いいんだよ

歌華

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あっという間に週末になり。琉生が佑樹の家に行く日が来た。琉生がベッドに横たわり真っ白な天井を見つめる。佑依に何て言ったらいいんだろう?佑樹や他の家族が心配していることを何て説明したらいいんだろう?
週末になるまでずっと考えていた。でも答えなんか見つからなかった。でも誰かが何か言わないともっと酷くなる。ネットで調べたり画像を見る度自傷行為の恐ろしさを知った。そして『死ぬこと』もあるんだと。

トントン

ドアをノックする音が聴こえて琉生が状態を起こす。
「琉生?今日、佑樹くんの家に出掛けるんでしょう?朝ご飯食べなよ~」
杏子の声がドアの向こうから聞こえた。杏子も今日は休みでなんか出掛ける?とか言っていたような気がする。
「分かった、今行く」
琉生が充電器に繋げていたスマホを取って部屋を後にする。

「あ、琉生。おはよう」
「おはよう、琉生」
咲愛と杏子が挨拶をしてくる。まだこの二人には佑依の事は相談できずにいた。なんて相談したらいいんだ?そもそも相談していいことなんだろうか?とずっと悶々もんもんしていた。
「どうしたの?私の顔なんか付いてる?」
気が付いたら杏子をずっと見ていたらしく、杏子の言葉にハッと我に返る。
「なんでもない」
「変な琉生」
「ほら、二人ともお皿が片付かないわ食べて食べて」
台所で昌太郎の朝食の後片付けをしている咲愛が呆れて声をかけてくる。
「は~い」
「はい。は伸ばさない!もう!」
「はい、琉生。座る前に牛乳取ってよ」
「杏子っ!琉生を使わないの!」
「私のお尻は椅子と同化したのだ~」
杏子がパンを食べている。さっき部屋来たじゃん(笑)と思ったが何も言わずに冷蔵庫を開けて牛乳を取った。
「姉ちゃん、コップある?」
「あるよ~」
「了解。俺も飲もうかな」
琉生も自分の分のコップを戸棚から出して持っていった。
「母さん特性ハニートーストはいかが?」
「ありがと。はい、牛乳」
「サンキュー」
まだ温かい蜂蜜がたっぷり掛かったハニートーストを頬張り牛乳で流す。蜂蜜のほんのりした甘味がもう罪な味を出して何枚でも食べられそうになる。
「まったく」
咲愛は呆れている。琉生はいつもの時間ゆるやかに流れる休日を少しは学校にいるストレスから解放されたと実感する。しかし
「琉生、今日は部活無いの?」
咲愛のその一言で一気に現実に引っ張り出されてきた気がした。『休部をしている』と言う事実を隠したままなのだ。
「今日は部活がないんだ、明日の日曜日は基本的に無いんだ。今日は顧問の先生の事情でさ」
苦し紛れの嘘だった。琉生はこの嘘をこの先この優しい家族にき続けるのか?と思うと、心の中がチクチク痛んだ。
「そうなんだ~琉生の時代と私の時代は違うのか~私なんか休み無しだったから」
「姉ちゃんは高校テニスだろ?」
「そ。遠征になれば県外はざらだったわ~。その度に父さんに大変な思いさせたなぁ~」
染々しみじみと感傷に浸る杏子に琉生はクスッと笑った。
「ご馳走さま。じゃ俺バスの時間あるからもう出るわ」
「行ってらっしゃ~い」
「いってらっしゃい。気を付けていくのよ?」
杏子と咲愛が声を掛けた。
「大丈夫だよ。行ってきま~す」
琉生が家を後にする。残された皿とコップを見て杏子と咲愛が見つめ合う
「何か琉生。変ね」
「今の時期は大会が近いからそんなに休みなんかくれないはずなんだけど、言いたくないことがあるんだよ」
琉生が前に『学校行きたくない』って言ったのを思い出す。でもこの事は杏子と琉生の中で留めている。また突っ込んで訊いてみても良いのだろうか?琉生が傷付かない聞き方があるのではないか?無いのかな?そう思い杏子は考えた。
「杏子?バスは?大丈夫?」
考え事している中悪いけどって感じで咲愛が付け足す時間を見るとバス停まで走らないとダメそうな時間になっていた。
「遅刻する~!今日は先輩と洋服見に行くのに~」
バタバタと準備していた服を着て世話しなく出掛けていった。
シン。と静けさを取り戻した部屋の中に残された咲愛は「さて」と足を引き吊りながら二人の食器を片付けていた。
「今日は録画していたテレビ独占ね」
琉生の様子は少し気掛かりではあったが、自分から言い出したくないことを無理矢理聞き出してもまた嘘を吐いて逃げていくのは分かっている。それは琉生にとって良くないことなんじゃないかと思ってしまい。理由を聞き出せなかった。だから少し様子を見て見守ることも大事なのかと思った。

