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第三十九話
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それから数週間が過ぎた。
どの講義も本格化してきていて、何人かの生徒は追い付くのに苦労するようになってきている。
気合を入れて勉強に身を入れなければ、学期の途中でも容赦なく落第にさせられる科目もある。イッシュクロフト先生の呪術学なんかその代表格だ。
入試も厳しいが、卒業するのはもっと厳しいと言われているのが魔導学院だ。
暇さえあればつい勉強に没頭してしまう僕は講義に苦労することもなく、今日もこうして課題も残っていないのに学院の図書室に篭もっていた。
エトワールを連れてきてない日はこうして図書室で勉強をするのが日課になっていた。
今は古代語の古文書を解読しようと現代語に翻訳された同じ本と突き合わせて読んでみているところだ。
とにかく没頭できれば何でもいい。暇な時間が出来てしまうと暗い記憶が頭の中を埋め尽くそうとするから。
「おや、ルインハイトくんじゃないか」
嬉しそうな声が降ってきたので顔を上げたら、エルネスト先生がいた。
僕はパッと明るい笑顔を浮かべた。
「先生!」
「今日も勉学に励んでいるのか、感心なことだな」
褒め言葉をかけられ、思わず頬が赤らんでしまうほど嬉しかった。
「えっ、もうそんな本を読んでいるのか?」
僕が取り組んでいる書物をチラリと見て彼が目を丸くする。
「現代語訳を見ながらなので全然すごくないですけど……」
「一体どこの授業でそんな無茶な課題を出されたのかね?」
担当教師に抗議しに行ってやる、と言わんばかりの形相を彼が浮かべたので僕は慌てて説明する。
「違うんです、これは暇だから自主的にやってただけで……!」
「暇だから……? 自主的に……?」
エルネスト先生はポカンという顔をした。
シャルルくんと同じリアクションだ。そんなに変なことを言っただろうか。
「君がそんなに勉強好きとは知らなかったな」
「いや勉強が好きというより、これしか時間を潰す方法を知らなくて……」
褒められるのは嬉しいが、がむしゃらに努力する優等生みたいに思われるのも擽ったい。
「これしか時間を潰す方法を知らない?」
僕の返答に彼が眉を顰める。
「待った、君は好きで勉強をしているのではないのか?」
「没頭できるから多分嫌いではないんだと思いますけど……自分の趣味を持っている人が羨ましいと思うことはあります」
僕の言葉を聞き、彼は何とも言えない表情で僕を見下ろした。
「……ルインハイトくん、たまには休憩もした方がいい。机の上を片付けて私についてくるといい」
休憩なんて余計なお世話だけど、彼に誘われたのが嬉しくて急いで机の上を片付けた。
彼についていくと、向かった先は中庭だった。
中庭の一角の、この間治癒魔術の実践を行った薔薇の花垣の迷路の方へと向かう。
迷路はほんの小さいものなので、ほんの少し歩くとすぐに中央に辿り着く。
迷路の中央は空間が開いており、綺麗に敷き詰められた芝生が広がっている。
エルネスト先生は僕が見ている前でその芝生に横になってしまった。
「ここで横になると花垣が壁になって誰にも見られなくて済むからな。昼寝するには持ってこいなんだよ」
「えぇっ、でも地面の上に横になるなんてお行儀が悪いですよっ!」
目の前で横になってしまった彼にどうすればいいか分からず狼狽える。
「そうか? 森で生きていた頃は当たり前だったのだが」
「あ……」
そうだ、つい忘れてしまいそうになるけど彼は人間ではなくてエルフなのだ。
地面の上に横になるなんてマナー違反だけど、異文化を否定するのはもっとマナー違反だ。
「君も横にならないか?」
「あっ、う……」
マナー違反とマナー違反の板挟みになり、つい言われるがままに彼の隣に横になった。
「こういうゆったりした時間も時にはいいものだろう?」
彼は暢気に声をかけてくるが、彼と一緒に横になっていることにドキドキしてこちらはそれどころではない。
「ひょわ……」
彼の手が肩を抱き寄せてきて、二人の距離が縮まる。
彼の衣服の匂いが嗅げそうな距離にさらに胸がドクドクと激しく鼓動する。
「目を閉じて、余計な考えは放り出す。ただそれだけでいいんだ」
それを実行できればどんなに楽なことか。
こういう風に空いた時間ができる度にふっと蘇ってくる過去の記憶にどれだけ苦しめられているか知らないからそんなに簡単に言えるのだ。
ただ、今日この日ばかりは嫌な過去の記憶が蘇ることもなく、代わりに彼のことで頭がいっぱいの時間を過ごしたのだった。
