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第48話 みんなのお仕事

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 川底から屑を拾う仕事は、若い男達にとって重労働ではありませんでしたが、さりとて楽で美味しい作業というほどでもありませんでした。

「労働強度 ガ 適切 デアル」と御柱様は表現するであろう通り、とにかく絶妙な苦しさであったのです。

 ざぶんと川に飛び込み、金屑や木材を拾い上げては舟に載せる。
 川のおかげで暑くはありませんが、単調で退屈な力仕事ではあります。

「なんつーか、拍子抜けっつーか・・・そうでもねーっつーか」

「いいから、黙って拾え。拾えば拾うだけ金になる」

 怒鳴りつけたり鞭を振るう監督官もおらず、ただ仕事を任されるだけという現場は、若い男達には始めての経験でした。

「楽かと思えばそうでもねーし・・・金にはなるんだよな・・・」

 男はぼやきつつ、またざぶんと川に飛び込んでは川底に目を凝らします。

 最初のうちは川原や浅瀬に落ちているものを拾うだけで良かったのです。
 艦の木材は薪になりますし、肋材に打ち込まれた釘やリベットは貴重な金属ですから、男達は回収に夢中になりました。

「こいつが石炭ってやつか。しかし石を燃やして何が嬉しいんかねえ」

「全くだ。燃料が欲しければ山羊や羊の糞を燃やせば良かろうに」

「王国人の考えてることはよくわからねえ。だが金にはなる」

 数日働いてみて男達は気がついたのですが、石炭という黒い石ころの取引価値が妙に高めに計算されているようなのでした。

 理由を問いただしたくても、侍女服の小娘は最初の日以来、顔を出しません。
 男達は決められた場所に屑を積み上げ、翌日になると一定量の屑が税として引き取られているので、それを舟に積んで持ち帰っています。

「あれだけの量をどうやって持ち帰ってるんかねえ。夜となると舟も浅瀬に乗り上げて危ないのと違うか」

「わからんなあ。あの娘だけで持ち帰れる量でもなかろうに」

 かと言って、誰も作業を見ていないかというと、そうでもないらしいのです。

 あるとき、作業者の中に不心得な者が1人いて、全量回収が規定されているにもかかわらず拾った金属をそのまま持ち帰った者がいました。
 すると翌朝は積み上げておいた山からの税が普段より大きく引かれていたのです。

 男達は青くなり、手癖の悪い若者に鉄拳で制裁をして1週間の出入りと禁止しました。
 翌日の税は普段通りの割合に戻っていました。

「王国人のやることってのは、ほんと気味が悪いな・・・」

「いいんだよ、契約通りに仕事すれば。それ以外は考えるな」

「たしかに金にはなるんだよな・・・」

 艦に使われている釘やリベットは王国の製鉄所で軍艦用に作られた高品位の鉄製品です。村の鍛冶屋が打ち直せば、切れ味鋭い剣や丈夫な鍋に生まれ変わるので高く取引されています。

「おまけに気を使ってくれてるのは確かだな」

「そうだな」

 拾いものを置く土地には艦の肋材を用いたと覚しき太い木材の柱が間隔を空けて数本、無造作に打ち込まれてあり、釘やフックをねじ込んで大きめの布を張れば、いい加減の日陰の休憩所ができるようになっています。

「おまけに、この水。生き返らあ!」

 柱の下には大きな水瓶になみなみと綺麗な水がたたえられています。
 1日1瓶だけですが、日向で作業する男達にとっては有り難い差し入れなのです。

「まあ、しっかり働けってことだな」

「違いねえ」

 男達は口々に言い合いながら、午後も作業に励むのです。

 ◇  ◇  ◇  ◇

「そうそう。しっかり働いてください」

「働 クノデス」

 あたしは、空中眼から中継される映像歯車《テレビカム》で男達の様子を見ています。
 遠隔作業監督《てれわーく》、というやつだそうです!

「あらあら。リリアはすっかり資本家《ブルジョワジー》になってしまいましたね」

「聖女様こそ、すっかり有閑淑女《ゆうかんまだむ》ですよ」

「私は違います。高等遊民《こうとうゆうみん》というのです」

「全部 同ジ デアル」

 あたし達は神殿ですっかりくつろいでいます。
 昼の暑い時間帯は紅茶を淹れて休憩するのです。

「無煙炭 ハ 良イ 燃料 デアル」

「良かったです」

 御柱様は無煙炭がお気に召したそうです。
 泥炭よりも高出力になるので蒸気を貯めやすいのだとか。

「そんなにたくさん貯めてお腹いっぱいになったりしません?」

「回転 ニ 変エテ イル。問題 ナイ」

「ならいいんですけど?」

 御柱様も、聖女様と同じようにときどきよくわからないことを仰います。

 ◇  ◇  ◇  ◇

 自称王子の男は、片目と片腕の傷口から悪い菌が入ったのか、高熱でうなされていました。
 魔導蒸気列車で医療室に乗せられていなければ、そのまま死んでいたかもしれません。

「先生、この患者はどんな様子ですか?」

「うむ・・・おそらくは南方病だな。怪我の傷口が汚れた水に長時間さらされていたせいで、悪い病気や寄生虫が血液に入り込んだのだ。遅いかもしれんが傷口は焼いて消毒するしかないだろう」

「わかりました。準備します」

 医者と看護師は患者を救うために全力を尽くしています。

「麻酔が足りんから死ぬほど痛いが死ぬよりはマシだろう。枷をかませて、手足をベッドに縛り付けて」

「はいっ!」

「よし、ではコテで焼くぞ。肘のつけ根と・・・目か。脳にダメージがないといいが」

「押さえます」

 医者は真っ赤に熱したコテを患部に持って行きます。
 焼くことで膿んだ患部を消毒するためです。

「すぐに済む。こらえるように!焼くぞ!」

 ジューーーっと、肉と骨の焼ける嫌な臭いが医療室に立ちこめます。

「ギャアアアアアッ!!」

「しっかり押さえて!次は目だ。動くと大変なことになる!」

 地獄の苦しみにバタバタと跳ね回る男を医者と看護師は懸命に押さえつけます。

「動くな!死ぬよりはマシだろうが!」

 そうして医者は患者を救うため真っ赤なコテを膿んだ目に押しつけ「死ぬよりはマシ」な痛みを患者に与え続けました。

「ふう・・・おや。少し換気だ。窓を開けてくれ」

「はい。タオルとバケツも持ってきます」

 医療室には先ほどと同じように肉の焼ける嫌な臭いと、苦痛のあまり男が漏らした小さな水たまりが臭いを発していました。
 麻酔が不足した昨今の治療現場ではよくあることです。

「全く、戦争なんてろくでもない・・・」

 医者は隠し持っていた煙草を燻らせつつ呟きました。
 看護師が戻ってくるまでの僅かな時間が、彼の自由な時間なのですから。

 魔導蒸気列車は、今日も戦地で傷んだ大勢の兵士達を載せて王都への線路をごとごとと走り続けています。
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