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第1話 僕は埼玉のガンスリンガーボーイ
しおりを挟む物理的にはあり得ないことだけど。
世界の時間は止められる、と言う人がいる。
やり方は簡単。
深く息を吸って、止める。
それだけ。
ほんとかよ。
お手軽過ぎて信じられない。
だけど息を止める。
その能力が、今こそ必要だから。
「そっちそっちそっち!そっち行ったわよ!スイデン!」
みずた、だっつーの。
僕は元アメリカ大統領じゃないから。
あと「そっち」言い過ぎ。
スマホから聞こえた枝菜《おさななじみ》(あだ名はアンテナ)の喚き声に内心で返しつつ、構えたライフルの照準が狂わないようじっと待つ。
息を止めろ。
心臓を止めろ。
時間を止めろ。
狩りで重要なことは待つこと。
動かないこと。
石になれ。
ビーイングライクアストーン。
髭もじゃテンガロンハットでトレードマークのアメリカ人に人気のハンティング動画撮影者も、そう言ってた。
英語字幕を読んだだけなので、たぶんそんな意味のことを。
とはいえ、薄暗くなり始めた畑の中で慣れない射撃姿勢と緊張感を保ちつつじっと待つのは少しつらい。
考えるな。感じろ。僕は石だ。
そんじょそこらの石じゃない。
御影石になるんだ。
あれ、御影石って花崗岩だっけ?安山岩?
考えれば考えるほど逆にとりとめなく無駄と邪念が沸いてくる。
すでに目標は別の方向に行ったのじゃないか?
ひょっとして今にも自分の背後を標的が駆け抜けていくのを、間抜けにも見逃しているのじゃないか。
そういえば空気銃に弾丸はちゃんと装填したろうか?
一度気になると施錠した家のことまで気になってくる。
家のカギは閉めたか?―――たぶん閉めた
窓のカギはしたか?――― たぶん閉めた
ガスの元栓は占めただろうか?―――たぶん。いや料理しないからわからない。
あ。
来た―――
数秒後、実際にはもっと短かかったのかもしれないけれど、手前の茂み30メートルほどのところから、討伐依頼対象が飛び出してきた。
反射的に引き金を引くは自制できた。
石になっていたおかげだ。
まだだ。
まだ撃つな。
まだ遠い。
あの距離で動く標的は練習でも当てたことがない。
弾丸は高いのだ。
外すわけにはいかない。
焦るな。
絶対に止まる瞬間が来る。
機会の到来を信じて、息を殺して待つ。
そうして、討伐対象が再び駆け出す前に一瞬、力を溜めるようにとまったとき。
今っ!!
ことり、と引き金を落とすと、パスっと鋭い空気の射出音と共に発射されたバイオ弾が討伐対象の耳の下に命中した。
見えなかった。けど判った。確かに「当たった」手ごたえがあった。
「やった!」
討伐対象の害獣は、ばたりと倒れて動かない。
伏せたまま拳だけで小さくガッツポーズ。
トウモロコシ農家、大井さん宅の畑を二週間にわたり荒らしてきた標的《ハクビシン》の討伐、成功である。
ハクビシンだよ。ハクビシン。
知らない?
臭いしすばしこい害獣で報奨金の対象なんだってば。
★ ★ ★ ★ ★
「あんだけ苦労して、これっぽっちか…」
討伐完了したハクビシンの遺骸をビニールに突っ込み、写真データを添えて役所の害獣対策課に届けると5000円が後日振り込まれるんだ。
一緒に組んだアンテナと山分けすると、たったの2500円。
調査して、待ち伏せして、上手いこと仕留めて。
たったそれだけ。
今日はたまたま上手く狩れたけれど、討伐は失敗することだって多い。
かけた時間と手間と失敗のリスクを考えると、近所のコンビニかファーストフードでバイトした方がマシな金額である。
農作物の害獣は深刻化する一方なのに、年々縮小する地方行政の対策予算はまことに厳しい、としか言いようがない。
「ふふっ。深刻ぶったってだめよスイデン。見てよ、ポイント入ってるわよ。あと経験値60でレベル4ね!」
アンテナがタップしたアプリの画面には「討伐任務完了!冒険者経験値+20、討伐ポイント10を入手」とあった。
ポイントは1ポイントを500円に換算できるので実質報酬は5000円+2500円で占めて7500円である。
放課後に高校生がバイトで稼ぐ金額としては、ちょっとしたものになる。
「まったく、誰が作った知らないけどアプリさまさまだよなー」
上機嫌でポイントを全額金銭に換算するアンテナを見やりつつ、僕も自分が笑みを浮かべているのがわかる。
これでソシャゲに課金もできるしゲームも買える。
この田舎の高校生のお小遣いのピンチを現在進行形で救っている神アプリの名称を「冒険者アプリ」という。
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