こうして彼のことだけで頭の中が埋まっていったら、いつの日か嫌な夢を見ることもなくなるのだろうか。
どの講義も本格化してきていて、何人かの生徒は追い付くのに苦労するようになってきている。
気合を入れて勉強に身を入れなければ、学期の途中でも容赦なく落第にさせられる科目もある。イッシュクロフト先生の呪術学なんかその代表格だ。
入試も厳しいが、卒業するのはもっと厳しいと言われているのが魔導学院だ。
暇さえあればつい勉強に没頭してしまう僕は講義に苦労することもなく、今日もこうして課題も残っていないのに学院の図書室に篭もっていた。
エトワールを連れてきてない日はこうして図書室で勉強をするのが日課になっていた。
今は古代語の古文書を解読しようと現代語に翻訳された同じ本と突き合わせて読んでみているところだ。
とにかく没頭できれば何でもいい。暇な時間が出来てしまうと暗い記憶が頭の中を埋め尽くそうとするから。
「おや、ルインハイトくんじゃないか」
嬉しそうな声が降ってきたので顔を上げたら、エルネスト先生がいた。
僕はパッと明るい笑顔を浮かべた。
「先生!」
「今日も勉学に励んでいるのか、感心なことだな」
褒め言葉をかけられ、思わず頬が赤らんでしまうほど嬉しかった。
「えっ、もうそんな本を読んでいるのか?」
僕が取り組んでいる書物をチラリと見て彼が目を丸くする。
「現代語訳を見ながらなので全然すごくないですけど……」
「一体どこの授業でそんな無茶な課題を出されたのかね?」
担当教師に抗議しに行ってやる、と言わんばかりの形相を彼が浮かべたので僕は慌てて説明する。
「違うんです、これは暇だから自主的にやってただけで……!」
「暇だから……? 自主的に……?」
エルネスト先生はポカンという顔をした。
シャルルくんと同じリアクションだ。そんなに変なことを言っただろうか。
「君がそんなに勉強好きとは知らなかったな」
「いや勉強が好きというより、これしか時間を潰す方法を知らなくて……」
褒められるのは嬉しいが、がむしゃらに努力する優等生みたいに思われるのも擽ったい。
「これしか時間を潰す方法を知らない?」
僕の返答に彼が眉を顰める。
「待った、君は好きで勉強をしているのではないのか?」
「没頭できるから多分嫌いではないんだと思いますけど……自分の趣味を持っている人が羨ましいと思うことはあります」
僕の言葉を聞き、彼は何とも言えない表情で僕を見下ろした。
「……ルインハイトくん、たまには休憩もした方がいい。机の上を片付けて私についてくるといい」
休憩なんて余計なお世話だけど、彼に誘われたのが嬉しくて急いで机の上を片付けた。
彼についていくと、向かった先は中庭だった。
中庭の一角の、この間治癒魔術の実践を行った薔薇の花垣の迷路の方へと向かう。
迷路はほんの小さいものなので、ほんの少し歩くとすぐに中央に辿り着く。
迷路の中央は空間が開いており、綺麗に敷き詰められた芝生が広がっている。
エルネスト先生は僕が見ている前でその芝生に横になってしまった。
「ここで横になると花垣が壁になって誰にも見られなくて済むからな。昼寝するには持ってこいなんだよ」
「えぇっ、でも地面の上に横になるなんてお行儀が悪いですよっ!」
目の前で横になってしまった彼にどうすればいいか分からず狼狽える。
「そうか? 森で生きていた頃は当たり前だったのだが」
「あ……」
そうだ、つい忘れてしまいそうになるけど彼は人間ではなくてエルフなのだ。
地面の上に横になるなんてマナー違反だけど、異文化を否定するのはもっとマナー違反だ。
「君も横にならないか?」
「あっ、う……」
マナー違反とマナー違反の板挟みになり、つい言われるがままに彼の隣に横になった。
「こういうゆったりした時間も時にはいいものだろう?」
彼は暢気に声をかけてくるが、彼と一緒に横になっていることにドキドキしてこちらはそれどころではない。
「ひょわ……」
彼の手が肩を抱き寄せてきて、二人の距離が縮まる。
彼の衣服の匂いが嗅げそうな距離にさらに胸がドクドクと激しく鼓動する。
「目を閉じて、余計な考えは放り出す。ただそれだけでいいんだ」
それを実行できればどんなに楽なことか。
こういう風に空いた時間ができる度にふっと蘇ってくる過去の記憶にどれだけ苦しめられているか知らないからそんなに簡単に言えるのだ。
ただ、今日この日ばかりは嫌な過去の記憶が蘇ることもなく、代わりに彼のことで頭がいっぱいの時間を過ごしたのだった。
こうして彼のことだけで頭の中が埋まっていったら、いつの日か嫌な夢を見ることもなくなるのだろうか。
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