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1章 悪しき化け物は花火と化して咲いて散る

9話 迷い家にて

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 迷い家の門を通り過ぎ屋敷に向かう。

 
 門から屋敷まで距離があり、池付きの広い庭園まである。
 玄関から入り長い廊下を歩いている。
 そこら中からたくさんの視線を感じる。
 この屋敷にはたくさんの化け物がいるようだ。

 「ちょっと!誰だい?わたしの部屋勝手に入ったやつは?」

 ある部屋の前で急に妖狐が大きな声を出した。

 「す、すみません氷花様。掃除と換気を……」

 一体の化け物が飛び出しように現れ、ひれ伏した。

 「あかなめ、君が掃除好きなことは知っているけれど、わたしの部屋は掃除不要といつも言っているだろう?」
 
 「申し訳ございません、氷花様」
 
 「次、約束破ったらここから追い出すよ」
 
 「かっ、かしこまりました」

 妖怪社会の上下関係というものを目の当たりにした。

 「ところで氷花様、こちらの方は?」
 
 「発情鬼さ」
 
 「こちらが発情鬼様!てっきり名前的に鬼族とばかり思っておりましたが、まさかこのような貧弱そうな方とは想像もしておりませんでした」

 コイツはいつも怒られるべくして怒られているんだろうな。と一瞬で理解できた。

 「客間にご案内しましょう。こちらへどうぞ発情鬼さま」

 あかなめに誘導されて客間に通された。
 そこには天狗があぐらをかいて座っていた。

 「火鳥 煉、この度は……」

 天狗は頭を下げた。

 言いたいことがいっぱいある。
 僕の命さえ助けなければ……こんな事にはならなかったのではないか。

 今ならなんでも言えるはずなのに。怒れることができるはずなのに。
 なぜだか、ただ涙が出た。

 妖狐は僕の背に手をおいて座らせた。

 なにも言えずに、ただ泣いた。
 泣くのは好きじゃない。疲れてしまうだけだから。
 泣くほど無駄なことは無い、と思っているのに涙は止まらなかった。

 「母親の供養に関しては安心してほしい。化け物に殺された者は、呪《しゅ》と恐怖に縛られ無事に成仏ができないが、それを断ち安寧の地へ誘えるように祈祷を行っておく」

 「はい……」

 「我々で墓も用意するが、そちらでも彼女の死を知らせて供養が必要になるだろう……任せてもらえればこちらで万事手配しておく」

 「手配って……?」
 
 「母親の死を知らせ、その後の手続きなど一才を済ませておく」
 
 「幻術ってやつで……」
 
 「そうだ……」

 妖狐は保護者のようにそばにいる。
 もうどうだっていいんだ。好きにしてくれればいい。
 僕は羅刹鳥を殺すことしか頭にないのだから。

 「お任せします……」
 
 「わかった、悪いようにはしない」

 今以上に悪いことなんてありはしない。


 「実戦訓練だったな……氷花」
 
 「はい」
 
 「ここにある物、化け物、すべてを好きに使うがいい。迷い家への出入りも自由にいたそう」

 

 確かに仇を打つにも今のままでは不安があった。
 実戦訓練はありがたい提案だと思う。

 
 ――――――

 
 その日は天狗と話をしただけでマンションに戻った。
 明日から本格的に訓練を開始することになる。

 店長には迷い家で訓練を開始することを説明した。

 「まぁ、ええんちゃうか」

 の一言で終わった。
 羅刹鳥に関しては、常に見張っているから気にしなくていいと言ってくれた。

 妖狐が天狗から聞いた、最近目を抜かれて殺された化け物の話を店長に聞かせると、被害を受けたのは 手の目 という化け物だと既に知っていた。

 それとは別に 一つ目入道《ひとつめにゅうどう》 という大型の化け物もやられたようだ。
 身体の伸縮を自在に操る化け物で、手の目同様に目に強力な妖力を備えている化け物らしい。

 羅刹鳥は生きた人間の目を好物としているため、化け物の目が狙われている件に関して、何か引っかかる部分があるみたいだ。
 他にも暗躍している化け物がいるのではないか?と考えている様な口ぶりだった。
 
 まぁ、羅刹鳥を殺せればいい僕には興味のない話だ。

 店長は蜘蛛を介して、もう少し調査をすると言っていた。
 普段の仕事と一緒で、入念な計算とデーターを収集をしないと納得できないのであろう。
 見かけによらず、繊細なひとだ。

 僕は一足早く寝室に戻らせてもらった。
 店長は落ち着くまで、いつまでもここに居たらいいと言ってくれている。


 最近、妖狐や店長が化け物ということを忘れてしまいそうになる。


 ――――――


 翌日。
 
 迷い家の庭で実践訓練を始めた。

 何匹?何体?何人?と呼ぶことが正しいのかわからないが、何人かの化け物がギャラリーの様に見学している。
 部外者がよほど珍しい様だ。
 たまに迷い込んで迷い家に入ってくる人間がいるらしいが、それも500年くらい前に一人いたのか記憶が定かではないみたいだ。
 
 400歳位の妖狐は見たことないと言っていた。

 天狗から進言された、鳳凰の力を自由に発動させるための感情コントロールとスタミナを付けるための走り込み、身体を動かしながらさとりの眼を使い続ける、3つの訓練を行う。

