主従の契り

しおビスケット

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序章

吉乃という少女 最終話

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「お父さん…」
壊れたかんざしを握りしめ、肩を震わせて泣く。
(お守りが、壊れちゃった)
次から次へと、涙がこぼれ落ちていく。
「ああ…なんでこんなことに…」
こらえていた想いが溢れ出し、私はいつしか声をあげて泣いていた。
すると、
「うるさいぞ」
(えっ!)
河原の草むらの中から突然低い声が響いてきた。
(誰もいないと思ったのに…)
「昼寝もできないではないか」
草むらから着崩した着物姿の男が起き上がる。
「!?」
(あれ…この人…信長様!?でも、こんなところにいるはずが…)
「…なんだ、それが壊れて泣いているのか。情けないやつめ」
(情けない…?)
「泣く体力があったら、自分の力でどうにかしろ」
容赦ない言葉に涙も引っ込む。
(…自分のちからで…)
その時、遠くから私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい!」
見ると、通りから河原へ降りる石段の辺りで母が手招きをしている。私は母のもとへ向かう前に、確認しておきたいことがあった。
「あの、もしかして…織田信長様、ですか?」
男は面倒くさそうに眉をしかめそっぽを向く。
「勘違いだろう。さっさと行け」
(すごく似ているんだけどな…)
不思議に思いつつ母のもとへ駆けつけると、母は息を切らせながら言う。
「大変なんだよ。さっきのチンピラを連れて、奉行が店にやってきてね」
(奉行ってもしかして…)

店に戻り、母の言っていた奉行というのが、やはり私につきまとっていたあの奉行だと知る。
「料理に虫が入っていたと申告しただけでこんな仕打ちを受けるとは…この店はどれだけ横暴なんだ?」
そういうと、奉行は大げさに包帯を巻かれたチンピラ達を前へ突きだす。どうやら先ほどうちの店で暴れたチンピラ達は、この奉行の手下だったらしい。
「違います、それは…」
「私は領主からこの地を守れと仰せつかっているんだ。奉行という責務をなんとしてでも全うしなければならない。こんな乱暴な店は…今後一切の商いを停止するのが妥当な処分でござろう」
「え…」
「・・・だが、今回は特別に、私の部下の仕事をこの糞ガ…ごほん、坊主が肩代わりするならば不問にしてやるでござる」
「伊吹に、何を…」
「ある武将のそばで、ただ美味しいものを食べるだけの簡単なお仕事でござるよ」
そういって、奉行はニヤリと笑う。
(毒味役だ…)
ふと、秀吉(?)様が仰っていたことを思い出す―。
『女の子なんだから毒見とかしちゃだめだよ!ほんっとに危ない時あるんだから』
「そんな危険な仕事、弟にはさせられません!」
「なら、この店を商い停止にするまでだな」
「姉ちゃん!俺、その仕事やるよ!それをすれば、うちの店は商いを続けられるんだろ?」
「伊吹…」
「犬千代兄ちゃんがいない今、店と母ちゃん、姉ちゃんを守るのは俺しかいないからな!」
そういって、伊吹は契り書に血判けっぱんを押してしまう。
「ああ、伊吹…」
すべてを悟った母は、伊吹を思い泣き崩れる。
「母ちゃん、何を大げさな。しばしの別れだたいしたことはないさ」
カッコつけた口調で言いながらも、伊吹の足は小刻みに震えている。
(こんな時、お父さんがいてくれたら…⁾
かんざしの無くなった結髪を触り、ふと、先ほどの言葉を思い出す。
『泣く体力があったら、自分の力でどうにかしろ』
₍自分の力で…そうだ。襲ってきた困難を嘆いているだけじゃ駄目なんだ…自分の力で切り抜けなきゃ₎

一睡もできないまま、翌朝を迎えた。
隣で泣きつかれて眠る、伊吹のしとねを掛け直す。
₍自分の力で…切り抜けるしかない)
意を決っした私は、身体にさらしを巻き、鏡の前に立つ。
「・・・」
₍これで大丈夫₎
私は男装をし、ひっそりと店を出ていくのだった。

荷車は、生まれ育った町を離れていく。遠のいていく京の町を眺めながら、私はあの武将のもとへ向かう。
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