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第39話 水は全てを流し去る

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 その夜の雨は、久しぶりの豪雨でした。

 王国艦隊が文字通り全滅した血戦の跡を洗い流すかのごとく天からの叩きつけるような雨は一晩中降り続け、そうして川に座礁していた大型船も、浮かんだ木片に捕まったまま事切れた兵士達も、川を漂っていた様々な船荷も何もかもを、大量の水が下流へと流し去ってしまったのです。

「夜の雨が嘘みたいな天気ですね」

「はい、聖女様。土地神様、朝ご飯にしましょうか」

「理解シタ」

 王国艦隊を退けた後、御柱様と土地神様を交えて、あたしと聖女様は今後について話し合ったのですが、結局は元の気楽な神殿暮らしに戻ることにしました。
 合わせて、おっかない大砲も弾薬も御柱様へ返しました。
 戦艦をぶっ飛ばせる大砲なんて普段の暮らしには必要ありませんから。

「リリアだけは王国へ戻る道もあったのですよ」

「無理です」

 いくら顔を見られていないとはいえ、王国軍艦にあれだけ大砲をぶっ放しておいて、しれっと帰国できるほど神経太くありません。

「それに、あたしはここの暮らしが気に入ってるんです」

「理解シタ」

「そうです!今さら土地神様がいない暮らしなんて考えられません!だって掃除も洗濯も料理も土地神様がしゅーっとしてくれるだけで、ほんっと一瞬で終わるんです!この素晴らしさが聖女様にわかりますか!?」

 あたしはひしっと土地神様の腕に抱きつきました。
 もう離しません!

「どうどう」

「いいえ聖女様、もしあたしがここを離れるとしたら土地神様と一緒です!例え聖女様と離れることがあったとしても、あたしは土地神様と一緒に暮らしますから!」

「理解シタ」

 土地神様は最高なのです。

 土地神様さえ一緒なら力を生かして道路工事をするも良し、シャツや絨毯の洗濯屋、船掃除、農家の雑草取り、蒸し料理の専門店・・・どんな風にだって生きていけるんです!

「リリア ガ 土地神 ヲ 持チ出セル 確率 ハ 低イ」

「あーっ!御柱様ひどい!そんな計算しなくていいですから!」

「ですがリリア、あなたが王国へ戻らないというのであれば、大事な話をしなければなりません」

 聖女様の声の調子が真面目です。
 あたしは土地神様の腕を放して座り直しました。

「・・・はい、なんでしょう?」

「あなたのお給料は王国から支払われています。月あたり銀貨2枚。王国と敵対するわけですから、今後は王国からお給料が支払われなくなります」

「えっ」

 聖女様の言葉を要約すると・・・それって・・・ただ働き・・・ってこと・・・?

「だーまーさーれーたーーーーー!!」

「ですからリリア、今後は・・・ってリリア、聞いてますか?」

「うがーーーーーーーーっ!!」

「ちょっとリリア、落ち着きなさい」

 あたしは聖女様の言葉も耳に入らず、ゴロゴロと頭を抱えてしばらくの間、転げ回ったのでした。

 ◇  ◇  ◇  ◇

「ですから、お給料は私が払います、と言おうとしたのに」

「済みません・・・」

 あたしの雇用主は王国から聖女様に変わったわけですから、支払い元が変わっただけお給料は引き続きいただけることになったわけです。

「良かったぁ・・・」

「不安にさせてゴメンなさいね。リリアがそこまで不安に思っていると想像しなかったものですから・・・」

「聖女様!あたしのような下々の者にとって、お給料はとっても大事なんです!お給料がもらえなかったら家から追い出されて飢え死にしちゃうんです!そこのところはわかってくださらないと!」

「あたしはリリアを神殿から追い出したりしませんよ。土地神様もそうですよね?」

「リリア 追イ出サナイ」

「それに食べ物は畑で自給自足ですし」

 土地神様が雑草をやっつけて聖女様が奇跡の水を撒いて育てた神殿の中庭の畑は、それほもう収穫量が大変なことになっています。
 聖女様とあたしではとても食べきれない新鮮でよく太った野菜と芋と穀物が鈴なりです。

「薪の燃料代もかかりませんし」

 都市部で暮らしていると、暖房と調理にどうしても薪の燃料代がかかります。
 ですが土地神様がいるおかげで、それらはタダです。

「えーと・・・えーと・・・王国銀貨って、どこで使うんでしょう?」

「羊飼いさんとの取引ぐらいでしょうか?」

 よくよく考えてみると、ここの暮らしは本当に銀貨を使いません。
 基本的に取引相手が羊飼いのおじさんしかいませんし、そもそも草原の放牧料を受け取る間柄であって、こちらから支払いが必要なことはほとんどないのです。

「銃の弾丸ぐらい、でしょうか?」

「それくらい御柱様が用意して下さるような気がします」

「たしかに」

 戦艦を吹き飛ばすような怖ろしげな大砲を持っているぐらいですから、もっと小さくて大きな鳥やトカゲを撃つのに向いている上等な小銃を貸してくれる気もします。
 代金は泥炭で支払えばいいのです。

「それより、少し水が引いたら戦跡の川底をさらってみると良いかもしれませんよ?重い大砲は残ったままでしょうし、金貨や銀貨も流されずに沈んでいるかもしれません」

「さすが聖女様!」

 小さい頃からその種の宝探し遊戯は得意です。
 竜蹄鉄通りに来た貴族が落とした泥まみれの銀貨を近所の悪ガキに先んじて拾い上げたことも一度や二度ではありません。

「土地神様!あとで金屑拾いしましょう!きっと土地神様にも気に入る金物が沈んでますよ!」

「理解シタ」

 聖女様とあたしと、土地神様と御柱様の新しい元の暮らしが始まります。

 ◇  ◇  ◇  ◇

 その頃の王子は、生き残るための戦いに懸命でした。

 何とか半壊したボートに隠れて戦場を離脱したものの、川原で野宿していたため、あっという間に増水した川に流されてしまったからです。

 真っ暗な夜、叩きつける雨。視界ゼロの中で、王子は生きるため懸命に泳ごうとしますが、強い流れは人の努力など気にもかけないだけの圧力があります。

「いき、息が・・・」

 頭を出す度に泥水が口に流れ込んで呼吸を妨害します。
 流されている人にとって怖いのは流木です。
 勢い良くぶつかられると、人は簡単に骨折してしまいます。

 視界が限られ、体力の限界が迫る王子の背後から、大きな木材が勢いよく流されてきます。
 それは王子が見捨てた兵士達が捕まっていた軍艦の破片です。

 木材が背後から勢いよくガツンと頭部に衝突し、王子の身体は力を失ってぷかりと浮かび上がり濁流の中へ消えて行きました。

 他の多くの王国兵士達がそうなったように、王子もまた増水した川の流れに乗って海へと流れ着いて行くのかもしれません。
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