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第十六話

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 ある日、お父さんが硬い顔をして僕のところに来た。

「また勉強をしていたのか、ルイン」

 教科書を読んでいた僕を見て、少し驚いた様子を見せる。

「暇だったから」
「まあ、あまり根を詰め過ぎるなよ」

 教科書を閉じてお父さんと向き合う。

「それで一体どうしたの?」

 彼の顔色からして、何かがあったのだろう。
 お父さんの顔を見つめる。

「実を言うと、オレ経由でルインに招待状が来たんだ」
「招待状?」

 一体誰からの招待だろう。
 社交界の知り合いなんていないのに。

「ああ……エルネスト様からのだ」

 思わず息を呑んだ。

「どうしてもお前にもう一度会いたいそうだ。詳しくはこれに目を通してくれ」

 お父さんから差し出された手紙を受け取り、僕は紙を広げて目を落とした。

 そこには美しい繊細な字で丁寧に彼の考えが綴られていた。
 それによると、彼にはどうしても僕のことが聖女の生まれ変わりだと思えてならないらしい。
 確かめるためにもう一度会いたいのだそうだ。

 手紙の中で僕は「ルインハイト様」と呼ばれていた。
 なんだか擽ったい。
 僕が何処の誰なのか国王から聞き出したらしい。

『ルインハイト様、どうかもう一度だけ会っていただけないでしょうか』

 細い文字で綴られた文言に心が震える。
 会いたい、と思った。

 だがそれと同時に恐ろしくもあった。
 今度こそはっきりとしてしまうかもしれない。
 僕が聖女の生まれ変わりではないことが。

 そうだ、僕は自分が本当は聖女の生まれ変わりだったらいいのにと思っていた。

 あの日あの時エルネストに向けられた視線が忘れられないから。
 彼と視線が合ったその瞬間、僕は確かに一瞬だけ思えたのだ。
 この世に生まれてきて良かったと。これが僕の生まれてきた意味だと。

 あんな風に感じたのは初めてのことだった。
 涙が出そうになるほど嬉しい感覚だった。

 だから、もし自分が生まれ変わりではないと分かれば――――それは生まれてきた意味を失うことに等しいのではないだろうか。

 怖かった。
 エルネストともう一度会って、すべてがハッキリしてしまうことが。

「……エルネスト様にはオレから断りの返事をしておくよ」

 僕の浮かない顔を見て、会う気はないのだと判断したらしい。
 お父さんは僕の頭をぽんと一撫ですると、踵を返して部屋を後にした。

 自室に一人残された僕はそっと、手紙の文面を指でなぞった。
 どうかもう一度だけ会っていただけないでしょうか、その文言を何度も何度も頭の中で反芻する。
 一度会っただけの彼の声を記憶の中から必死に手繰り寄せ、頭の中で再生しようとしてみる。
 記憶の中の彼は優しく囁く。
 それを思い描くと身体の中がほわりと暖かくなるような心地がした。

「僕が本当に生まれ変わりだったなら、喜んで会うのに」

 はあ、と溜息を吐く。
 僕は手紙を大事に畳んで引き出しの中に仕舞うと、再び教科書とノートを広げ、机に向かう。

 暇な時間を潰したかった。
 少しでも思考に空きができると、暗い記憶が頭の中を塗り潰す。
 伯母さんに虐められたこと、伯父さんに嫌な視線を向けられたこと、ナイフを向けられた時のこと、母が死んだ時のこと……。
 僕の頭の中をすべてを塗り潰す漆黒が埋め尽くしていく。

 確かに今は幸せだ。
 それでも辛い記憶が蘇ってくる限り、僕は生まれてきて良かったなんて思えなかった。

 だから、何もない時間はひたすらに勉強か読書をして思考を埋めなきゃならない。暗い記憶がフラッシュバックしないように。

 こんなこと、お父さんには絶対に伝えられない。
 お父さんの前では何不自由なく幸福に過ごしているように見せなければ。
 せっかくお父さんが僕を幸せにしようとしてくれているのに、過去の記憶のせいで現在まで不幸せだなんて言えない。

 ああ、本当に聖女の生まれ変わりだったら良かったのに。
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