3 / 17
序章
吉乃という少女 3話
しおりを挟む
―料亭からの帰り道。
お手伝いをして予定より遅くなったため、私は急ぎ足で小料理屋へ向かっていた。
ところが、その道中で幕府の奉行が待ち構えているのが目に入る。
(また……あの人だ)
最近私は、結婚を迫ってくる奉行につきまとわれ、悩まされている。目を逸らし通り過ぎようとするも、やはり奉行は近寄ってきた。
「拙者と夫婦になると、いつになったら決めるのだ?女中付きの生活だ。苦労はさせないでござるよ」
(この人、本当にしつこい)
「私は今のままで幸せですから。それになにより、結婚は好きな人としたいんです」
きっぱりと断ったつもりだったが、奉行はひるむ気配がない。
「拙者と結婚すれば、このしがない小料理屋を大きくしてやれるぞ」
(しがない!?)
かつて幕府の料理人を務めた亡き父が築いたうちの店が、このような侮辱を受けるのは我慢がならなかった。
「うちは確かに小さい店です。でも、父が考案した看板料理の必勝飯は、お忍びで武将が訪れるって噂もあるくらい評判なんです!!しがないなんて言われる筋合いありません!!」
町の人たちの注目を集めるほどの怒鳴り声をあげた私に、奉行は驚いたように目をむく。今度こそ追い払うことができると思った……が、逆効果だったようだ。
「ムキになった顔も可愛いでござる……」
奉行は卑しげに笑い、私の腕を掴む。振り払おうとしたその時、
―ドスンッ!
奉行が何者かに蹴飛ばされた。
「えっ!?」
奉行を蹴とばしたのは弟の伊吹だった。
「スケベ奉行め、仕事しろ!俺がいるうちは絶対姉ちゃんに近づけさせないからな!」
奉行をやっつけた勇ましい少年に、町の人たちから拍手と声援が飛ぶ。
「よくやったぞ!」
「奉行も形無しだな」
町の笑いものになった奉行は、悔しそうに顔をゆがめる。
「この糞ガキ……」
そういって奉行は伊吹に殴りかかろうと手を振り上げたが、すぐにその手は後ろから掴まれた。
「犬千代!」
掴んだ腕を後ろからひねるようにして、犬千代は奉行を見おろす。
「……」
強面な大男に捕えられ、ぶるぶると震えだす奉行。犬千代がやれやれといった風に手を離すと、奉行はそそくさと退散していった。
「……犬千代、いつもありがとう」
幼馴染の犬千代(前田利家)は、いつも何かと私を支えてくれる兄のような存在だ。
「いい加減、守ってくれる旦那を見つけろよ」
「それはそうだけど……伊吹が店をまわせるまでは結婚しないって決めてるから」
「ハイハイ」
「もう、言い訳だと思っているでしょ!私、ほんとに……」
そこでふと、犬千代の荷物が多いことに気づく。
(また……戦に行くんだ……)
戦があれば、身分に関わらず領民は兵隊として赴かなければならないのが世の常。わかってはいるものの、毎度寂しい気持ちに襲われる。
「今度はどれくらいで帰ってこれるの?」
「お前は自分の心配だけしていろ。すぐ戻る」
犬千代は伊吹の頭をくしゃっと撫でて去っていった。その背中を見送っていると、伊吹が小さく呟く。
「早く犬千代兄ちゃんみたいに、強くなりたいな。姉ちゃんのこと、完璧に守れるような男に……」
「伊吹にまだお礼を言ってなかったね。かっこいい蹴りでお姉ちゃんを助けてくれてありがとう」
「べつに…たいしたことはしてねぇよ…」
伊吹が恥ずかしそうに目を伏せた時、町の人たちの会話が耳に飛び込んでくる。
お手伝いをして予定より遅くなったため、私は急ぎ足で小料理屋へ向かっていた。
ところが、その道中で幕府の奉行が待ち構えているのが目に入る。
(また……あの人だ)
最近私は、結婚を迫ってくる奉行につきまとわれ、悩まされている。目を逸らし通り過ぎようとするも、やはり奉行は近寄ってきた。
「拙者と夫婦になると、いつになったら決めるのだ?女中付きの生活だ。苦労はさせないでござるよ」
(この人、本当にしつこい)
「私は今のままで幸せですから。それになにより、結婚は好きな人としたいんです」
きっぱりと断ったつもりだったが、奉行はひるむ気配がない。
「拙者と結婚すれば、このしがない小料理屋を大きくしてやれるぞ」
(しがない!?)
