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1章 悪しき化け物は花火と化して咲いて散る

8話 鳳凰が鳴いた

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 あの日、僕があのまま死んでいれば……。

 
 喜ぶ母さんを見て、生き返ったことを天狗に感謝した。
 母さんも僕が生きていることを喜んでくれた。
 
 でもあのまま死んでいれば、今起こっているすべてのことは何も起こらなかったんじゃないのか?
 
 あのまま死んでいれば……。

 
 神隠しって言葉は知っている。
 さっきまでいた人が、忽然とその場所から消えて行方不明になること。
 それくらいに思っていた。
 
 実際には化け物が誰にも気付かれない結界の中に誘き入れて人間を襲い殺す。
 そして結界内で弄ばれた死体は、誰に気付かれることもなく行方不明扱いになることが多いらしい。


 マンション裏に流れる大きな川の橋の上、僕と妖狐は立っている。

 
 僕にはさとりの眼があったから、結界内で変わり果てた姿の母さんを見つけることができた。

 一面が血の海の中、母さんは口が歪に開き、両目がくり抜かれていた。
 内臓を引きずり出したのか腹部が開いている。

 妖狐が預けたお守りのミサンガが焼け切れていた。
 十中八九、化け物の仕業だ。
 
 妖狐は周囲を警戒している。
 
 後少しでマンションだった。マンションには結界が張ってある。
 なんとかそこまで行こうとしたんだろう。
 でも相手の結界内に入ったことで、なすすべが無かった。

 「あ゙あ゙あぁぁぁー!!うあ゙あぁぁぁー!あぁぁぁー!」

 膝から崩れて僕は泣き叫んだ。

 許せない。
 殺意しかない。
 母さんを殺した化け物に対しての殺意。
 恐怖などない。
 今すぐに殺してやる。
 最後の家族。
 ひとりしかいない家族を殺された。
 許さない。

 「火鳥くん!」

 店長が目の前にいる。
 なぜだ?
 
 そういえば妖狐は言った。
 『これを着けていても近寄ることが可能なのは、この辺りでは天狗の爺様か土蜘蛛の店長くらい』だと。

 妖狐自慢のミサンガを着けていても効果のない高等な化け物……。
 そうか、コイツか!

 「店長……なんで?」
 
 「火鳥くん!」
 
 「信用してたのに!」
 
 「火鳥くん、ちゃうで!」
 
 「所詮は化け物か!土蜘蛛おぉぉー!!」

 怒りに飲み込まれた瞬間、僕の右手は、鳳凰の手は、轟音と共に爆炎を放ち纏った。

 「お前を殺す!」

 怒りと悲しみに、鳳凰が鳴いた。
 
 「殺してやる!」

 「違う言うてるのに……」

 店長は両手の指先から蜘蛛糸を放った。

 「悪いけど拘束させてもらうで」

 放たれた糸は、僕の胴体と四肢に何重にも巻きついた。

 「俺の糸は燃やしたり切ったりはできひんで。とにかく話を聞いてくれ」
 
 「黙れ!」
 
 「おいおい、ほんまかいな……」

 燃え盛る右手で土蜘蛛の糸を振り払うと、一瞬で糸は焼失した。

 「俺の糸燃やすて、ただの炎やないな……」
 
 「発情鬼!落ち着きなさい!彼は違う」

 叫ぶ妖狐を気にすることもなく、店長は開いた両手を地面に叩き付けた。
 すると無数の円筒状の岩が、僕の身体の隙間を突き刺すように地面から飛び出し、僕の動きを完全に封じた。
 その上、妖狐も同時に動きを封じるつもりだった様で、両足を凍りつかされている。
 

 「妖狐、この術を解けー!!」
 
 「落ち着いて。真衣を殺したのは彼ではない!」
 
 「ミサンガ付けていても近寄れるのは天狗かコイツだって氷花さんが言ってたろ!」

 店長がゆっくりと近づいてきた。
 なぜコイツが、悲しそうな顔をしてるのかわからない。

 「俺も火鳥くんと同じや、ママさんのピンチに間に合わんかった。スマン。」
 
 「何ぃ!?」

 「彼は真衣を助けに来ただけ。それは妖気の動きから見て間違いないよ」
 
 「火鳥くんとこの前話してから、余計なお世話やと思たんやけど火鳥家周辺を俺の子飼いの蜘蛛に監視させとったんや」
 
 店長は町全体に蜘蛛を配置させており、蜘蛛を通して妖力感知や視覚共有を行なって監視しているらしい。

 先ほど大きな妖力を感知したと蜘蛛から伝達があり、視覚共有で確認するとマンションの部屋を荒らし、母さんの元へ向かう化け物が見えた。
 それを店長は危険と判断し駆けつけたとのことだった。

 「手荒な真似してすまんかった。俺のこと信じられるか?」

 僕は妖狐を見た。
 妖狐は信じろ、と言わんばかりに頷いた。

 「術、解くで」

 僕の身体を押さえていた、岩と氷は砕け落ちた。
 地面に落ちていく僕を妖狐は抱きしめるように支えてくれた。

 怒りのやり場を失った僕がするべきこと、考えること。
 母さんの仇を追って殺すこと……。

 あんなに酷い殺し方がどうしてできたのか?
 目をとって、腹部を開けて……許せない。

 「土蜘蛛、君は蜘蛛との視覚共有でおおよそのことは把握できているのかい?」
 
 「あぁ」
 
 「それでは教えてもらおうか。発情鬼はもちろん、わたしもこのままでは退けないよ」

 
 店長はすべて話すと言ってくれた。
 しかし、今すぐ相手を追わないことを約束することが条件だった。

 僕は拒否したが、相手のことが詳しく把握できていない現状での突撃は危険すぎるため、許可はできないとのことだ。
 無数の蜘蛛がすでに監視状態に入っているので、仇の化け物を見逃すことはなく、攻めようと思えばいつでも行けるから安心しろと言われた。

