の刃を掲げた男子学生は止めようとした奴を一喝して黙らせる。
 それから、僕を見定めた。

 黙って魔術による攻撃を受けるいわれはない。
 逃げようとしたその時、ガシッと両側から腕を掴まれた。

「さあ、今の内に……!」

 僕の腕を掴んだ女子学生がニヤリと笑う。

「く……っ!」

 女子学生だけならばともかく、もう片方の腕を掴んでいるのは男子だ。
 流石に二人の人間を振りほどくことはできない。

 魔術で反撃することもできない。
 魔術で人を傷つければ、彼らの言っていた通り退学だ。
 どちらにせよ彼らは目的を達成できるわけだ。

「もう二度とシュペルフォエル先生に近づきませんって誓えば今の内に許してやるよ……!」
「……僕の方からは二度と近づかないようにするよ」

 エルネスト先生の方から近づいてくるのを止めるのは無理に近い。
 僕なりの誠意を込めた言葉だったが、彼は気に食わなかったらしい。
 ピクリとこめかみに血管が浮かぶ。

「どうやら反省が足りねえようだな、これを食らえ……ッ!」

 風の刃が僕に向かって一直線に放たれた。
 刃は僕の顔を狙っているようだ。
 せめて眼球は守れるようにと僕は硬く目を閉じた。

「フギャ――――ッ!」

 けたたましい悲鳴が響き渡ったかと思うと、バシャリと全身に生温い液体がかかった。いつまで経っても僕には風の刃は襲いかかってこない。
 僕は恐る恐る目を開いた。

「え……」

 地面の上にエトワールが倒れていた。
 ズタボロの姿で、芝生の上に赤い血を広げている。

 僕を庇うためにエトワールが風の刃の前に身を投げ出したのだと理解できた。
 僕の全身にかかったのは、エトワールの血なのだ。
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