かつて幕府の料理人を務めた亡き父が築いたうちの店が、このような侮辱を受けるのは我慢がならなかった。
「うちは確かに小さい店です。でも、父が考案した看板料理の必勝飯は、お忍びで武将が訪れるって噂もあるくらい評判なんです!!しがないなんて言われる筋合いありません!!」
町の人たちの注目を集めるほどの怒鳴り声をあげた私に、奉行は驚いたように目をむく。今度こそ追い払うことができると思った……が、逆効果だったようだ。
「ムキになった顔も可愛いでござる……」
奉行は卑しげに笑い、私の腕を掴む。振り払おうとしたその時、
―ドスンッ!
奉行が何者かに蹴飛ばされた。
「えっ!?」
奉行を蹴とばしたのは弟の伊吹だった。
「スケベ奉行め、仕事しろ!俺がいるうちは絶対姉ちゃんに近づけさせないからな!」
奉行をやっつけた勇ましい少年に、町の人たちから拍手と声援が飛ぶ。
「よくやったぞ!」
「奉行も形無しだな」
町の笑いものになった奉行は、悔しそうに顔をゆがめる。
「この糞ガキ……」
そういって奉行は伊吹に殴りかかろうと手を振り上げたが、すぐにその手は後ろから掴まれた。
「犬千代!」
掴んだ腕を後ろからひねるようにして、犬千代は奉行を見おろす。
「……」
強面な大男に捕えられ、ぶるぶると震えだす奉行。犬千代がやれやれといった風に手を離すと、奉行はそそくさと退散していった。
「……犬千代、いつもありがとう」
幼馴染の犬千代(前田利家)は、いつも何かと私を支えてくれる兄のような存在だ。
「いい加減、守ってくれる旦那を見つけろよ」
「それはそうだけど……伊吹が店をまわせるまでは結婚しないって決めてるから」
「ハイハイ」
「もう、言い訳だと思っているでしょ!私、ほんとに……」
そこでふと、犬千代の荷物が多いことに気づく。
(また……戦に行くんだ……)
戦があれば、身分に関わらず領民は兵隊として赴かなければならないのが世の常。わかってはいるものの、毎度寂しい気持ちに襲われる。
「今度はどれくらいで帰ってこれるの?」
「お前は自分の心配だけしていろ。すぐ戻る」
犬千代は伊吹の頭をくしゃっと撫でて去っていった。その背中を見送っていると、伊吹が小さく呟く。
「早く犬千代兄ちゃんみたいに、強くなりたいな。姉ちゃんのこと、完璧に守れるような男に……」
「伊吹にまだお礼を言ってなかったね。かっこいい蹴りでお姉ちゃんを助けてくれてありがとう」
「べつに…たいしたことはしてねぇよ…」
伊吹が恥ずかしそうに目を伏せた時、町の人たちの会話が耳に飛び込んでくる。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
夢のまた夢~豊臣秀吉回顧録~
恩地玖
歴史・時代
位人臣を極めた豊臣秀吉も病には勝てず、只々豊臣家の行く末を案じるばかりだった。
一体、これまで成してきたことは何だったのか。
医師、施薬院との対話を通じて、己の人生を振り返る豊臣秀吉がそこにいた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
【完結】女神は推考する
仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。
直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。
強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。
まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。
今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。
これは、大王となる私の守る為の物語。
額田部姫(ヌカタベヒメ)
主人公。母が蘇我一族。皇女。
穴穂部皇子(アナホベノミコ)
主人公の従弟。
他田皇子(オサダノオオジ)
皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。
広姫(ヒロヒメ)
他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。
彦人皇子(ヒコヒトノミコ)
他田大王と広姫の嫡子。
大兄皇子(オオエノミコ)
主人公の同母兄。
厩戸皇子(ウマヤドノミコ)
大兄皇子の嫡子。主人公の甥。
※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。
※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。
※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。)
※史実や事実と異なる表現があります。
※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる