主従の契り

しおビスケット

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序章

吉乃という少女 3話

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―料亭からの帰り道。
お手伝いをして予定より遅くなったため、私は急ぎ足で小料理屋へ向かっていた。
ところが、その道中で幕府の奉行が待ち構えているのが目に入る。
(また……あの人だ)
最近私は、結婚を迫ってくる奉行につきまとわれ、悩まされている。目を逸らし通り過ぎようとするも、やはり奉行は近寄ってきた。
「拙者と夫婦になると、いつになったら決めるのだ?女中付きの生活だ。苦労はさせないでござるよ」
(この人、本当にしつこい)
「私は今のままで幸せですから。それになにより、結婚は好きな人としたいんです」
きっぱりと断ったつもりだったが、奉行はひるむ気配がない。
「拙者と結婚すれば、この小料理屋を大きくしてやれるぞ」
(しがない!?)
かつて幕府の料理人を務めた亡き父が築いたうちの店が、このような侮辱を受けるのは我慢がならなかった。
「うちは確かに小さい店です。でも、父が考案した看板料理の必勝飯ひっしょうめしは、お忍びで武将が訪れるって噂もあるくらい評判なんです!!しがないなんて言われる筋合いありません!!」
町の人たちの注目を集めるほどの怒鳴り声をあげた私に、奉行は驚いたように目をむく。今度こそ追い払うことができると思った……が、逆効果だったようだ。
「ムキになった顔も可愛いでござる……」
奉行は卑しげに笑い、私の腕を掴む。振り払おうとしたその時、
―ドスンッ!
奉行が何者かに蹴飛ばされた。
「えっ!?」
奉行を蹴とばしたのは弟の伊吹だった。
「スケベ奉行め、仕事しろ!俺がいるうちは絶対姉ちゃんに近づけさせないからな!」
奉行をやっつけた勇ましい少年に、町の人たちから拍手と声援が飛ぶ。
「よくやったぞ!」
「奉行も形無しだな」
町の笑いものになった奉行は、悔しそうに顔をゆがめる。
「この糞ガキ……」
そういって奉行は伊吹に殴りかかろうと手を振り上げたが、すぐにその手は後ろから掴まれた。
「犬千代!」
掴んだ腕を後ろからひねるようにして、犬千代は奉行を見おろす。
「……」
強面な大男に捕えられ、ぶるぶると震えだす奉行。犬千代がやれやれといった風に手を離すと、奉行はそそくさと退散していった。
「……犬千代、いつもありがとう」
幼馴染の犬千代(前田利家)は、いつも何かと私を支えてくれる兄のような存在だ。
「いい加減、守ってくれる旦那を見つけろよ」
「それはそうだけど……伊吹が店をまわせるまでは結婚しないって決めてるから」
「ハイハイ」
「もう、言い訳だと思っているでしょ!私、ほんとに……」
そこでふと、犬千代の荷物が多いことに気づく。
(また……戦に行くんだ……)
戦があれば、身分に関わらず領民は兵隊として赴かなければならないのが世の常。わかってはいるものの、毎度寂しい気持ちに襲われる。
「今度はどれくらいで帰ってこれるの?」
「お前は自分の心配だけしていろ。すぐ戻る」
犬千代は伊吹の頭をくしゃっと撫でて去っていった。その背中を見送っていると、伊吹が小さく呟く。
「早く犬千代兄ちゃんみたいに、強くなりたいな。姉ちゃんのこと、完璧に守れるような男に……」
「伊吹にまだお礼を言ってなかったね。かっこいい蹴りでお姉ちゃんを助けてくれてありがとう」
「べつに…たいしたことはしてねぇよ…」
伊吹が恥ずかしそうに目を伏せた時、町の人たちの会話が耳に飛び込んでくる。
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