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第十三話
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王様、つまり僕の祖父と会うのを延期しようかとお父さんは提案してくれたが、今日会うことにした。
このまま家に帰ったら延々とエルネストのことばかり考えてしまいそうだったから。
僕たちが通された部屋はお茶会のためのお部屋のようだった。
椅子に腰かけて待っていれば、ほどなくして側仕えを伴って威厳のある壮年の男が入ってきた。
お父さんの髪の色と同じ栗色の髭を豊かに蓄えている。
あと十年かそこら経てば白い髭になり、好々爺然とするだろう。
この男が国王……僕の祖父だ。
「おお……よく顔を見せておくれ」
驚いたことに国王様は僕の前に跪いて視線を合わせた。
国王様はそっと両手で僕の顔に触れる。
「……子供の頃のカインハイトにそっくりだ」
どうやら僕は小さい頃のお父さんに似ているらしい。
お父さんは実のお父さんじゃないけれど、血は繋がっているのだから似ていても不思議ではないのかもしれない。
「ルインといいます、陛下」
国王様が手を離すと、僕は名を名乗った。
「ああ、陛下だなんて呼ぶ必要はない。儂の孫なのだから」
どうやら国王様は、いや祖父はもう僕のことを認めてくれるつもりらしい。
親子だからだろうか、祖父の笑みはお父さんとそっくりだった。
「お、お祖父様……?」
「おお、儂の孫よ……!」
祖父は僕を抱き締めてくれた。
力強く暖かい腕だった。
「どうしてこんなに大きくなるまで孫の存在を教えてくれなかったのだ」
お祖父様は顔をお父さんに向ける。
「……かつて恋した女性との間に子供ができていると知ったのがつい一年前だったのです。その時にはすでにこの子の母親は病に倒れて亡くなってしまっていました」
「馬鹿者!」
ああ、僕と母を捨てたのは本当はお父さんじゃないのに!
お父さんはお祖父様にぶたれてしまった。
「まったくお前がそんなに無責任な男だとは思わなかった!」
くどくどとお説教が始まってしまった。
お父さんは罪を被ってくれただけなのに。
でもここで僕が「実は……」などと言い出す訳にはいかない。あわあわとするしかなかった。
「どうだルイン、こんな父親など見捨てて我が王城で暮らそうではないか?」
「えっ、あ……いえ、僕はお父さんのとこがいいです」
いきなり僕に話が差し向けられてビックリしながらも、即答した。
お父さんのことを慕っているからというのもあったが、一番はエルネストと遭遇したくなかったからだ。また自分が聖女の生まれ変わりではないのだと思い知らされて傷つきたくはなかった。
返答を聞くとお祖父様はひょいと眉を上げ、「こんなロクデナシのどこがいいのだか」と言いたげな顔をした。
「分かった。だがいつでも儂に会いに来てくれていいのだぞ。甘いお菓子を準備して待ってるからな」
すっかり孫を甘やかしたくて堪らないお爺ちゃんの顔になっている。
「それにしても、一つだけ問題がある」
お祖父様はすっと真面目な顔になる。
「問題?」
お父さんが聞き返すと、お祖父様は重々しく頷く。
何だろう、やっぱり僕を王族の一員として認めることはできないとでも言うのだろうか。
「『ルイン』では王族として名前があまりに簡素に過ぎる。もう少し名前を立派なものにした方がよい」
「ええっ!?」
まさか名前が問題になるとは思いにも寄らなかった。
「洗礼の時に神官が身分に合わせた名前を考えるからね。確かに『ルイン』だと平民であることが丸分かりの名だ」
そんなこと、全然知らなかった。
名前を聞くだけで身分が分かるなんて。
「でも、新しい名前なんて……」
僕は自分の名前に愛着を持っている。
名前の意味が月光だと知ってからますます好きになった名前なのに。
「そんなに大袈裟に考えなくてもいいよ。元の名前にちょこっと手を加えるだけでいいんだ。例えばオレの名前から取って『ルインハイト』にするとかな」
お父さんの提案にパッと顔が明るくなる。
「それがいい! 僕、ルインハイトになりたい!」
「はは、問題はもう解決したようだな」