 妖狐は僕の許可も得ず、勝手にその条件を呑むと返答した。
 敵の数、目的が明確になり、鳳凰の手の発動が安定できるまでは戦闘を控える約束もさせられた。

 「それで、相手は何者さ?」
 
 「おそらく、羅刹鳥《らせつちょう》……」
 
 「羅刹鳥だって⁉︎大陸の奴じゃないか?どうしてそんな奴が」


 羅刹鳥。
 大きな鳥の姿をした中国の化け物。性は凶暴にて残虐であり、生きた人間の目を好んで食べる化け物。


 「馬鹿でかい鳥の化け物やったから陰摩羅鬼《おんもらき》かと思ったんやけどな。目を上手にくり抜いて喰ってるところを見ると、あれは羅刹鳥やと思う」
 
 「目を喰うために真衣をピンポイントで狙ったってこと?」
 
 「その前に結界破ってまでマンション行っとるから、ホンマは火鳥くん狙いやたんやろうな」
 
 「それじゃ、さとりの眼を狙ったってことかい……?」
 
 「アイツが好むのは生きた人間の目のはずや。さとりの眼をわざわざ狙うかな?そもそも何でさとりの眼の所持者を知っとるのか不思議や」

 やはり相手のことがわからない以上は、深追いは禁物なんだろう。
 僕は塞ぎ込みながら、ところどころの話は聞いていた。
 
 しかし、絶望感、喪失感、脱力感、すべてを今の僕は備えており、妖狐の支えがないと立っていることすらできない。

 「とりあえず羅刹鳥の監視はしておく。変な動きしよったらすぐに連絡する」
 
 「あぁ、助かるよ」
 
 「それより、これからどうするんや自分ら。マンション戻るのはやめたほうがええで。居場所割れてるからな」

 そうだ、マンションがバレているなら好都合だ。
 ここにいれば黙っていても向こうからやってくるかもしれない。探さなくてもいいわけだ。

 「鞍馬山の爺様の家に行こうかと思っている」
 
 「仙人の住む迷い家か……」

 僕はそんなところに行きはしない。
 僕はマンションで待つ。そいつが現れるまでずっと待ってやる。

 「鞍馬山はやめといた方がええな」
 
 「はぁ、どうしてだい?」

 妖狐が不満そうに質問した。

 「俺の家に来い。相手がどれだけ情報を持っているか不明やけど、俺の家ならまだ相手にバレとらんやろうし幾分マシやと思う。」
 
 「土蜘蛛の家に行くだって?」
 
 「そうや、その方がええ。マンションの結界が破られたせいで天狗の幻術も消えてもうてる、お前も自由に動けんようになったやろ。ウチやったら自由に過ごせる」
 
 「それなら爺様の迷い家でもいいだろう」
 
 「迷い家はこっちと完全遮断された世界や、いざって時に連絡が取れへん。それに万が一にも敵さんが迷い家の場所を知ってたらどないすんねんな。いくら天狗が強くても、敵さんからの一斉攻撃でもくらったらチーム鞍馬山崩壊するんちゃうか」

 妖狐は返す言葉もなく黙ったまま下を向いた。


 店長はすぐに行動に移した。
 
 まずマンションに戻り、部屋から大事なものを纏めて持ち出すように言った。
 そして落ち着いたら親戚に連絡をとって、友達の家に泊まる等の理由を伝えて、しばらくマンションを留守にすると伝えるように言われた。

 母さんの遺体は妖狐が供養のために鞍馬山まで持って行くと言っていた。
 化け物に殺された魂は、ちゃんとした方法で供養しないと成仏できないらしい。
 天狗がその道に詳しいため、頼みに戻ってくれた。

 マンションに入る頃には雨が止んでいた。

 母さんのいない部屋を眺める。
 昨日まで、ここでご飯食べて……テレビ見て……明日の準備して……。
 
 何の前触れもなく、なんでもないような日常と幸せがさっき消えた。

 この部屋から持って行くものは特にない。
 羅刹鳥を殺したら必ず戻ってくるから置いていこう。
 
 母さんのこと伯父さんと伯母さんにどう伝えたらいいのか……。

 
 いや、それは後で考えればいいことだ。



 今夜からしばらく、店長のマンションでお世話になる。

 
 ――――――
 

 僕は店長のマンションで、一睡もできず朝を迎えた。

 
 このマンションの場所はもちろん部屋の階数も覚えていない。
 ただ店長が寝室を借してくれたことは覚えている。

 「菓子パン、テーブルに置いとくし食っときや」

 店長の声が聞こえた。

 「仕事あるし行くわ。火鳥くんはしばらく休暇とってくれ。事情が事情やし気にせんでええで」

 僕以外の人々はいつもと変わらない日常を過ごしている。
 
 突然僕は一人ぼっちになった。
 当たり前にあったものが幸せだったと気付くのが遅かった。
 これからを考える力も出ない。

 ーコンコンー

 部屋をノックして妖狐が入ってきた。

 「何か食べた方がいい……」

 菓子パンを差し出してきた。
 食べられる訳がない。

 「君、あのマンションに戻って敵が来るのを待とうとしてるだろう?」

 「はい」
 
 「行かせられない、危険だよ」
 
 「放っておいてください」
 
 「放っておけないよ。昨日爺様から聞いたんだ。最近、化け物で眼を抜かれて殺された奴がいたって」

 化け物が眼を抜かれて殺されたってどうだっていい。
 母さんを殺したやつを僕は殺せればいいのだから。

 「地域外のことだから、あまり気にしてなかったらしいけど君の眼のこともあるからね」
 
 「どんな奴が来たって、この手で燃やしてやります」
 
 「ばか……相手がわたしや土蜘蛛クラスなら君、瞬殺されるよ」
 
 「……」

 その時。寝室に日本家屋の門がうっすらと現れた。
 
 「これは?」
 
 「爺様にお願いして 迷い家《まよいが》の門をこの部屋と繋げてもらった」
 
 「迷い家?」

 そういえば昨日、迷い家がどうとか話をしていたっけ。
 
 「我々の家さ。山の子以外が滅多に行ける場所じゃないよ」
 
 「氷花さんの家?」
 
 「鳳凰の手も発動したし、迷い家で実戦練習をしましょう」

 妖狐は僕の手を取り、立たせた。
 門の扉は大きな音をたてて開き、その向こうに立派な屋敷が見えた。

 「行くよ」

 引かれるままに、僕は迷い家の門をくぐった。
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