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第11話 冒険者の救助

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 僕が ▽冒険者に救助依頼する(推奨)欄をタップすると、アプリにメッセージが表示された。

『救助要請を受領しました。救助依頼を発注しました』

 僕達の救助依頼は発行されたらしい。
 これでもう救助依頼のキャンセルはできない。

「…どのくらいで救助が来るのかな」

「わからないよ。だけど数時間ってことはないんじゃないかな」

 アンテナの不安には、出来るだけ楽観的な見通しで答えた。
 それ以上かかると日が沈んでしまうから、という不安は言葉にしなかった。

 とはいえ、念のために夜明かしする際の準備も確認した方がいいかもしれない。
 明るいうちに薪や小枝を集めたり、スマホの電波が通じるうちに夜間キャンプのガイドマニュアル等もダウンロードしておいた方がいいだろうか。

 テントがなかったら枝を組み合わせてシェルターとかを作るんだっけか。
 サバイバルゲームやそれ系の番組で見たことはあるけれど、実際に木の枝と落ち葉のテントで寝る自分を想像するのは難しかった。
 虫が多そうだし硬い地面は痛そうだ。

『救助依頼の受領を確認しました』

「はやい!?」

 依頼時刻からほんの数分でアプリに受領メッセージがきた。

「え、もう来たの?早くない?」

「早いね。早すぎる」

 依頼を見るとステータスが『遂行中』へ変化していた。

 普通の依頼募集だと複数の応募者を比較してどの冒険者に依頼するかを最終決定したりするものだけど、今回のような緊急依頼はそのあたりの手順をすっ飛ばして先着依頼者にアプリで自動発行されるっぽい。

 救助依頼は時間との戦いの側面も強いから、この処理は正しい気がする。
それでも、早い。

「それにしても…どこの誰が依頼を受けてくれたんだろうね?」

 救助依頼は地方限定依頼のはずだから、まかり間違って北海道の冒険者やアメリカはテキサスの冒険者が受けたりはしていないと思うけど、それにしては不自然に早すぎる。

「一応、冒険者の情報は見られるみたいよ?」

「ほんとだ。僕達もこんな感じに見られていたのかな」

 依頼者には担当冒険者の個人情報がある程度開示される。
 普段は冒険者として情報を見られる立場だったから、見る立場になるのは少し新鮮な体験だ。
 とはいえ書かれている項目は、案外情報量が少なかった。

「ふーん…性別とか年齢は開示されないんだね。あと…人種?宗教?そんな項目書いたっけかな」

「なんか差別になるからって表示は禁止されてるみたい」

 SNS連携で自動で項目を埋めたからか聞かれなかったみたいだ。
 もし宗教を聞かれたらスパゲティモンスター教とかジェダイ教とか書いたのに。

「名前は、赤井ソニア…レッドソニアのもじりだね。冒険者ネームかな?」

「説教臭いファンタジーオタクおじさんじゃないといいわね」

「冒険者ネーム持つぐらいの人だから、そのあたりは柔軟じゃないかな?」

 冒険者に限らず現代の人は個人情報保護のために本名を名乗る機会は少ない。

 SNS上ではSNSごとに別の専用ネームを使うことが多いし、ゲームアカウントでは専用のネームを使用して親しい人にしか教えない。
 個人情報の保護と本名の特定を防ぐためだ。

 そのあたり意識低めの僕でさえSNS用に3つ(うち1つは外面が良く見える公的用途)、ソシャゲ用に1つ、ゲーム用に1つ、計5つの個別のネームを持っている。

 この赤木ソニアという人も、そうした冒険者ネームを個別に設定した一人なのだろう。
 名前のつけ方のスマートさのセンスや感触からすると、それなりにネットリテラシーがある柔軟な性格の人である気がする。

「冒険はレベルは…げっ!27!?」

「えっ!高い!凄すぎない!?」」

 冒険者アプリが設定する個人の冒険者レベル(アンテナがレベル5、僕がレベル3)は受けてきた依頼の数や質で上下する。

 僕達のように低レベルなうちはどんな依頼を受けてもレベルが上がっていくけれど、一定以上のレベルになるとガクッとレベル上昇が鈍る。
 これは意地悪をするための仕組みじゃなくて、低レベル依頼は低レベル冒険者に、高レベル冒険者は相応のレベルの依頼を受ける動機になるよう調整されている措置のため、らしい。