***

家を出て近くのバス停まで歩いて行き、暫く待つと杏子が来た。
「間に合った~」
ゼエゼエと息を切らして、走ってくるもんだから琉生はビックリした。
「るい~姉を置いてくな~」
「え?このバス乗るの今知ったけど?」
「!あれ?言ってなかったっけ?」
「うん。出掛けるのは知っていたけど。一緒のバスなのは初耳」
驚いた表情をしている弟に少し伝言ミスをしていたことに気付き、何も口に出せず目が泳いでしまった。
「そろそろバス来るから。深呼吸した方良いよ」
「あ、そうね!ありがと」
息を整えてハンカチで額の汗をポンポンと拭った。「ふぅ」と息を整えて空を見る。今日は晴れていてしかも暑すぎず寒すぎずのちょうど良い体感だ、風も少しそよそよと髪を軽くなびかせる。
杏子が息を整えていると、ちょうど良くバスが来るのが見えた。そして二人しか並んでいないバス停に停まりプシューと音を立てる。自動でドアが開き乗り込むといつもは病院に通うであろうお年寄りの乗車率が低くまばらだが若者がちらほら座っているのが見受けられた。
「姉ちゃんどこまで乗るの?」
「一応終点の駅まで乗るよ?琉生は?」
「俺は次の次で降りるよ」
「佑樹くんだっけ?家にも来たことあるよね?」
「あるよ。なんか色々大変みたいだから話聞きに行くの」
あんまり佑依の事は言いにくいことだしいきなり伝えても杏子は混乱してしまいそうだし、間違って「一緒に行く!」なんて言いそうだから、佑依の事は伏せた。
「琉生も辛くなったら言うのよ?」
「!。あ、ありがと」
さりげなく杏子がまるで辛い。悩んでいるって言っているのが分かっているかの様に言うもんだから、琉生はビックリして。隣に座っていた杏子を見た。だが本当にさりげなく言ったことなのだろう、杏子は自分のスマートフォンを見ていた。
「分かったよ」
「琉生は、琉生なんだから。それ以外の何者でもないんだよ?たった一人の私の弟なんだから」
「うん」
それ以上の会話は特に無かったが、琉生は満足だった。佑依にも佑樹と言う素晴らしい兄がいることを知って欲しかった。佑樹の親もちゃんと分かってくれる人なのも知っている。知らず知らずの内に周りから自分を遠ざけてしまっていたのかもしれない。

***

「じゃ、俺ここで降りるから」
しばらくバスに揺られた後、佑樹の家の近くのバス停に着いて琉生はスイカで決済しバスを降りる前に杏子が声を掛ける。
「帰りはゆっくり帰ってきなさい」
「姉ちゃん!」
「何?」
「ありがとう、勇気貰った」
何となく勇気付けられた気がしたのだ。琉生はどうしたら良いか分かってないし、まだ答えも出てないが。佑樹の家までを進めた。

