主従の契り

しおビスケット

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第2章

危険な菓子係 1話

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一夜明け、私は光秀様の監視のもと、かすてらを作り始めていた。
毒見役のための仕事場へ行くことを光秀様は制止し、どうゆうわけか私を厨房へ連れてきたのだ。
(なんだかよくわからないけど…材料はそろってるみたいだから、とにかく今は作るしかない)
質問を受け付けてくれる雰囲気ではなかったため、私は光秀様の視線を浴びながら、一心に生地をこね続けていた。

「御屋形様、この者は小料理屋の出であります。そこで南蛮人から甘味の作り方を教わったとのことです。」
八つ時に信長様へ出来上がったかすてらを運び、光秀様はそう説明した。信長様は無言のままかすてらをじっと見おろす。緊迫した空気の中、お市様と私はその様子を唾をのんで見守った。
「南蛮の菓子か」
「はい、かすてらと呼ばれるものでございます。」
「…」
信長様は一切の表情を変えることなく、かすてらを一口食べる。
「…」
「…美味い」
その一言に、私たちはホッと胸をなでおろした。
「お市様もこの者の甘味を大層気にいられたようです」
「南蛮の菓子を作れる者など他にはなかなかおりませぬ」
「一介の毒見役にしておくにはもったいない人材かと…」
すると、信長様はキッとこちらを睨みつける。
「何がいいたい」
「…兄上、私は未来の夫にもこれを食べさせとうございます。そのためには、この者に作り方を教わるほかありません」
「そのため、伊吹に現在与えている毒見役に代えお市様の花嫁修業における教育係としての役目を与えてもいいのではと思った次第です」
信長様も刺すような視線を感じる…。
(どうしよう…怒らせて討ち首にでもなったら…)
とてつもない不安が襲う…。
しかし、信長様の口から出たのは思いもよらぬ言葉だった。
「…ふん。面白い」
そういって、ニヤリと笑い、視線を私に向けた。
「お前の毒見の役を解こう。その代わり俺に毎日、甘味をもってこい」
「承知いたしました!」
(よかった…)
安堵しながらお市様と顔を見合わせていると、
「ただし、少しでも妙なそぶりを見せてみろ」
信長様の言葉に一同が凍り付く。
「その時は、叩き斬る」
冷たい目で見据えられた背筋がゾクッとなった時、美しい少年が部屋へ入ってきた。その男性は、主の補佐役を担う小姓のように見受けられた。
「蘭丸。なんだ」
私たちの後ろで遠慮がちに控えていたその小姓は、素早く信長様のもとへ進む。
「よろしいですか、信長様」
「急ぎの用であろう」
「はい…実はここ最近、一部の領民から税を軽くしてくれという陳情が相次いでおりました」
「ん?」
「あまりに限られた地域だったため詳しく調べてみましたところどうやらその一帯には税を横領している地侍がいるようでして」
「俺の地で好き勝手するとは……馬鹿なものだ」
信長様のこめかみの血管が浮き上がる。
「伊吹、すぐに出るぞ!残りを持ってお前も来い」
(…え)
何故か、信長様は私に向かってそう命じたのだった。
(私も、お供するの…⁉)
そのような任務に自分が役に立てるとは到底思えなかったけれど、断れる空気ではなかった。
「承知しました。信長様」
即答したことに、光秀様とお市様は驚いている様子。
(私もびっくりだけど……断ったら殺されそう…)
「光秀、すぐに馬の手配を」
「はい、かしこまりました」
少しだけ心配そうに私を見やりながらも、早足にその場を去っていった。

指令どおりに残りの甘味を包んで信長様について城の外に出ると、そこにはすでに戦支度をした兵士たちが何人も待機していた。その中に見覚えのある顔を見つけ、私はハッと息をのんだ。
(犬千代だ…‼)
犬千代はやる気たっぷりといった様子で体を動かし、戦気をみなぎらせている様子。
さらに気になったのは犬千代の隣にいる男だ。その男は小柄ながら筋肉質の体つきで、なんとなく猿のような雰囲気をかもしている。
(どこかで会ったような気がするんだけど…)
私はそっと犬千代のもとへ近づき、小声で声をかけてみた。
「お前も行くのか?」
犬千代は私を見下ろし、驚き目を見開く。
「それを言うならこっちの台詞だ。女子供が同行して邪魔にな…」
「しーっ!」
慌てて口の前に指を立てると犬千代は首をすくめたが、隣の男が愛嬌たっぷりで会話に入ってくる。
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