主従の契り

しおビスケット

文字の大きさ
上 下
2 / 17
序章

吉乃という少女 2話

しおりを挟む
「お待たせいたしました、仕出しに参りました……!」
(…あれ?)
仕出し先の料亭に到着するも、何やら台所がいつもより慌ただしく、従業員の顔つきにも余裕がない。
「何かあったんですか?」
近くに来たお運びさんに訊いてみると、そっと耳打ちされる。
「私達には誰だか知らされていないけど、えらく有名な武将が来ていらしてるらしいのよね」
(有名な武将…?)
考えたところで、何人かの武将の名前しか頭に浮かばないし、名前が分かったとしても彼らの顔は知る由もない。武将たちの似顔絵を見る機会はあるものの、描く人によって別人のように違うため、本物の武将と遭遇したとしても気づく事は出来ないだろう。
「あら!いいところに来てくれたわ!」
女将に肩を叩かれる。
「はいっ?」
「今日は特別なお客様をもてなさないといけないのに人手が足りないの。お運び、手伝ってくれないかしら?」
(いつもお世話になってる料亭だしな……)
「わかりました!」
私はお手伝いを引き受ける事にした。

お膳運びをしていると、廊下で愛想のいい男性が声をかけてくる。
「それは、あの部屋の料理ですか?」
ちょうど奥座敷に料理を運ぼうとしていたところだったので、
「はい、そうです!」
元気よく答えると、男性はフッと微笑む。
「ちょうど良かった。これ、ひとつ食べてもらえますか?」
そういうと、男性は何を思ったか私が持っている膳から煮物をつまんで私の口元へ持ってくる。
(え?)
戸惑うことも、両手が塞がっている状態では抗うこともできない。
「はい、口開けて」
やむをえず、口を開こうと思ったその時だった。
横から突然ひょこっと男が現れたかと思うと、男は男性の腕を掴んで引き寄せ、煮物をパクりと食べてしまう。
「あ…」
「うっ!」
煮物を口に入れた途端、男はそう言って顔をしかめる。
「……秀吉さん?」
「うまい!」
すぐに顔をほころばせ煮物を呑み込んだ。
「あーなんだろう、懐かしい味っていうの?」
「家康さんも食べてみなよ!」
「……じゃ、大丈夫か」
(え!大丈夫って……)
男性は私の抱える御膳から一番上のものだけを取り、奥座敷へ向かっていく。
(もしかしてあの人、ニコニコしながら私に毒味させようとしてたんじゃ)
戸惑っていると、煮物を食べた男はたしなめるように言う。
「女の子なんだから毒味とかしちゃだめだよ!ほんっとに危ない時あるんだから」
(やっぱり私、毒味のために使われそうになってたんだ……)
私に代わり、煮物を食べた男は残りの膳を奥座敷に運んでくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

信長の秘書

たも吉
歴史・時代
右筆(ゆうひつ)。 それは、武家の秘書役を行う文官のことである。 文章の代筆が本来の職務であったが、時代が進むにつれて公文書や記録の作成などを行い、事務官僚としての役目を担うようになった。 この物語は、とある男が武家に右筆として仕官し、無自覚に主家を動かし、戦国乱世を生き抜く物語である。 などと格好つけてしまいましたが、実際はただのゆる~いお話です。

華闘記  ー かとうき ー

早川隆
歴史・時代
小牧・長久手の戦いのさなか、最前線の犬山城で、のちの天下人羽柴秀吉は二人の織田家旧臣と再会し、昔語りを行う。秀吉も知らぬ、かつての巨大な主家のまとう綺羅びやかな光と、あまりにも深い闇。近習・馬廻・母衣衆など、旧主・織田信長の側近たちが辿った過酷な、しかし極彩色の彩りを帯びた華やかなる戦いと征旅、そして破滅の物語。 ー 織田家を語る際に必ず参照される「信長公記」の記述をふたたび見直し、織田軍事政権の真実に新たな光を当てる野心的な挑戦作です。ゴリゴリ絢爛戦国ビューティバトル、全四部構成の予定。まだ第一部が終わりかけている段階ですが、2021年は本作に全力投入します! (早川隆)

短編歴史小説集

永瀬 史乃
歴史・時代
 徒然なるままに日暮らしスマホに向かひて書いた歴史物をまとめました。  一作品2000〜4000字程度。日本史・東洋史混ざっています。  以前、投稿済みの作品もまとめて短編集とすることにしました。  準中華風、遊郭、大奥ものが多くなるかと思います。  表紙は「かんたん表紙メーカー」様HP にて作成しました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

空蝉

横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。 二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。

吉原の楼主

京月
歴史・時代
吉原とは遊女と男が一夜の夢をお金で買う女性 水商売に情は不要 生い立ち、悲惨な過去、そんなものは気にしない これは忘八とよばれた妓楼の主人の話

懐かしき土地

ミリオタ
歴史・時代
架空の近代歴史を小説にしてこんな世界もある可能性を感じてもらえば幸いです。

処理中です...