年下公爵様は初恋を拗らせる

石原 ぴと

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4話 なぜ怒っているの……

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 外はまだ残暑が厳しく暑い。太陽は二人を容赦なく照りつけて、肌を焦がしてる。煉瓦を敷き詰めた道を並んで歩く。
 エリーゼは彼の端正な横顔をまじまじと見つめた。なるほど、社交界に明るくない私の耳に入るわけだとエリーゼは思った。
 年はエリーゼの2つ下で、前ヒルトクライス公爵がずっと病床に伏せていたが、2年ほど前に亡くなり、その息子のダレンが爵位を継いだのだ。
 彼の手がエリーゼの手を更に強く握った。そして振り返り、不機嫌な顔を一層険しくさせた。

「金に困っているのか?」
「困って無いわ」
「そんなに俺の事が嫌なのか?」

 それはエリーゼも思っていたことだった。公爵はいつも眉間に皺を寄せて不機嫌な顔をしている。

「どちらも違うわ。ただあまりに高価な物は受け取れないから、鑑定してもらったの。これ、国宝級のダイヤだって言われたわ」

 エリーゼは手に握られたアクセサリーケースを指差した。こないだの事は自分にも非があったため、彼のことを責めなかった。でも彼はもっと怪訝な顔をした。

「こないだは申し訳ございません。公爵様に失礼な口を利きました」

 真摯に真っ直ぐヒルトクライス公爵を見て後、深々と頭を下げた。僅かに眉を上げたが、彼は話さなかった。

「ドレスも貸して頂きありがとございます。それにこれ、お返しします。私には不相応な代物です。恋人に差し上げてください」

 エリーゼはは社交辞令的に笑みを浮かべたが、余計な一言を言ったのには気づいていなかった。

「君は僕を侮辱するのか?」

 エリーゼは頭を捻るが思い当たる事は無かった。

「とんでもないことでございます」
「君は僕に興味が無いんだな……もういい」

 公爵は地面に視線を落とし、顔を上げて靴音を鳴らして去っていた。口惜しそうに唇を噛んだがエリーゼからは見えない。その横顔は心做しか寂しそうだとエリーゼは思った。
 意味が分からす呆気にとられたエリーゼが、その後ろ姿を見て思ったのは、ドレスどうやって返そう……とただそれだけだった。

 この一件はエリーゼの父であるマクダウェル子爵に言わなくてはならないと思ったが、どうにも父には言いにくいエリーゼはその足で、騎士団の隣にある王城へ行き、エリーゼの兄であるディカルドの元へ向かった。以前、同じようなコットンのワンピースでディカルドに会いに行った時、近衛兵に疑われ、通常より時間が掛かったた為、使用人と偽り申告した。近衛兵が伝声管で確認すると、無事に許可されたようだ。
 この辺りは中級以下の文官の仕事場で、あまり王族もいらっしゃらないことから警備は厳しくなかった。飾り気なのない四方を石で囲まれた薄暗い廊下をエリーゼは歩いた。自分の情事を兄に話すのは物凄く気乗りしないエリーゼの足取りは自然と重くなっていた。簡素なドアを叩くと慣れ親しんだ声が中から聞こえてくる。

「どうぞ」

 エリーゼは開口一番謝罪を口にした。

「申し訳ございません。家名に泥を塗りました。つきましては、離縁をさせて頂きたく存じます」

 床に頭をつけ、平らに謝った。

「なに? どうしたの?」

 エリーゼの次兄、ディカルドは榛色の瞳で私を見て困惑気味に尋ね、子供をあやす様に背中を撫でた。エリーゼは言いにくい事は何時もディカルドに言っていた。幼い頃、父の大切な壺を割った時もディク兄は一緒に謝ってくれた事をエリーゼは思い出した。ディカルドとエリーゼは怒られて一緒に夕餉を抜きにされ厩舎に閉じ込められたが、ディカルドはエリーゼを責めもせず、持っていた1枚しかなかったクッキーをまだあると嘘をついて、エリーゼに全てに与えた。エリーゼは一番ディク兄が大好きだった。
 エリーゼは自分の行動が家名に泥を塗ったばかりでなく、国の権力者を怒らせた可能性があるため、包み隠さず話した。

 頬をペチリとディク兄に叩かれた。けれど全く痛くなかった。

「お父様は厳しい所もあるけど、エリーゼを一番可愛がっている。エリーゼの器量ならきっと良いところにお嫁に行けると信じてるんだ。それに家は子爵で貴族の中では裕福ではない。でも、エリーゼが良い家にお嫁に行っても肩身の狭い思いをしないように、大好きな酒も葉巻もやめて貯金しているんだよ。エリーゼのウェディングドレスと持参金のためね。知ってたかい?」

 初耳だった私は首を振った。

「どうしよう、ディク兄……」
「お父様はきっと知りたくないだろう。エリーゼが嫁ぐ気がないのは知っている。取り敢えず公爵に謝罪しなさい」
「わかったわ」
「一人で大丈夫か?」
「もう子供じゃないのよ、大丈夫よ」

 ディカルドはエリーゼに金貨を握らせた。エリーゼがディカルドの顔を見れば「手土産を買っていきなさい」と告げた。相変わらず、ディク兄は優しいとエリーゼは思った。エリーゼは少しだけ気持ちが軽くなった。兄が柔らかいウェーブのかかった私の髪を撫で、魔法の言葉を唱えた。

「エリーゼなら大丈夫。僕の妹だから」

 成長したエリーゼには少し気恥ずかしくて、でもやっぱり少し嬉しかった。
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