しばらく歩くと青色の屋根が見えてくる。佑樹の家だ。本当なら自転車で来ても良かったが、この間佑樹を後ろに乗せて走っていたらタイヤがパンクしてまだタイヤを交換していない。
馬鹿騒ぎした結果がこれだから昌太郎は呆れてい怒りもしなかった。「楽しめたなら仕方ないな。俺が連休の時タイヤは交換しておくから」と言われとくにおとがめもなかった。まぁ佑樹も一緒に謝りに来たので、怒れなかったのもあるのだろう。
琉生の家から佑樹の家は歩くには少し遠いので自転車がないと必然的にバスになる。夕方のバスの時間を確認し、ふぅと息を着く。目の前には佑樹の家の玄関。そっとインターフォンを押す。
「琉生っ!」
玄関が思い切り開いたと思うと佑樹が立っており、中へ招き入れてくれた。
「悪かったな。バス停まで迎えに行けばよかったけど、部屋片付けてたわ!」
野球部でキャッチャーをして居る佑樹は大会の準備もあるのに無理を承知で休んでくれたんだ。自分が佑依に出来ることをしようと思った。
佑依は今も部屋の中に居る。佑依の部屋は二階の道路側の部屋だった窓もカーテンも締め切って本当に部屋の中に居るのか?と疑問を覚えるほど家の中が静かだった。
「佑樹、両親は?」
「琉生が来るって言ったら自分達は邪魔になるだろうからって、車で二人とも出掛けたぜ?」
「そっか、佑樹。佑依ちゃんは?」
琉生が来たことで喜んでいたが佑依の事を切り出すと佑樹の顔が陰る。目を伏せて重い口を開いた。
「まだ、出てこないんだ。琉生が来るって連絡はしたけど」
声が届かないためスマートフォンで教えたらしい。
「返信は?」
「『ん』だけ、これは良いことなのか?悪いことなのか?どっちだ?」
「落ち着けって、最悪ではないだろ?返信来るんだから」
あたふたとする佑樹に、落ち着くようになだめる琉生。本当にしんどいなら周りに目が向かないような気がしたから何となくだが自分の経験だ。琉生も佑樹にも言えなかった頃学校にも行くのが嫌で、重い体を引き吊り起きたことがある。
「部屋に行って良いか?」
「あ、ああ!勿論だ!」
二階へ案内される琉生。そして部屋の前まで来る。
「後は良いから、下に居てくれ」
「わ、分かった」
「いいか!俺が出て下に行くまで絶対二階に来るなよ?」
「お、おう!」
佑樹を追いやり、琉生は小さく呼吸を整える。そして佑依の部屋の扉を小さくノックした。

