年下公爵様は初恋を拗らせる

石原 ぴと

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12話

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    エリーゼはただひたすら稽古に励んだ。朝から、走って体力づくりし、昼間は稽古に励む。稽古が終わり、家庭教師先のボルガス商家に向かう所だった。

「エリーゼさん」

 エリーゼが振り向くとソフィアがいた。ツインテールにした黒髪が揺れている。彼女は町娘Cに選ばれていた。

「お疲れ様」
「お疲れ様です。悪女の演技素敵でした」
「ソフィアさんも初めてとは思えないくらい堂々として、凄かったです」
「もう帰るんですか?」
「これから家庭教師の仕事があって……」
「ついて行っていいですが? 私、仕事を探してて、参考にしたいんです。貴族家の出身ではないですが、
フルートなら演奏できますし、余り時間の取られない家庭教師出来たらなって」
「うーん、どうかしら?」
「お願いします。エリーゼさんしか居ないんです」
「わかったわ。聞くだけ聞いてみるから」
「ありがとうございます」

 ソフィアとは途中で別れた。確かに家庭教師は身元が確かな者しか得られない。エリーゼは父親の伝手で仕事を得たので、難なく仕事を手に入れることができた。時間の融通が利くのも父の後ろ盾あってのことだろう。ソフィアがボルガス夫妻にソフィアの話をしたら、見学してもいいとのことだった。
 
 別日、ソフィアとレイトバス家へ向かった。

「「エリーゼ先生! こんにちわ!!」」
「ごきげんよう、カストル、ポルチェ。こちら、私の後輩のソフィアさんです」
「はじめまして、ソフィアです」
「はじめまして、カストルです」
「はじめまして、ポルチェです」

 女の子のポルチェはかわいいと呟いて、男の子のカストルは顔を恥ずかしそうにしている。

「ソフィアさん、これはなんですか?」

 ポルチェは興味津々といった感じで、近づき話しかけた。

「これはフルートなんです。よかったら吹きましょうか?」
「はい、お願いします」

 貴族社会では、楽器の演奏は教養の高さを示す。殆どが何かしら演奏出来る。演奏会でカルテットを組んで披露したり、チャリティコンサートを開いて演奏したりすることもある社交に関して重要な役割を担っている。

 ソフィアの演奏は見事なものだった。鳥のような澄んだ音色だった。

 双子の兄妹が目を輝かせて、拍手をした。

「わぁ、すっごくきれいな音でした」

 ポルチェは賛辞を述べるとカストルは頷いた。

「エリーゼ先生は何か楽器を弾けるんですか?」
「私はピアノを弾けるわ」
「ピアノいいですね。私もピアノ習いたい」

 ポルチェの憧れはエリーゼだった。ドレスを着てなくても、金色の髪は美しく、ポルチェの憧れるお姫様だ。紫の瞳はアメジストのようで、ポルチェは彼女目を見つめるのが大好きだった。
 しかし、ピアノはフルートよりも高価たった。裕福な商家といえども、手に入れるのは難しい。
 不意にエリーゼがソフィアを見ると先ほどまでは笑みを浮かべていたのに今は無表情で、怒っている? と思ったが、すぐに笑みを浮かべたので、気のせいだと思った。

「教えられたいいんだけども、ピアノがないからね。私も実家に置いてきてしまったの」
「フルートなら気軽に吹けるわよ。持ち運びも容易だし、いいんじゃないかしら?」
「うーん……やっぱりピアノが…」

 ポルチェが言い切る前にソフィアはフルートを押し付けながら言った。

「吹いてみれば気が変わるかも。ほら、こう持って……」
「やだっ!」

 ポルチェが手を振り払うとフルートが床に落ちた。ソフィアが睨み怒鳴りつけた。

「あんたねぇ、これがいくらするか、わかっていってんの?」
「ごめ、ごめんなさい」

 ポルチェがソフィアの剣幕に恐れ慄くと、カストルがポルチェを庇うように抱きしめ、攻めるように見つめた。

「ソフィアさん、態とではないんだしあまり怒らないで。それにソフィアさんも悪いところが有ったわ」
「ハァッ!そんなの……ごめんなさい。このフルートはすっごく大切なものだったから、亡くなったお父様に買って頂いたものなので、つい頭に血が昇っちゃって、本当にごめんなさい。…………許してくれるよね?」

 ソフィアは頭を下げて謝った。双子の兄妹は顔を見合わせて、頷いた。そのあとは何事もなく、授業をした。





 舞台初日、結果は大成功だった。私の演技が評判を呼び、多くのファンが私に手紙や花束を渡しに来た。控え室で着替える、寛いでいるときだった。ドアをノックする音が聞こえる。劇場付のメイドが伺い、相手はダレンだった。大きな白百合の花束を持っている。

「おめでとう……」

 ダレンは不機嫌そうな顔をして花束を差し出した。エリーゼはそれを受け取ると濃い百合の匂いがした。エリーゼは百合がダレンに似ていると思った。優雅な佇まいも、喋らなくても、笑みを浮かべなくても、存在感のある様がそっくりだと思った。

「ありがとうございます。どうでしたか?」
「あっあの、いつもと同じ容姿なのに、違う人に見えた。それが演技だというものなんだろうな」
「ぷっ! 感想ってそれなんですか?」

 真面目なこの男が演劇に興味があるとは思えず、素晴らしいとか面白いとありふれた感想をいうと思っていたから、思わずエリーゼは笑みが溢れた。


 ダレンは最後の公演まで、毎回欠かさず、劇を見に来てくれた。そうして、次回の公演も悪女役に決まった。
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