 感情コントロールの練習は、戦うという覚悟と怒りの感情が起爆剤であるとわかっているので、なんとかなりそうだ。

 スタミナを付けるための走り込みに関しては、運動部でもない僕がなかなか苦労するところだと思う。
 笑えるくらいスポーツとは無縁な生活を送ってきたことを今更後悔している。
 これからは真剣に取り組んでいくつもりだ。
 
 そして身体を動かしながらさとりの眼を使う練習。
 これは唯一の実戦形式での練習で、一番大事な訓練だ。
 組み手は屋敷内の化け物が相手をしてくれる。妖狐クラスだとまったく相手にならないと思うので、初日は掃除係のあかなめ君が相手だ。

 日替わりで相手を変えるようで、あかなめ、猫又、カワウソが用意されている。
 3人とも戦闘タイプではないので僕も殺される様なことはないと思っていたが、今日の相手であるホウキを武器にした あかなめ との戦いでボッコボコにされた。

 あんなに弱そうな化け物にこれだ……。
 自分自身の先が思いやられる。


 ――――――

 
 感情コントロールは実践訓練を繰り返すうちに、成功したようで鳳凰の力を自由に出せることができた。
 戦うことへの恐怖感が緩和され、戦えるという自信が繋がったのだと思う。
 最初は あかなめ、猫又、カワウソにはコテンパンにやられたけど、得たものも大きかった。

 スタミナを付けるための走り込みは、豆腐小僧発案の豆腐を落とさず崩さず運ぶ豆腐リレーという競技を、迷い家の化け物達と毎日何度も繰り返しさせられた。
 またダイエットのためマラソンにハマっている雪女、ろくろっ首とのフルマラソン練習も毎日のようにあった。
 
 当初のカリキュラムにはなかったが、妖力の一点集中方法をみんなから教わった。
 妖力を1箇所に集めることによって筋力が爆発的に発達し、打撃力、防御力、移動力、また妖術まで向上させることができる。
 難しい練習ではあったけど、みんなのおかげで楽しく練習できたと思う。


 そして訓練を初めて2週間ほど経った。
 
 いつものように実践訓練には何人かのギャラリーが楽しそうに見学している。
 豆腐小僧、雪女、しょうけら、化け火、ろくろっ首、文車妖妃《ふぐるまようひ》、かんばり入道、黒髪切り。
 彼らがたまに声援を送ってくれると少し嬉しくなる。
 
 迷い家での訓練は普通に訓練や練習するのとは違い、効果が何倍にもなると聞いていたが本当だった。経った2週間で別人と思えるくらい強くなった気がする。

 母さんの死を受け入れられたことも大きいと思う。
 仇に対して怒りが消えたとかではない。
 バラバラだった色々な感情が、この2週間で落ち着いて纏まった感じがする。

 感情が落ち着いた途端に鳳凰の炎が自由に操れるようになった。
 そして炎を発動させた状態でさとりの眼を使う実戦訓練も問題なくこなせている。

 あかなめは一般的な人間の強さくらいなので、既に物足りない相手になった。
 
 猫又は尾が2本あるでかい猫の化け物で素早い動きに苦戦したが、さとりの眼で心の動きを読みながら戦えば大した事は無かった。
 
 カワウソに関しては水を操る化物ということで相性は悪いが、接近戦に持ち込んで直接炎をぶつけると簡単に負けを認めてきた。

 自分でも驚きの成長だ。
 ここまで成長できたのも、迷い家の化け物たちのおかげだ。
 迷い家には、今の僕の訓練相手になる化け物はもういないと思う。
 
 「それじゃ、そろそろわたしがお相手しようかな?」

 大事なひとを忘れてた。この迷い家、唯一の戦闘タイプ 妖狐だ。

 2週間前なら、まったく歯がたたない相手だったろう。
 正直なところ今でも勝てるとは思わないが、いい線は行くと思う。
 心を読んで、相手の先を立ち回る戦い方。
 それが僕の戦法だ。

 「氷花さん、よろしくお願いします」
 
 「えぇ、よろしく」

 審判を務める呼子が二人を庭の中心に立たせた。

 「それでは……いいかい?」

 「……」

 「はじめえぇぇー!」

 僕は速やかに炎を手に纏わせた。
 そして妖狐の心を…………こころ……ぉ……。

 「……」


 「!……読む……あれ?」

 いつの間にか仰向けに倒れて、妖狐の顔を見上げるような位置に僕の頭がある。
 
 どういうことだ?
 いつの間にこれだけ間を詰められた?

 「よく寝るね。君」

 「えっ?」

 僕は妖狐の膝枕で寝ている。
 いつの間にこんな嬉し……ではなく、こんな体勢に?

 「君が炎を発動させたと同時に全身を凍結させたんだよ」
 
 「えっ?」
 
 「タメの時間が命とりだったね」


 僕はなにを根拠にいい線行けると思ったんだろう。
 次元が違い過ぎる。
 羅刹鳥もこれくらい強いのだろうか……不安が募る。
 
 「僕、羅刹鳥に勝てますか?」

 「勝てるわけないでしょ」
 
 「……」
 
 「でも勝つためにわたしがいるんだろ」
 
 頼もしいことを言ってくれた。
 下から眺める妖狐の顔は、忘れていたけど綺麗だった。

 「また発情してるんじゃないでしょうね?発情鬼」

 「し、してないですよ!」

 もう少しこのままでも良かったけど怒られそうなので飛び起きた。

 明日からは妖狐に訓練を付けてもらおう。
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