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9話 恋の始まりなのかもしれない

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    数日後。ヒルトクライス公爵家にやったきた。相変わらず壮大で豪華な造りを見たエリーゼは歓迎されてないような心持ちになる。




「こちらでお待ちください」

    メイドが応接室に案内してくれた。やはりこちらも名だたる芸術品が飾ってあり、豪華な造りだった。程なくしてダレンがやってきた。走ってきたのか、息が切れていた。ダレンはエリーゼの指に先日送った指輪がしてあるのを確認して満足そうに頷いた。

「会いたかった……ジョシュアが言っていた」

   ダレンは思わず本音が漏れ、恥ずかしさのあまりジョシュアのせいにした。

「私も会いたかったです」
「本当に!?」

    エリーゼの思わぬ言葉に頬を赤らめるダレンだが、次の瞬間、突き落とされた。

「ええ、だってジョシュアはとっても可愛いですから」
「あ、ああジョシュアは可愛いからな」

    ダレンは落胆したが、声をしほりだし答えた。

「だったら毎日来ればいい」
「それは有り難いお言葉ですが、私は、仕事もオーディションま有りまして」
「オーディション!?」
「ええ、女優を志してます」
「そうか、だからあの時踊っていたのだな。凄く綺麗だった。まるで天女が具現化したようだった」

    ダレンの脳裏には、あの夜のエリーゼが思い浮かんだ。

「えっあっ、有難うございます」

   美しいエリーゼは美辞な慣れていたが、虚空を見つめ思い出すようなダレンが言った言葉は、下心のない純粋で心からの言葉に感じられて、とても嬉しかった。エリーゼはダレンを少し見直した。そして、少しだけ興味が湧いた。ダレンの顔を盗み見る。

ーー綺麗な顔……私、この人と……一夜を

    エリーゼは今更ながら恥ずかしくなった。エリーゼがダレンを意識した瞬間だった。また、ダレンも、先程の自身の言葉を意識して顔が赤くなった。二人の間に気まずい空気が流れる。お互いが顔を見合わせる。二人の視線が交わされる。

「あの、これおかえします」

    沈黙を破ったのはエリーゼだった。先日の借りたドレスを返した。

「いい、それはお前にやったんだ」
「でも大切なお母様の物とお聞きしました」
「だから、エリーゼに持っていて欲しいんだ。もしかして、気に入らなかったか?」
「そんな訳ありません。とても美しいドレスだと思いました。でも、私の家は防犯上よくありません。もし盗まれたらと思うと不安で」
「なら、一緒に住めばいいだろう」
「はぁ!?」
「婚約者でもない未婚の男女が一緒に住むなど、有り得ません」

    何を言ってくれるんだとエリーゼは呆れた。ダレンはエリーゼの元に跪いた。手を取り、指先にキスをする。

「これしてくれたんだろう。婚約を受け入れてくれたんじゃないのか?」

    ダレンは切実な瞳でエリーゼを見つめた。

「そんな訳ないです。プロポーズの言葉も無いですし……」
「エリーゼ、好きだ。いつもお前が何をしているか気になる。困った事があれば、全て俺が解決してやりたい」
「うぇっ、な、ななななに言ってるんですか!?」

    エリーゼは思わず立ち上がった。

「あの夜、ずっとそばにいると言ったじゃないか……」
「覚えてないんです。それに私と公爵様とじゃ、身分が違うし、釣り合いがとれません」

    貴族であっても、子爵家と公爵家では格差が大きかった。ダレンはエリーゼをお姫様抱っこをし、そのままカウチに腰を落とした。その流れる動作に面食らって、エリーゼはかたまり、周知のあまりぷるぷると震えて耐えることしか出来なかった。

「身分などどうとでもなる。貴族家の養子になればいい。持参金もいらない。エリーゼだけ傍にいてくれたら、他には何もいらない。養子が嫌なら、俺が爵位をジョシュアに譲ればいいだろ」

    エリーゼは混乱する。話しについていけなかった。

「兎に角、下ろして!」

   ダレンはムッとしながら、下ろそうとした時、ジョシュアがやって来た。
!  来てくれたの?  嬉しい!あーいいな。お兄様に抱っこされて」

「お姉ちゃん
   エリーゼは恥ずかしくて居たたまれなかった。さっさとダレンの膝の上から下りた。少しだけ残念な気がしたのは、きっと、ちょっぴり憧れたシチュエーションだからだと納得させ、胸のときめきには気付かないフリをした。

    ダレンがジョシュアを抱っこした。ジョシュアが破顔する。とても仲の良い兄弟だと思った。ダレンとエリーゼはジョシュアを間に挟んで遊んだ。




「もう帰らないと」
「送っていく」

    ダレンは抱き抱えていたジョシュアを執事のジュリオにわたした。ジョシュアははしゃぎすぎていて、寝ている。

「大丈夫です。歩いて来ましたから」
「まだ、エリーゼと一緒にいたい」
「何言っているんですか!?」

   ダレンは先程エリーゼを褒めてから、タガが外れたように素直に気持ちを口にした。元来、ダレンは素直な性格の持ち主で、公爵位も負担でしかなかった。
    ダレンはエリーゼの肩に頭を擦り寄せる。

「いいだろ」
「いいですけど……」

    情に絆された訳では無い。男性に言い寄られるのは慣れていた。ただエリーゼはそれくらいなら構わないと思っただけだった。ダレンのエスコートで馬車に乗り込んだ。向かい合わせに座った。

「なにか?」

    ダレンが、あまりにもエリーゼの顔を見つめるので困って問いかけた。

「えっ?」

    ダレンは訝しげに眉根を寄せた。

「ずっと私の方を見てらっしゃるから」
「見てた......か。無意識だった。不思議だな。リゼを見てるのはどれだけ見ても飽きない。でも、不躾だった。すまない、気をつける」

    ダレンは窓の外を眺めた。

「リッ......」

    リゼという家族にしか許してない相性を呼ばれ、無礼だと言おうと思ったが、恐らくあの夜に愛称を呼ぶ許可をしたとエリーゼは思い至る。何故なら、普通エリーゼならば、エリーという愛称になるはずだからだ。
    ダレンは口数が少なく、エリーゼも聞きたいことは沢山あったがーー主に夜を共にしたこととかーー気まずいので何も聞けず、馬車内は馬車の車輪が転がる音と馬の蹄の音ばかりが響いている。

    エリーゼは自分も見られていたから少しぐらい見ても構わないかと、ダレンの端正な横顔を見つめた。通った鼻筋に薄く形の良い唇、聡明そうな目はまだ少し少年の色を残している。エリーゼは自身と同じ紫眼に親近感を覚えた。暫しダレンの顔を眺めていたが、ダレンがエリーゼの方を向こうとしたので、慌てて逸らした。馬車は首都の中心部近づいていた。劇場はもうすぐだ。

「何処で下ろせばいい?」
「あっここでいいです。劇場まで行くと目立つので」
「幸運を祈る」

   ダレンが浮かべた今まで1番柔らかい笑みを見て、エリーゼは否定できないほどの胸の高鳴りを感じた。然し、何故かどこかで見たような既視感を感じた。その笑顔に寂しさを覚えるのは何故だろうとエリーゼは思った。   
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