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第8話 山に登ろう
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冒険者に必要な資質とは何か?
冒険者が登場するアニメや小説では、主人公は何度も己に問い、また人に答える場面が出てくる。
僕は、そうした冒険者がヒロイックに夢や信念を語る場面が好きだった。
そうして中学生の僕は何度も想像したものだった。
もしも僕が異世界転生して「冒険者に必要な資質とは何か?」と問われたら何と答えよう?と。
世界への飽くなき好奇心だろうか?
何者にも怯むことのない勇気だろうか?
如何なる困難をも解決するスキルだろうか?
伝説の剣や鎧などの潤沢な装備だろうか?
高校生になった今の僕なら断言できる。
体力です。
★ ★ ★ ★ ★
夏は太陽が近づく季節。
朝からジリジリと容赦なく露出した手の甲を焼いてくる。
高層大気の電離層を通り抜けた紫外線に攻撃されている皮膚細胞が発する悲鳴が聞こえる気がする。
実際には太陽との距離が変化するのでなく地球の傾きのせいで太陽との角度が変化する、と理科で習った記憶があるけれど、理屈がどうであっても暑いものは暑いのだ。
田舎の人は都会の人と比べて意外に体力がない、という。
都会の人なら歩く距離を自動車で移動してしまうので歩く行為が不足しているから、らしい。
だけど幸いなことに?片田舎の貧乏高校生の僕は車なんて持っていないから、それは当てはまらない。
どんなに近くても隣家まで1㎞はある環境で子供の頃から自転車を乗り回してきたわけで、脚力と体力には少しばかり自信があったのだ。
それはアンテナも同じだっただろう。
けれども、そんな田舎の子供の細やかな自負は「圧倒的な装備の重さ」という現実の前には全くの無力なのだった。
「おもいー」
「重いね…」
一歩、山道を登るたびにザックの重さが両肩に食い込んでくる。
そのうち鎖骨が折れるのじゃないだろうか。
最初の依頼だし「まずは近場から」とアンテナと僕は余裕をもって慎重な依頼を選んだつもりだったけれど、それはあくまでつもりでしかなかったことを思い知らされた。
登山道が未整備な山を登るものだから、何といっても視界が悪い。
先の道が見えないと不安になるし、不安は疲労につながる。
さらには低い藪を鉈で払いながら進むという慣れない作業も加わってくる。
「いてっ」
枝を払った拍子に木の枝が保護ゴーグルに当たった。
「あぶね…ゴーグルがなかったら痛いじゃ済まなかったな…」
買ってて良かった保護ゴーグル。
登山は大変だけれども、冒険者アプリのアドバイスが有効なことに少し勇気づけられる。
藪をかき分けて後ろからついてくるアンテナには、違う意見があるようだ。
「あたし…東京に行って冒険者になるわ…」
「その心は…?」
「東京には山がないでしょ…?」
「へえ…詳しいね。ああ、23区の一番高い山は愛宕山の標高26メートルだって」
山であってもまだ電波が通じるので今のところ検索に不都合はない。
「役所の建物より低そう」
「うちの街も役所だけは立派だものね」
どこの地方でもありふれた話だけれど、今となってはドローンとAIとテレワークの普及お陰でほとんど無人になっている役所は、建物だけはバブル頃に設計されて景気対策で地元建設会社への公共工事として発注され続けていたおかげで――人はそれを癒着というかもしれないけれど――人口不相応に立派なのだ。
「インター前のタワマンよりは確実に低いね」
近くの高速道路のインターチェンジ前に、なぜか一棟だけ20階建てのタワーマンションが建っているのは、うちの街の七不思議のひとつだ。
たぶん中国人のお金持ちを「東京から1時間」とか適当なマンションポエムを並べ立ててうまいこと売りつけたんだろう、と噂されている。
たまに農場ドローン関係で東京の企業の人達が出張する際に短期滞在でホテル替わりで使われているらしい。
くだらない話をしつつ道なき道の山を登り続ける。
地図アプリでは罠の場所までほんの数㎞の距離だったはずが、もう何時間も登っている気がする。
これは自分でも冒険者に依頼するわ…定期的に回るとか絶対に無理だ。
★ ★ ★ ★ ★
「指定のGPS座標は、そろそろのはずよ」
しばらくして、アンテナが冒険者アプリの依頼とGPS座標を比較しながら指摘した。
「やれやれ、ようやくか」
依頼された座標に赴いて、罠に動物がかかっていないか確認する。
次に罠の状態を確認した上で写真を撮って、アプリにアップロードすれば僕達への依頼は完了だ。
少し苦労はしたけれど、多めの冒険者ポイントと経験値と最初の山の討伐依頼達成の実績が手に入る。
「これって、適当な場所で適当に写真撮って上げたらダメなの?」
「ダメだよ、嘘をついてもすぐにバレるさ。写真にデータが入ってるんだって」
「はー。よく出来てるわね」
「軍事関係の技術なんだってさ」
アップロードする写真データには撮影した場所や時間のデータも暗号化されて添付されている。
なので適当な場所で撮った写真で誤魔化すことは出来ないようになっている、と規約に注意が書いてあった。
もともとは軍事関係の技術だったらしい。
インターネットもGPSも元は軍事技術だったらしいし、さすが軍事大国アメリカ。
毎年山のようなFPSゲームタイトルが売れ続けているだけのことはある。
「このあたりのはずだけど…」
「たしか、印があるんだよね」
罠をしかけた場合、そこに罠があると判るよう印をつけておく義務がある。
依頼にも罠を仕掛けた場所の近くの木の幹にオレンジのビニールテープが巻きつけてある、と書いてあった。
「あっ!あれじゃない!?」
アンテナが指す方向には木の合間にオレンジ色のテープが見えた。
よかった。依頼されたGPSの座標は正確だったみたいだ。
最近のGPSは数センチ単位の精度を出してくるから技術的な心配はしていなかったけれど、勘違いや転記ミスのようなヒューマン・エラーの余地はある。
登山で疲労困憊している上に、重い荷物を背負って近くを探し回る羽目にならなくて良かった。
「罠に獲物はいないみたいね。撮るわよー」
登山杖によりかかりつつ、アンテナが罠があるらしき場所をスマホで撮影する様子を見守る。
それで僕たちの依頼の討伐依頼は完了。
そう、思っていたんだ。
「あれ…?アップできません…?」
アンテナが不思議そうにスマホを眺めている声が聞こえた。
「スイデンの方はどう?電波通じる?――スイデン?ねえスイデンったら!どうしたの?」
僕は話しかけたのに無視されて、だんだんと不機嫌さを隠そうともしなくなったアンテナの声に答えられずにいた。
なぜって、僕の視線は、目の前の樹木に僕の視線よりもずっと高い場所に、深く、何度も刻まれた出来たばかりの鋭い爪痕に釘付けになっていたから。
冒険者が登場するアニメや小説では、主人公は何度も己に問い、また人に答える場面が出てくる。
僕は、そうした冒険者がヒロイックに夢や信念を語る場面が好きだった。
そうして中学生の僕は何度も想像したものだった。
もしも僕が異世界転生して「冒険者に必要な資質とは何か?」と問われたら何と答えよう?と。
世界への飽くなき好奇心だろうか?
何者にも怯むことのない勇気だろうか?
如何なる困難をも解決するスキルだろうか?
伝説の剣や鎧などの潤沢な装備だろうか?
高校生になった今の僕なら断言できる。
体力です。
★ ★ ★ ★ ★
夏は太陽が近づく季節。
朝からジリジリと容赦なく露出した手の甲を焼いてくる。
高層大気の電離層を通り抜けた紫外線に攻撃されている皮膚細胞が発する悲鳴が聞こえる気がする。
実際には太陽との距離が変化するのでなく地球の傾きのせいで太陽との角度が変化する、と理科で習った記憶があるけれど、理屈がどうであっても暑いものは暑いのだ。
田舎の人は都会の人と比べて意外に体力がない、という。
都会の人なら歩く距離を自動車で移動してしまうので歩く行為が不足しているから、らしい。
だけど幸いなことに?片田舎の貧乏高校生の僕は車なんて持っていないから、それは当てはまらない。
どんなに近くても隣家まで1㎞はある環境で子供の頃から自転車を乗り回してきたわけで、脚力と体力には少しばかり自信があったのだ。
それはアンテナも同じだっただろう。
けれども、そんな田舎の子供の細やかな自負は「圧倒的な装備の重さ」という現実の前には全くの無力なのだった。
「おもいー」
「重いね…」
一歩、山道を登るたびにザックの重さが両肩に食い込んでくる。
そのうち鎖骨が折れるのじゃないだろうか。
最初の依頼だし「まずは近場から」とアンテナと僕は余裕をもって慎重な依頼を選んだつもりだったけれど、それはあくまでつもりでしかなかったことを思い知らされた。
登山道が未整備な山を登るものだから、何といっても視界が悪い。
先の道が見えないと不安になるし、不安は疲労につながる。
さらには低い藪を鉈で払いながら進むという慣れない作業も加わってくる。
「いてっ」
枝を払った拍子に木の枝が保護ゴーグルに当たった。
「あぶね…ゴーグルがなかったら痛いじゃ済まなかったな…」
買ってて良かった保護ゴーグル。
登山は大変だけれども、冒険者アプリのアドバイスが有効なことに少し勇気づけられる。
藪をかき分けて後ろからついてくるアンテナには、違う意見があるようだ。
「あたし…東京に行って冒険者になるわ…」
「その心は…?」
「東京には山がないでしょ…?」
「へえ…詳しいね。ああ、23区の一番高い山は愛宕山の標高26メートルだって」
山であってもまだ電波が通じるので今のところ検索に不都合はない。
「役所の建物より低そう」
「うちの街も役所だけは立派だものね」
どこの地方でもありふれた話だけれど、今となってはドローンとAIとテレワークの普及お陰でほとんど無人になっている役所は、建物だけはバブル頃に設計されて景気対策で地元建設会社への公共工事として発注され続けていたおかげで――人はそれを癒着というかもしれないけれど――人口不相応に立派なのだ。
「インター前のタワマンよりは確実に低いね」
近くの高速道路のインターチェンジ前に、なぜか一棟だけ20階建てのタワーマンションが建っているのは、うちの街の七不思議のひとつだ。
たぶん中国人のお金持ちを「東京から1時間」とか適当なマンションポエムを並べ立ててうまいこと売りつけたんだろう、と噂されている。
たまに農場ドローン関係で東京の企業の人達が出張する際に短期滞在でホテル替わりで使われているらしい。
くだらない話をしつつ道なき道の山を登り続ける。
地図アプリでは罠の場所までほんの数㎞の距離だったはずが、もう何時間も登っている気がする。
これは自分でも冒険者に依頼するわ…定期的に回るとか絶対に無理だ。
★ ★ ★ ★ ★
「指定のGPS座標は、そろそろのはずよ」
しばらくして、アンテナが冒険者アプリの依頼とGPS座標を比較しながら指摘した。
「やれやれ、ようやくか」
依頼された座標に赴いて、罠に動物がかかっていないか確認する。
次に罠の状態を確認した上で写真を撮って、アプリにアップロードすれば僕達への依頼は完了だ。
少し苦労はしたけれど、多めの冒険者ポイントと経験値と最初の山の討伐依頼達成の実績が手に入る。
「これって、適当な場所で適当に写真撮って上げたらダメなの?」
「ダメだよ、嘘をついてもすぐにバレるさ。写真にデータが入ってるんだって」
「はー。よく出来てるわね」
「軍事関係の技術なんだってさ」
アップロードする写真データには撮影した場所や時間のデータも暗号化されて添付されている。
なので適当な場所で撮った写真で誤魔化すことは出来ないようになっている、と規約に注意が書いてあった。
もともとは軍事関係の技術だったらしい。
インターネットもGPSも元は軍事技術だったらしいし、さすが軍事大国アメリカ。
毎年山のようなFPSゲームタイトルが売れ続けているだけのことはある。
「このあたりのはずだけど…」
「たしか、印があるんだよね」
罠をしかけた場合、そこに罠があると判るよう印をつけておく義務がある。
依頼にも罠を仕掛けた場所の近くの木の幹にオレンジのビニールテープが巻きつけてある、と書いてあった。
「あっ!あれじゃない!?」
アンテナが指す方向には木の合間にオレンジ色のテープが見えた。
よかった。依頼されたGPSの座標は正確だったみたいだ。
最近のGPSは数センチ単位の精度を出してくるから技術的な心配はしていなかったけれど、勘違いや転記ミスのようなヒューマン・エラーの余地はある。
登山で疲労困憊している上に、重い荷物を背負って近くを探し回る羽目にならなくて良かった。
「罠に獲物はいないみたいね。撮るわよー」
登山杖によりかかりつつ、アンテナが罠があるらしき場所をスマホで撮影する様子を見守る。
それで僕たちの依頼の討伐依頼は完了。
そう、思っていたんだ。
「あれ…?アップできません…?」
アンテナが不思議そうにスマホを眺めている声が聞こえた。
「スイデンの方はどう?電波通じる?――スイデン?ねえスイデンったら!どうしたの?」
僕は話しかけたのに無視されて、だんだんと不機嫌さを隠そうともしなくなったアンテナの声に答えられずにいた。
なぜって、僕の視線は、目の前の樹木に僕の視線よりもずっと高い場所に、深く、何度も刻まれた出来たばかりの鋭い爪痕に釘付けになっていたから。
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