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第四十六話

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 冬季休暇初日。
 かねてから計画していた通り、今日はエルネスト先生と一緒に仕立て屋に注文した衣服を取りに来ていた。

 彼は季節に合わせた服を何着も持っているらしく、今日は首から青いストールを垂れ下がらせ、黒の革手袋をはめていた。

「君のネクタイが青だろう、それに合わせて私のストールも青にしてみたんだ」

 そんな風に悪戯っぽく微笑まれたら、嬉しくならないわけにはいかない。
 まったくこの伊達男はズルいのだから。

 気持ちを浮き立たせながら僕らは仕立て屋の店内に入った。

「お待ちしておりました、シュペルフォエル様にロイヒヴィッツハイム様」

 仕立て屋の主人は服を注文した時に教えた姓を口にして僕らを出迎えた。

 そして、僕は出来上がった服に袖を通したのだ。
 幾何学模様のボタンが高級感をさりげなく醸し出すワイシャツに、縦縞の入ったパンツ。青いネクタイと紺色のジレの上に雪景色に映えるグレイのコートを羽織る。

 鏡の前に立つと、すっかり今風の格好になった少年がそこにいた。
 我ながら、格好いい。

「とてもよく似合っている」

 僕の肩に手を添えた彼が囁くように言った。
 それだけでどきりと胸が鼓動する。

「さあ、別の店で頼んだ帽子と手袋も取りに行こうか」
「はいっ」

 弾んだ声で返事して、次の帽子屋へと向かった。
 黒のシルクハットに青いリボンを巻いた帽子を被ると、ビシリと決まった気がした。
 それからまた別の店で一月ほど前に注文していた革手袋を受け取りに行く。エルネスト先生とお揃いの黒い革手袋だ。

「ルインハイトくん、この革手袋のお代は私に支払わせてくれないか」
「えっ、そんなのいいですよ……!」

 彼のいきなりの提案にふるふると首を横に振る。

「一つくらいプレゼントさせてくれ、いいだろう?」

 伊達男はにこりと微笑む。
 彼の表情に弱い僕は、思わずこくりと頷いてしまった。

 彼によって代金が支払われ、手渡された革手袋をはめてみる。
 するりとフィットし、暖かい。それに何より格好いい。

 幸福な気持ちが胸の内に広がる。
 澄んだ冬の寒空がどこまでも広く感じられた。

 初めての彼からの形のあるプレゼントだ。
 例え本物の聖女の生まれ変わりが現れて彼のことを奪われた後でも、この革手袋を目にすればいつでも今この瞬間の幸せな気持ちを思い出すことができるだろう。
 そう思うとこの革手袋は何よりも大事に想えた。

 注文した品はすべて揃い、新しい服に着替えた僕は先生と一緒に何となくぶらぶらと仕立て屋街を見て回る。

「先生、あのお店って古着屋ですか?」

 既に完成された衣服を大量に並べている店を指す。
 おかしいな、古着屋が並ぶ通りはもう少し先のはずだけどと不自然に思う。

「ああ、あれは出来合い服の店だろう」
「出来合い服?」

 聞いたことのない概念に首を傾げる。

「ああ、オーダーメイドではなくあらかじめ作ってある服のことだ。最近では魔導工場で糸が大量生産され、ミシンという道具であっという間に服が縫えるからな。ああいう商売が成り立つのだろう」

 彼はこともなげに答える。
 エルネスト先生は相変わらず物知りだ。

「でも、そしたらサイズがぴったり合わないのに」
「だが一から仕立てるよりずっと安価だ。多少のサイズの違いがあっても買っていく人はいるさ」

 そうか、新しい服を買う人と言えばお金持ちの人という先入観があった。
 服が安くなればそうでない人だって手が届くようになるのか。目から鱗だった。

 こうして魔術が発展していったら貴族と庶民の差はどんどん無くなっていくのかもしれない。そしたら貴族と庶民を区別する意味も無くなるのかもしれなかった。
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