 アメリカの基準でいうと―――日本の事例は少なすぎてまだ基準が出来ていないのだ―――、一般にレベル10で駆け出し卒業、レベル20で一人前、レベル30ともなると専門家、という扱いだったはず。
 そこまでの高レベルになると、もはや自分のパーティーを法人化してPMCを立ち上げるぐらいの冒険者ガチ勢である、と言われている。

 レベル27なんて高レベルの冒険者が日本にもいるのが信じられないレベルの高さだ。

「こんな人、日本にいたんだ…」

 アンテナも同じ印象を持ったらしい。
 熱に浮かされたようにぼうっとスマホの画面を眺めている。

 ふと、何か音が聞こえた気がして僕は視線を上げた。

「なに?クマ?鳥?」

「いや、なんかエンジンとかモーターみたいな…あれか?」

 地滑り跡で視界の開けた街側の山裾から何か、小さく黒っぽいものが高速で急上昇してくるのが見える。
 背景の地面と紛れて見えにくいけれど…あれは…小さなプロペラが何枚も見える…6…8枚か?大きい。

「ドローン…かな?羽の枚数が多い。企業とか農場で使ってるやつだ…って、こっちに来る!」

 差し渡しで1メートル以上ある大型のドローンは数分であっと言う間に僕達の頭上まで飛んでくると、樹木にかからない高さでホバリングを始めた。

「…救助かな?」

「たぶん…だけどあれに捕まって降りるわけにもいかないし。って、何か落とした!」

 僕達が首が痛くなるぐらいの角度で上を見上げていると、ドローンは抱えてきた白く小さな箱を僕達に向かって投下した。

「…あぶなっ…くもない?」

 ポスっと、地面に落ちた箱は見た目の質量よりもかなり軽い音をたてた。

 よく見ると近くの地面に落下した荷物は雑誌ぐらいの大きさの発砲スチロールケースで、外側にプチプチの緩衝材がダクトテープでぐるぐると巻かれている。
 ダクトテープには油性ペンで「通信機!開けるように!」と勢いよく走り書きの指示が日本語で書かれている。
 赤木ソニアは日本人らしい。

「ハサミハサミ…ええと、カッターの方がいいかな…どこだっけ…」

「もう、スイデンそれぐらい用意しときなさいよ!えっと、たしかポイントで買った冒険者ナイフがどこかに…ナイフナイフ…」

 ダクトテープを切って中身を取るために、慌てて僕とアンテナはザックの荷物をひっくり返しはじめた。
 あまりに対応が早くて信じられない思いだった、ということもある。

 救助依頼を出してから15分も経っていないのだ。
 展開が早すぎた。

 もたもたと緩衝材とダクトテープを冒険者ナイフで切り開くと、緩衝材に巻かれて小さな通信機が1台入っていた。

「スイデン、これ使ったことある?」

「た、たぶんスイッチをオンにすればいいんじゃないかな」

 周波数をどうこうする必要がある、などと言われたらお手上げだ。
 そのあたりは既に調整されているものだと信じるしかない。

 赤くて大きいON、と書かれたスイッチを押すと、すぐにしっかりした大人の声がスピーカーから流れ出した。

「…もし…聞こえる?こちら冒険者赤木ソニア!救助依頼を受けました!冒険者スイデンくんに冒険者アンテナさん?怪我はない?」

 力強く、それでいて温かに感じられる声は、意外なことに女の人だった。

「あっ…はい、よく聞こえます。こちら冒険者スイデン。アンテナも2人とも無事です。怪我はないです」

「良かった!頑張ったわね。すぐに助けてあげるから、そこを動かないで!ドローンで場所は把握してるから!」

「…はい」

 一旦通信を切った僕は、涙を堪えるのに懸命だった。
 アンテナがいなければ、声を上げて泣いていたかもしれない。

 幼馴染の前では大人ぶっていたい、というプライドが邪魔をして認めたくなかったけれど、僕は怖かったんだと思う。

 僕にとっての大人は、いつも「あれをしたらダメ」「これはダメ」と僕の行動を禁止したり世界を狭くする壁だった。

 だけど、この冒険者は違った。
 バカなことをして失敗した僕のことを認めて、大人として励ましてくれた。

 そんな大人は初めてだった。
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