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第二話
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「まったく、薄気味悪い目だね! そんな目でこっちを見るんじゃないよ!」
厨房で伯母さんに突き飛ばされ、僕はたたらを踏んだ。
伯母さんが眦を吊り上げて僕を睨み付けている。
伯母さんはいつも僕に意地悪だ。
この間八歳の誕生日を迎えたが、当然のように何も祝ってもらえなかった。
伯母夫妻は町の片隅で酒場兼宿屋を経営していた。
お客さんは怖そうだったり酔っ払ってたり変な人ばかりだが、とにかく賑わってはいた。
「作り物みたいな目して」
伯母さんは僕の目の色が気に入らないのだ。
母は僕の目の色をお月さまみたいな綺麗な銀色だと褒めてくれたのに。
「あんたの母親似の髪色も、カラスみたいで不気味だよ」
腹立ち紛れに、髪の毛を引っ張られた。
「やめて!」
ブチブチ、と何本かの黒髪が抜けた。
伯母さんがこんな風に虐めるのは、きっと母のことが嫌いだからなのだとこの頃には悟っていた。母の代わりに息子である僕を虐めているのだ。
「まあまあ、そんな風にするもんじゃないよ」
義理の伯父さんがやんわりと宥める。
「こういう珍しい目の色がいいって言う客もいるもんさ。もう少し大きくなったら客をとれるようになるだろう」
伯父さんは僕に直接暴力を振るうことはなかったが、なんだか気持ち悪い視線を向けてくる。
その視線に見つめられると、身体がゾクリと震えるのだ。
「ふん、そうだといいけれどね」
伯母さんは気に食わなさそうに鼻を鳴らす。
「とにかく、さっさと水でも汲んできな! サボったら夕食は抜きだよ!」
言いながら伯母さんは僕の身体に蹴りを入れて去っていった。
蹴られた僕は狭い厨房の中で強かに壁に身体をぶつけた。
僕の身体は青痣だらけだった。
言い付けを守ったって大抵は難癖を付けられてなんだかんだと晩ご飯を食べさせてもらえないのだ。
おかげで僕はいつもはらぺこだった。
それでも言われたことはちゃんとこなさなければならない。
僕は憂鬱な気持ちで両手にバケツを持って外へと出た。
外に出ると継ぎ接ぎだらけの衣服の隙間からスース―風が入ってくる。
今はまだマシだがこれから寒くなっていくにつれてドンドン辛くなってくるだろう。
まだ日は沈んでいなかったが、井戸の辺りは建物に囲まれていてこの時間帯はすでに暗い。それに人気もない。
出来ることならば行きたくない場所だった。
「さあさあ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!」
町の広場を横切っていると、賑やかな声が聞こえてきた。
そちらに視線を向けると、道化師がいた。
赤と黒の化粧でトランプのスートを大きく顔に描き、片目に革製の眼帯を付けている。
だが道化師の顔立ちが良いことは化粧の上からでも充分に見て取れて、子供連れだけでなく若い女性も足を止めていた。
赤い衣装が夕暮れの中で映えていた。
「光のマジックショーの始まり始まり!」
若い男の道化師はステッキを手に取ると、宙に曲線を描くようにステッキを振り回す。
すると軌跡をなぞるように宙に光の線が現れた。
それからぽうと輝く光の玉がいくつも現れ、道化師の周りを漂い出す。見ている間に光の玉は色を変え、くっついては離れを繰り返す。
まるで妖精のダンスのようだ。
母が昔教えてくれた。
こういう見世物をする大道芸人は魔法使いなのだと。
光のマジックショーというのは比喩ではなく、本当に魔法を使っているのだ。
若い魔法使いはこういう見世物をしてお金を稼ぐのが定番らしい。
だから、あの道化師は魔法使いなのだ。
僕は遠巻きに羨望の眼差しを向けた。
僕もあんな風に綺麗な魔法を使えたらいいのにな。
ふと、母が死んだ時に自分から出てきた黒い靄のことを思い出した。
いや、あれは違う。全然綺麗なんかじゃなかった。
あの道化師の操る光の玉とは全然違う。
不思議で不気味な黒い靄のことは誰にも話したことはなかった。
今でさえ伯母さんたちに煙たがられるているのだ、話したらどうなることか。
こんな秘密を抱えているなんて、僕はもしかしたら悪魔の子なのかもしれない。
一人で悲しくなってしまった。
その間に道化師の見世物は一段落し、次々とシルクハットの中にコインを投げ込まれていた。
「ねえねえ、どうして目を隠してるの?」
子供の一人が尋ねるのが聞こえた。
「ああ、これ? 実はね、お兄さんの片目は魔眼になってるんだよ。ほらっ」
彼は眼帯をめくる。
片目が見たことのない真っ赤な綺麗な瞳になっているのが遠くからでもよく見えた。
「この目は魔力の流れや量が見えるんだ。君に魔術師の才能があるかどうかも分かっちゃうよ」
この言葉に子供たちは明らかにはしゃいだ。
口々に「僕は?」「私は?」と小鳥の囀りのように尋ねまくる。
「ん……?」
不意に紅い瞳と視線がかち合った。
「っ」
水汲みをしなければならないのにぼうっと見世物に見惚れていたのを咎められたような気がした。僕は俯いて早足で井戸へと向かった。
