主従の契り

しおビスケット

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第2章

情けと甘さ 7話

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「後で光秀に何か作って持っていってやれ。あいつは真面目すぎるところがある」
(さっきは厳しいことを言っていたけど...近臣の光秀様のこと、気にかけてるんだ)
「承知しました。あの、光秀様の好きな食べ物って、なんでしょう?」
「ん?」
「せっかくなら、好きなものをお持ちしたくて…」
「…にぎりめし」
「え?」
「おかかの、やつだ」
そういうと、信長様は踵を返し部屋を後にした。
(なんだか信長様って、怖いのに、不思議と会う度に魅力が増していく人だな)

「…吉乃さん?」
「はっ、すみません、ボーっとして」
「これをどうぞ。後で着替えてください」
そう言って、蘭丸さんは着替えを差し出してくる。先ほど私たちが返り血を浴びたのを見て、気を利かせて持ってきてくれたらしい。
「ありがとうございます」
「それでは、あなたの足を見せてください。何か、怪我でも?」
「たいした怪我じゃないです。少しくじいただけで…」
「失礼します」
そう言って蘭丸さんは患部に触れ、小さくうなずく。
「ねんざの炎症があるようです。後ほど水桶を持ってまいりますので、しばらく冷やしておいてください。明日には痛みが和らいでいることでしょう」
「ありがとうございます」
蘭丸さんは少女のように可憐な笑顔を見せたのち、心配げに私の目を覗き込む。
「あなたは今も信長様に怯えていらっしゃるのですか?」
「えっ」
「先ほど、そのようにお見受けしたものですから」
(確かにさっきは、殺されると思ったから、すごく怯えていたな、私…)
「私は一介の家臣だし。あまりお話したこともないから、…やっぱり怖いです)
(こうして家臣を気遣ってはくれるみたいだけど、…すぐに人を殺そうとするし…)
すると、蘭丸さんは小首を傾げたのち、まっすぐ私を見つめて言う。
「信長様は、よく人を見ていらっしゃいます。いま吉乃さんは一介の家臣とおっしゃいましたが信長様はその家臣一人一人を実によく観察しておられる。」
(それがまた......怖いところなんだよな)
「そして、一度懐に入れた者は必ず守ってくださるお方です。吉乃様のことも言葉にはなさらないが、かなり気遣われているかと」
「.......そうなんですか?」
「あなたが本当は女性であろうこということは、早くから信長様から聞いておりました。男の姿で過ごすには何かと不便があるだろうかと。毎日のように私をあなたの部屋へ派遣していた張本人は、信長様なんですよ」
そういえば、朝、部屋を出ると蘭丸さんが廊下に片膝をついて待っていることがあった。

「おはようございます。伊吹さん、本日のご体調はいかがですか?」
「...は、はい。おかげさまでいいです」
「生活のうえで何か不都合がありましたら、すぐに私にお申し付けを」
「ありがとうございます...」
問題ないと知るなり風のように去っていく蘭丸さんを見送りながら、毒見役を離れお市様の花嫁修業の任についたところで、城から手厚く気にかけてもらえることになったのかとばかり思っていた。

(信長様がそれを命じていたとは...夢にも思わなかった)
「これからも何か困ったことがあれば、いつでもお申し付けください。信長様のご心労を少しでも減らすことが、小姓である私の役目ですから」
涼やかに微笑み、蘭丸さんは部屋を出ていった。
(私が男の姿で過ごすことを、信長様が心配してくれていたなんて...)
言葉はいつも乱暴で態度は冷酷極まりないけれど、信長様は本当は優しい人なのかもしれないと、私は思い始めておた。
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