上 下
48 / 71

第四十七話

しおりを挟む
 エトワールはおよそ生後半年になり、すっかり大きくなった。顔つきも随分と猫らしくなった。
 心はまだまだ子供のようで、猫じゃらしを振ると大はしゃぎで飛びついてくる。

「エトワール、行くよー」
「ぷっ、にゃっ、にゃっ、にゃっ、にゃっ」

 使役の術で結ばれているおかげでエトワールがどこにいるのか分かる。
 二階にいるエトワールに呼びかけると、エトワールは元気に鳴きながら下りてきた。段差を下りながら返事をするせいで鳴き声に変な節がついている。
 それから、反動をつけてシュタッと僕の肩に飛び乗る。ここが彼の定位置だ。

 今日は病除けの魔術をエトワールにかけてもらいに獣医さんのところに行く日だ。
 魔術師にとって使い魔は単なるペットであるだけでなく手足となってくれる相棒なので、そんなパートナーの健康を守るための魔術も発展している。
 エトワールも痛いことはされないと分かっているので、大人しくついてきてくれる。

「おお、久しぶりだなエトワール。すっかり大きくなったじゃないか」

 玄関の向こうには当たり前の顔をしてエルネスト先生が待っていた。

 エトワールを獣医さんのところに連れて行く予定があると言ったら、ついていきたいと言い出したのだ彼は。
 僕と会うため……というだけでなく、エトワールに会いたいというのも本当なのかもしれない。
 だってエルネスト先生、動物好きそうだもんね。
 学院の彼の私室にも実際にエトワールの休憩スペースを用意してくれたし。たまにエトワールをつれて彼の部屋を訪ねると、エトワールはティーテーブルの近くに置かれた柔らかい毛布がたっぷり敷かれたバスケットの中で寛ぐのだ。

 エルネスト先生の顔を見るなり、エトワールの尻尾がピーンと真っ直ぐ上を向くのが分かった。喜びを表す尻尾の形だ。

(あっ、ご主人様の大好きなひとだ!)

 そんな感じの思念が伝わってくる。
 真実なのでそれは違うよと訂正することもできず、かあっと頬が熱くなる。

「ルインハイトくん、どうしたのかね? 顔色が赤いようだが、熱でも……?」
「ち、違います、大丈夫です!」

 なんとか誤魔化して馬車に乗り込んだ。
 もうすっかり毎日のように彼の馬車に乗っている気がする。
 エトワールも初めてではないので、落ち着き払って僕の膝の上で丸くなっている。

 馬車はアニマル・ストリートに着き、僕らはエトワールのかかりつけの獣医のところに向かう。

 動物病院では動物を連れた人が何人か長椅子に座っていた。
 使い魔ばかりがこの動物病院に通っているわけではなく、普通のペットもいる。普通のペットと思しき犬や猫たちはみな一様に震えていた。
 使役の術でご主人様と思念が繋がっているわけでもない彼らにとっては、獣医は変な杖を振りかざして変な言葉をぶつぶつ呟き、自分に怪しい光や粉を降り注がせる恐ろしい存在でしかないからだ。
 獣医さんはちゃんと魔導学院を卒業した魔術師しかなれない立派な職業なんだけどね。

 僕も二年生になったら動物用の治癒魔術を学べる講義を取ろうと思っている。担当講師はもちろん隣にいるエルフの賢者様だろう。
 ただ癒すだけでなく、今日のエトワールみたいに病除けの魔術をかけてあげたり、必要になる知識は多岐に渡る。恐らく勉強は大変になることだろう。

 それでも最初から人間相手の治癒魔術士になると決めるのではなく、いろいろな可能性を探ってみようと思っている。
 もう自分から自分の可能性を狭めたりしないと決めたのだから。

 エトワールの名前が呼ばれ、僕たちは診察室に向かった。

「あら~、かわいいでちゅね~大きくなったね~」

 顔面に大きな傷跡をつけた強面の獣医がエトワールの姿を目にした途端、デレデレの猫なで声になる。
 ……僕も猫なで声ができなきゃ獣医になれないのかな?
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

銀の森の蛇神と今宵も眠れぬ眠り姫

哀木ストリーム
BL
小さな国に、ある日降りかかった厄災。 誰もが悪夢に包まれると諦めた矢先、年若い魔法使いがその身を犠牲にして、国を守った。 彼は、死に直面する大きな魔法を使った瞬間に、神の使いである白蛇に守られ二十年もの間、深い眠りに付く。 そして二十年が過ぎ、目を覚ますと王子は自分より年上になっていて、隣国の王女と婚約していた。恋人さえ結婚している。 そんな彼を大人になった王子は押し倒す。 「俺に女の抱き方教えてよ」 抗うことも、受け止めることもできない。 それでも、守ると決めた王子だから。 今宵も私は、王子に身体を差し出す。 満月が落ちてきそうな夜、淡い光で照らされた、細くしなやかで美しいその身体に、ねっとりと捲きつくと、蛇は言う。 『あの時の様な厄災がまた来る。その身を捧げたならば、この国を、――王子を助けてやろう』 ユグラ国第一王子 アレイスター=フラメル(愛称:サフォー)(28) × 見習い魔術師 シアン = ハルネス(22)

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

虐げられても最強な僕。白い結婚ですが、将軍閣下に溺愛されているようです。

竜鳴躍
BL
白い結婚の訳アリ将軍×訳アリ一見清楚可憐令息(嫁)。 万物には精霊が宿ると信じられ、良き魔女と悪しき魔女が存在する世界。 女神に愛されし"精霊の愛し子”青年ティア=シャワーズは、長く艶やかな夜の帳のような髪と無数の星屑が浮かんだ夜空のような深い青の瞳を持つ、美しく、性格もおとなしく控えめな男の子。 軍閥の家門であるシャワーズ侯爵家の次男に産まれた彼は、「正妻」を罠にかけ自分がその座に収まろうとした「愛妾」が生んだ息子だった。 「愛妾」とはいっても慎ましやかに母子ともに市井で生活していたが、母の死により幼少に侯爵家に引き取られた経緯がある。 そして、家族どころか使用人にさえも疎まれて育ったティアは、成人したその日に、着の身着のまま平民出身で成り上がりの将軍閣下の嫁に出された。 男同士の婚姻では子は為せない。 将軍がこれ以上力を持てないようにの王家の思惑だった。 かくしてエドワルド=ドロップ将軍夫人となったティア=ドロップ。 彼は、実は、決しておとなしくて控えめな淑男ではない。 口を開けば某術や戦略が流れ出し、固有魔法である創成魔法を駆使した流れるような剣技は、麗しき剣の舞姫のよう。 それは、侯爵の「正妻」の家系に代々受け継がれる一子相伝の戦闘術。 「ティア、君は一体…。」 「その言葉、旦那様にもお返ししますよ。エドワード=フィリップ=フォックス殿下。」 それは、魔女に人生を狂わせられた夫夫の話。 ※誤字、誤入力報告ありがとうございます!

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

処理中です...