お祖父様が髭を撫でながらにこやかに微笑んだ。
こうして僕は晴れて王族の一員として認められたのだった。
このまま家に帰ったら延々とエルネストのことばかり考えてしまいそうだったから。
僕たちが通された部屋はお茶会のためのお部屋のようだった。
椅子に腰かけて待っていれば、ほどなくして側仕えを伴って威厳のある壮年の男が入ってきた。
お父さんの髪の色と同じ栗色の髭を豊かに蓄えている。
あと十年かそこら経てば白い髭になり、好々爺然とするだろう。
この男が国王……僕の祖父だ。
「おお……よく顔を見せておくれ」
驚いたことに国王様は僕の前に跪いて視線を合わせた。
国王様はそっと両手で僕の顔に触れる。
「……子供の頃のカインハイトにそっくりだ」
どうやら僕は小さい頃のお父さんに似ているらしい。
お父さんは実のお父さんじゃないけれど、血は繋がっているのだから似ていても不思議ではないのかもしれない。
「ルインといいます、陛下」
国王様が手を離すと、僕は名を名乗った。
「ああ、陛下だなんて呼ぶ必要はない。儂の孫なのだから」
どうやら国王様は、いや祖父はもう僕のことを認めてくれるつもりらしい。
親子だからだろうか、祖父の笑みはお父さんとそっくりだった。
「お、お祖父様……?」
「おお、儂の孫よ……!」
祖父は僕を抱き締めてくれた。
力強く暖かい腕だった。
「どうしてこんなに大きくなるまで孫の存在を教えてくれなかったのだ」
お祖父様は顔をお父さんに向ける。
「……かつて恋した女性との間に子供ができていると知ったのがつい一年前だったのです。その時にはすでにこの子の母親は病に倒れて亡くなってしまっていました」
「馬鹿者!」
ああ、僕と母を捨てたのは本当はお父さんじゃないのに!
お父さんはお祖父様にぶたれてしまった。
「まったくお前がそんなに無責任な男だとは思わなかった!」
くどくどとお説教が始まってしまった。
お父さんは罪を被ってくれただけなのに。
でもここで僕が「実は……」などと言い出す訳にはいかない。あわあわとするしかなかった。
「どうだルイン、こんな父親など見捨てて我が王城で暮らそうではないか?」
「えっ、あ……いえ、僕はお父さんのとこがいいです」
いきなり僕に話が差し向けられてビックリしながらも、即答した。
お父さんのことを慕っているからというのもあったが、一番はエルネストと遭遇したくなかったからだ。また自分が聖女の生まれ変わりではないのだと思い知らされて傷つきたくはなかった。
返答を聞くとお祖父様はひょいと眉を上げ、「こんなロクデナシのどこがいいのだか」と言いたげな顔をした。
「分かった。だがいつでも儂に会いに来てくれていいのだぞ。甘いお菓子を準備して待ってるからな」
すっかり孫を甘やかしたくて堪らないお爺ちゃんの顔になっている。
「それにしても、一つだけ問題がある」
お祖父様はすっと真面目な顔になる。
「問題?」
お父さんが聞き返すと、お祖父様は重々しく頷く。
何だろう、やっぱり僕を王族の一員として認めることはできないとでも言うのだろうか。
「『ルイン』では王族として名前があまりに簡素に過ぎる。もう少し名前を立派なものにした方がよい」
「ええっ!?」
まさか名前が問題になるとは思いにも寄らなかった。
「洗礼の時に神官が身分に合わせた名前を考えるからね。確かに『ルイン』だと平民であることが丸分かりの名だ」
そんなこと、全然知らなかった。
名前を聞くだけで身分が分かるなんて。
「でも、新しい名前なんて……」
僕は自分の名前に愛着を持っている。
名前の意味が月光だと知ってからますます好きになった名前なのに。
「そんなに大袈裟に考えなくてもいいよ。元の名前にちょこっと手を加えるだけでいいんだ。例えばオレの名前から取って『ルインハイト』にするとかな」
お父さんの提案にパッと顔が明るくなる。
「それがいい! 僕、ルインハイトになりたい!」
「はは、問題はもう解決したようだな」
お祖父様が髭を撫でながらにこやかに微笑んだ。
こうして僕は晴れて王族の一員として認められたのだった。
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