「あれ、あの子……」
ぽつりと道化師が呟いた。
厨房で伯母さんに突き飛ばされ、僕はたたらを踏んだ。
伯母さんが眦を吊り上げて僕を睨み付けている。
伯母さんはいつも僕に意地悪だ。
この間八歳の誕生日を迎えたが、当然のように何も祝ってもらえなかった。
伯母夫妻は町の片隅で酒場兼宿屋を経営していた。
お客さんは怖そうだったり酔っ払ってたり変な人ばかりだが、とにかく賑わってはいた。
「作り物みたいな目して」
伯母さんは僕の目の色が気に入らないのだ。
母は僕の目の色をお月さまみたいな綺麗な銀色だと褒めてくれたのに。
「あんたの母親似の髪色も、カラスみたいで不気味だよ」
腹立ち紛れに、髪の毛を引っ張られた。
「やめて!」
ブチブチ、と何本かの黒髪が抜けた。
伯母さんがこんな風に虐めるのは、きっと母のことが嫌いだからなのだとこの頃には悟っていた。母の代わりに息子である僕を虐めているのだ。
「まあまあ、そんな風にするもんじゃないよ」
義理の伯父さんがやんわりと宥める。
「こういう珍しい目の色がいいって言う客もいるもんさ。もう少し大きくなったら客をとれるようになるだろう」
伯父さんは僕に直接暴力を振るうことはなかったが、なんだか気持ち悪い視線を向けてくる。
その視線に見つめられると、身体がゾクリと震えるのだ。
「ふん、そうだといいけれどね」
伯母さんは気に食わなさそうに鼻を鳴らす。
「とにかく、さっさと水でも汲んできな! サボったら夕食は抜きだよ!」
言いながら伯母さんは僕の身体に蹴りを入れて去っていった。
蹴られた僕は狭い厨房の中で強かに壁に身体をぶつけた。
僕の身体は青痣だらけだった。
言い付けを守ったって大抵は難癖を付けられてなんだかんだと晩ご飯を食べさせてもらえないのだ。
おかげで僕はいつもはらぺこだった。
それでも言われたことはちゃんとこなさなければならない。
僕は憂鬱な気持ちで両手にバケツを持って外へと出た。
外に出ると継ぎ接ぎだらけの衣服の隙間からスース―風が入ってくる。
今はまだマシだがこれから寒くなっていくにつれてドンドン辛くなってくるだろう。
まだ日は沈んでいなかったが、井戸の辺りは建物に囲まれていてこの時間帯はすでに暗い。それに人気もない。
出来ることならば行きたくない場所だった。
「さあさあ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!」
町の広場を横切っていると、賑やかな声が聞こえてきた。
そちらに視線を向けると、道化師がいた。
赤と黒の化粧でトランプのスートを大きく顔に描き、片目に革製の眼帯を付けている。
だが道化師の顔立ちが良いことは化粧の上からでも充分に見て取れて、子供連れだけでなく若い女性も足を止めていた。
赤い衣装が夕暮れの中で映えていた。
「光のマジックショーの始まり始まり!」
若い男の道化師はステッキを手に取ると、宙に曲線を描くようにステッキを振り回す。
すると軌跡をなぞるように宙に光の線が現れた。
それからぽうと輝く光の玉がいくつも現れ、道化師の周りを漂い出す。見ている間に光の玉は色を変え、くっついては離れを繰り返す。
まるで妖精のダンスのようだ。
母が昔教えてくれた。
こういう見世物をする大道芸人は魔法使いなのだと。
光のマジックショーというのは比喩ではなく、本当に魔法を使っているのだ。
若い魔法使いはこういう見世物をしてお金を稼ぐのが定番らしい。
だから、あの道化師は魔法使いなのだ。
僕は遠巻きに羨望の眼差しを向けた。
僕もあんな風に綺麗な魔法を使えたらいいのにな。
ふと、母が死んだ時に自分から出てきた黒い靄のことを思い出した。
いや、あれは違う。全然綺麗なんかじゃなかった。
あの道化師の操る光の玉とは全然違う。
不思議で不気味な黒い靄のことは誰にも話したことはなかった。
今でさえ伯母さんたちに煙たがられるているのだ、話したらどうなることか。
こんな秘密を抱えているなんて、僕はもしかしたら悪魔の子なのかもしれない。
一人で悲しくなってしまった。
その間に道化師の見世物は一段落し、次々とシルクハットの中にコインを投げ込まれていた。
「ねえねえ、どうして目を隠してるの?」
子供の一人が尋ねるのが聞こえた。
「ああ、これ? 実はね、お兄さんの片目は魔眼になってるんだよ。ほらっ」
彼は眼帯をめくる。
片目が見たことのない真っ赤な綺麗な瞳になっているのが遠くからでもよく見えた。
「この目は魔力の流れや量が見えるんだ。君に魔術師の才能があるかどうかも分かっちゃうよ」
この言葉に子供たちは明らかにはしゃいだ。
口々に「僕は?」「私は?」と小鳥の囀りのように尋ねまくる。
「ん……?」
不意に紅い瞳と視線がかち合った。
「っ」
水汲みをしなければならないのにぼうっと見世物に見惚れていたのを咎められたような気がした。僕は俯いて早足で井戸へと向かった。
「あれ、あの子……」
ぽつりと道化師が呟いた。
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