嫌われ忌み子は聖女の生まれ変わりでした

野良猫のらん

文字の大きさ
上 下
58 / 71

第五十七話

しおりを挟む
 本物の聖女様が判明したというのに、エルネスト先生に送り迎えしてもらうなんて厚かましいことはできない。
 だって彼が僕に過保護にしていたのは、僕のことを聖女様の生まれ変わりだと誤認していたからなんだから。

 今頃は彼も真実をシャルルくんから聞いているところかもしれない。
 そう考えながら合鍵を使って彼の私室に入った。この合鍵を使うのはこれが最初で最後になるだろう。

『一人で帰ります。明日からの送り迎えもいりません』

 目立つようにテーブルの上に書き置きを残す。
 ふと、テーブル近くに設置されているバスケットが目につく。
 エトワールのために彼が用意してくれたものだ。
 バスケットの中の毛布にエトワールの黒い毛が付いている。このバスケットが必要とされることももうないだろう。

 エトワールには馬車を寄こしてほしいという報せを送るために家に走らせている。エトワールの首輪に結び付けておいた手紙をツォカティスが読んだら、馬車を手配してくれるだろう。

 誘拐事件の時に行方不明になっていたいつもの御者さんは、事件の後神殿近くの路地裏に縛られて転がされているのを無事発見された。怖い目に遭ったにもかかわらず、もう仕事に復帰してくれている。

 僕はいつもの御者さんが駆る馬車が来るのを待って、家に帰った。

 お父さんと一緒に食事を摂る気力もなくて、具合が悪いから夕食は部屋に届けてくれとツォカティスに頼んで僕は部屋に引き篭もった。
 何もかもすべて忘れるために没頭したい、と僕は寝台に分厚い本を持ち込んだ。古代語の辞書だ、僕が持っている本の中で一番分厚いものだ。
 しばらくの間はあまり根を詰めて勉強をしないようにとお父さんに注意されたのを無視するつもりで、パラリを表紙を開いた。

「ルインハイト様!」

 その時、慌てた様子のノック音が聞こえた。
 ツォカティスの声だ、どうしたのだろう。
 僕は気怠さを振り払って寝台から身を起こし、ドアを開けた。

「ルインハイト様、シュペルフォエル様がいらっしゃってルインハイト様に会わせて欲しいと仰っています! いかがいたしましょうか?」
「え?」

 シュペルフォエルというのはエルネスト先生の姓だ。
 つまり、ここにエルネスト先生が訪ねてきたということだ。

 一体、何故?

 エルネスト先生はシャルルくんから真実を聞き出したはずだ。
 僕が聖女の生まれ変わりなどではないと理解したはずだ。
 なのに今さら何の用があるというのか。

 ああ、そうか。
 さては文句を言いにきたに違いない。
 よくも騙してくれたなと。

 僕は何だか腹が立ってきた。
 そっちが勝手に僕のことを生まれ変わりだなんだと言い出した癖に。
 本物の聖女様の生まれ変わりが見つかった途端に、僕のせいにするのかと。
 そんな文句に付き合ってやる謂われはない。

「会いたくない。引き払ってもらって」
「……かしこまりました」

 何かあったようだとツォカティスも察しているようだが、何も言わずに従ってくれた。無事彼を帰らせることに成功したようだ。
 そうして僕はすべてを忘れて読書に没頭した。

 翌日。
 黄色いローブをまとって登校の支度をしていると、またもやツォカティスがやってきてこう言った。

「ルインハイト様、シュペルフォエル様がいらっしゃってますがいかがいたしますか」

 送り迎えはしなくていいと言ったのに。
 彼はどうしても僕に会って文句を言わなくては気が済まないらしい。

「帰ってもらって」
「……かしこまりました」

 ツォカティスは何か言いたそうにしていたが、大人しく従ってくれた。
 ツォカティスに帰るように言われたエルネスト先生は素直に帰ってくれたらしい。

 学院内でもすれ違ったりしないといいなと、気が重くなりながら僕は登校した。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。 ⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

処理中です...