トントン

「佑依ちゃん。琉生だよ。佑樹は下に行ったよ、中に入れてくれないかな?」
しんと反応はない。やはりダメか。と落胆していると、ガチャと鍵が開く音が聞こえ中から佑依が出てきて見上げてくる。
「琉生さん。入って」
か細い声でボソリと呟くように発した声を頑張って拾い「ありがとう」と言ってゆっくり部屋に入った。
「ごめん。来るの知ってたけど、私このままで大丈夫?」
佑依はパジャマのままで髪もボサボサでかしていないのだろう寝癖が付いたままである。
「大丈夫だよ?」
琉生が「大丈夫」と言うと佑依はホッと肩を撫で下ろしたような気がした。他人と会うのも久しぶりなのだろう、佑依は少し緊張はしているようだ。してや琉生は一応男だし。
「お兄ちゃんが琉生さんに変なこと言ったんでしょう?ごめんね?お兄ちゃん、なんか私に対して過保護なところあるから」
当たってます。めっちゃ心配してます。とも言えず。
「でも、答えにくいなら答えなくて良いけど。じ、自傷してしまったんでしょ?だったら過保護なアイツが俺になんか相談してくるかな?」
「そう、だよね。私いつもみんなが寝静まってから。切っていたのよ、でもあの日は偶々たまたまお兄ちゃんが起きてきて」
「そっか?でも自傷って痛いんじゃない?」
「ん~、思いの外痛くないかな?私も最初死にたくて、切ったけど深くなかったのか?私の覚悟が足りなかったのか?死ねなくてさ。でも一瞬その時の苦しみがスーって無くなる気がしたの」
自傷ってそんなに自分の苦しみがなくなるのかな?なんて琉生は思ったけど。もし琉生が八方塞がりの状態になったらもしかしたら自分も同じ事をしていたかもしれない。なんだか佑依の気持ちが分からないでもなかった。
「見る?」
「え?」
急に長袖で隠している手首を見るかと訊いてくる佑依に少し戸惑いを覚えたが、申し訳ないけど『見てみたいかも』と言う好奇心がまさってしまった。
「いいのか?」
戸惑いを隠しきれず重い口を開く琉生。
「良いよ、琉生さんならなんか見せても大丈夫」
「ありがと」
礼を言うと佑依は両腕の袖をたくし上げる。するとそこにあったのは見るも無惨な無数の傷の跡だった。
「これがちょっと深くて、こっちはこの間ので」
琉生が傷跡の多さに驚愕きょうがくしていると、何も気にせず自傷の傷跡の説明をし出す。
「せ、説明は良いから」
汗って佑依の言葉をさえぎる。佑依は「そう?」とまだまだ説明し足りなさそうな顔をする。どうしてこんなことしているんだろう?怖かったが訊いてみることにした。
「自傷すると、その。さっきスッキリするって言っていたけど。死んでしまうとか思わないかな?」
「ん~。私の事誰も必要としていないから」
「そんなこと!」
「じゃあ。琉生さんは誰のために生きているの?好きな人?友達?親とか姉弟?」
「誰のためって言われても、それは分からないけど。誰にも必要とされてない人なんか居ないよ!」
「琉生さん。綺麗事だよ?それは」
佑依が目を伏せる。そして袖を降ろしながらぎゅっと唇を噛んだのが分かった。

綺麗事

本当にそうなのだろうか?琉生が今まで声を掛けてきてそれ総てが玉砕ぎょくさいされてしまう。言い訳な感じは特に感じない。佑依は世の中と言うものを俯瞰ふかんして見ているのだろう。だから人より人の汚い所が見えてしまいそれが嫌悪感や世の中に期待感を薄くしているのかもしれない。でもこれは佑依が自分を取り巻く環境を大人の手を借りて敷き直すしかないと思った。
「綺麗事でも、世の中は好きなんだよ。綺麗事」
「そっか、私世の中捨てたものだと思ってたけど琉生さんの言うキレイゴトもう一度期待しても良いかな?」
「いつでも相談したら良いよ。俺も綺麗事言ってしまった手前何とかしないとね。俺の力は小さくてまだ佑樹や姉の力が必要なんだ。たくさんの障害を歩む仲間が欲しいんだ」
「私もその仲間に入れてよ?」
「おいでよ!」
琉生が手を伸べると佑依がボロボロの手で琉生の手をヒシっと握り締めた。
「佑依ちゃん?辛いのは自分だけじゃない、俺も学校行きたくない。この世から消えたい。家族に言い訳するのも疲れたんだ」
「じゃあ、本当に綺麗事なんだけど。琉生さんは綺麗事が好きなんだね?」
「誰だってそうだよ。人は綺麗事が好きなんだよ。大丈夫。時間は止まらない。でも人は立ち止まる生き物だから」

ああ・・・・・・これも綺麗事か。

感傷に浸ったが佑依の目からは涙が一筋落ちた。
「琉生さん。私ね、」
「いいよ。大丈夫。佑依ちゃんは間違ってない。間違っているのは佑依ちゃんを取り巻く環境なんじゃないかな?」
「!私、高校行くか悩んでいたけど。行ってみたい!琉生さんの高校通いたい!」
佑依が急にそんなことを言い出すものだから。琉生は顔をクシャっとさせて。
「そうだね」
そう笑った。
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