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第15話 侍女の歓迎支度

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 あたしは聖女様に事態を報せるべく懸命に神殿に向かって走りました。
 そして神殿への道に立ちはだかる長大な階段。
 昨日より、確実に高く、長くなってますね。
 土地神様は頑張りすぎです。

 覚悟を決めてダッシュします。
 何とか駆け上がる頃には、息も絶え絶えで頭がクラクラします。

 神殿の中を探すと聖女様は、庭の畑にいらっしゃいました。
 畑の作物達に、手ずから水をかけておられます。
 作物がよく育つので文句はないのですが奇跡の水をあんなに大量に与えて大丈夫なんでしょうか?

「おっと、それどころじゃなかった!聖女様、大変です!舟がきました!人です!」

「落ち着いて、リリア。人が来たのね。どこから舟が来たの?」

「どこって、川ですよ、川!大きくなった川からです!」

「・・・変ね。見間違いってことはないの?」

 落ち着いた聖女様の様子に慌てていた自分が滑稽に思えて少しむっと来ました。

「あたし、目はいいんです!道に落ちている硬貨は1ペニーだって見落としたりしません!泥に埋もれた1オンス銀貨だって見つけたことがあるんですから!」

「そうね。リリアの視力を疑った訳じゃないの。ただ信じられなくて・・・」

「信じられないって、どうしてです?」

「考えてもご覧なさい。リリアは川から舟が来たと行ったけれど、あの川はいつ頃できたと思ってるの?」

 聖女様に指摘されて「あっ」と、あたしも気がつきました。

「そういえば、聖女様とあたしが来てから出来た新しい川でした・・・」

 そうなのです。

 今でこそ神殿の周囲は視界の続く限り緑が生い茂り、近くには豊富な水量をたたえた川が滔々と豊かな流れをたたえているわけですが、もともとは岩と砂だけの砂漠に過ぎなかったわけで。

 新しい川に舟がやってくる、それってものすごく変なことなのです。

「それで、どんな舟だったの?」

 聖女様に聞かれて、あたしは見たままを語りました。
 小さな木の舟で乗員はせいぜい数名。帆は麻の粗末なものに見えたことなど。

「うーん。それなら、下流に住んでいる人が新しく出来た川に驚いて舟を作っただけかもしれないわね」

「なるほど!そうかもしれませんね!そうですよね、急に川が出来たらビックリしますよね・・・」

 土地神様や何やかやで驚く気持ちがすっかり麻痺していましたが、よくよく考えてみたら岩と砂だけの砂漠に突然川が出来るなんて、天変地異もいいところです。
 下流の人達は、さぞ肝を潰していることでしょう。

「もうちょっと別の可能性もありますが・・・このあたりは地図がないので何とも言えませんね」

 聖女様は頭を振って細く綺麗な指で眼鏡をかけ直しました。

「・・・それで、どうします?」

 さしあたり、あたし達には「接触する」か「無視をする」か、という選択肢があります。

「リリアはどう思います?」

「うーん・・・できれば接触《おはなし》したいですね。このあたりの作物の種を分けてもらえるかもしれませんし、うまくしたら羊や山羊なんかの家畜を売ってくれるかもしれません」

 砂漠蟲はつき合いが長くなって情もわいてきたので、お肉にするのはちょっと可哀想です。
 ときどき卵をくれるならお肉は勘弁してあげます。

「それに、無視をするのは無理だと思います。この神殿、すごく目立ってます。たぶん向こうからこっちへ来ます」

「そうよねえ・・・ただ土地神様は見せない方がいいわね」

「見られない方がいいと思います。聖女様みたいに寛容な方は少ないですから」

「このあたりの信仰の聖地だったりしたら、追い出されちゃいますからね。私、あの畑が気に入っておりますの。では、こちらから歓迎しに参りましょうか」

 聖女様が方針を決定しましたので、あたしも歓迎の準備をします!

 まずは神殿に引っ越した際に木箱に放り込んだままの衣装箱からメイド服を出して着替えてから(服装は大事です!)ボルト式小銃《アクションライフル》にガチャガチャと初弾を詰めて、予備に20発入りの弾帯を肩からきっちり下げておきます。少し考えてから、念のため竜蹄鉄通りのおじさんに打ってもらった竜爪の銃剣をスカートの内側に差しておきました。

「準備できました!」

「あらあら・・・リリアは大げさね」

 完全装備のあたしに対して、聖女様はいつも通りのワンピースにローブと青水晶と銀の髪飾りだけの、いっそ質素な装いです。
 それでも、王宮で見かけたどの貴族令嬢よりもずっと綺麗です。
 美人ってすごい。

「女2人なんて、絶対に舐められます!あたしが聖女様を守りますから!」

 聖女様は微笑ましいものを見るかのような態度でいらっしゃいますが、甘いのです!世間の厳しさを知りません!
 蛮地の男達に「淑女優先《れでぃーふぁーすと》」なんて本国の常識や言葉は通用しないのです。
 弱い女子供と甘くみられたら、とことんまで絞られるのが世界常識《ぐろーばるすたんだーど》というものです!

「頼りにしていますよ、リリア」

 聖女様のお言葉に胸を張って、やがて舟がやって来るであろう河原へあたし達は向かったのです。

 ◇  ◇  ◇  ◇

 あたし達が河原に着くと、ちょうど舟が寄せてきて数人の日に焼けた頭に布を巻いた男達が上陸するところでした。

「こんにちは!」

 機先を制して挨拶をしますと、ぎょっとした後でこちらを見つけ、女2人だとわかるとあからさまに安心した様子です。

「ここは王国の修道院の領地です。どんなご用件でいらしたのですか?」

 元はただの荒れ地で柵も境目もないので領地もなにもありませんが、とりあえず主張しておきました。
 彼らは言ってみれば国境を侵す不法侵入者です。追い払う正当性《ジャスティス》はこちらにあります。

「それは・・・我々は川を昇ってきたのです」

 頭に布を巻いた男達のうち、少し身なりの良い者が代表して応えました。
 良かった。言葉が通じます。

 それにしても、思ったよりも大きな舟です。

 遠目には丸木舟に毛の生えたようなものかと思っていたのですが、近くで見ると甲板がある板張りの平底船で喫水の浅い川も自由に行き来できそうです。
 かけている帆も細い繊維で編んだ麻に油を塗った上等なものです。
 新しい川沿いの住人が、あわててにわか大工で作り上げた代物には思えません。

 それまで言葉を発さなかった聖女様が、男達に呼びかけられました。

「ひょっとして、あなた方は海の方から来られたのでは?」

 うみ?海からってどういうことでしょう?

 ◇  ◇  ◇  ◇

 王子様は久しぶりにご機嫌です。

 次々と王都に参集する貴族達。
 着々と仕上がっていく黒鉄の兵器達。

 人々と兵器達が自分の命令した通りに動く。
 これこそが権力というものです!

「これだ!これが欲しかったのだ!」

 王子は王宮の前を更新する兵士と兵器達に惜しみない賛辞を送り、大いに激励しました。

 軍備を整えるために貴族から臨時徴税を行い工場労働に出費したことで、一時的に王都は景気に沸いています。戦時景気というやつです。

 国家と国民を戦争に駆り立てることで国内の失政と失点から目を逸らすことに成功した、と王子は考えています。

 あとは戦争に勝つだけです。

 これだけの人員と優れた兵器があって勝てないはずがない!
 王国は神に愛された国であるのだから!

 と、王子は信じています
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