年下公爵様は初恋を拗らせる

石原 ぴと

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3話 まさか捕まるとは……

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 テラスから外に出ると秋の少し冷たくなった夜風が火照った頬をゆっくりと撫でた。冷たくて気持ちいいと思った。正面には噴水があり、奥には薔薇の美しい庭があった。白い石造りの階段を手摺を掴みながらゆっくりと降りて、噴水の縁に腰掛けてぼんやりと夜空を眺めた。ここは噴水から出てる水のおかげで爽やかで少し涼しい。星座などに興味がないエリーゼでも、星を見るのは大好きだった。閃光した星が長い一生を終え、幾度も消えるのを見て怒っている自分自身が次第に馬鹿らしくなった。怒ることに時間を費やすのは勿体ないと思ったのだろう。
 今宵は中秋の名月。噴水の縁に立った。月がスポットライトのようにエリーゼを照らすと、夜空の星は瞬き拍手をした。周りの観客は月の光を浴びて美しく着飾った真っ赤な薔薇だ。エリーゼが踊りだすのを息を呑んで見ている。彼女は噴水縁に立ち踊った。パ・ド・ブレからアチチュード……

 エリーゼはいくら考えても、それ以降の記憶は無かった。彼女は誓ったもう酒には飲まれないと。何よりあれほど飲んだのも初めてだった。いつもは乾杯後に1、2杯ぐらいを飲むだけだったから。
 エリーゼは今朝の男の事を考えると涙ぐみそうになった。男勝りで女優という夢を追ってる私でも、いつか素敵な私だけを愛してくれる王子様みたいな人となんて考えていた。でも、もう考える事は止めた。クヨクヨしてももう清らかな乙女には戻れないのだから。少しだけ滲んだ涙を指で拭いた。
 それよりも今はライティングビューローの上にある物である。赤いベルベットに包まれたアクセサリーケースの中を開けると大きな紫色の宝石が入っていた。

(アメジストかしら?)

 眺めていると家紋を発見した。

「えっ!」

 エリーゼは思わず声を上げてしまった。それはヒルトクライス公爵家の家紋である。田舎貴族令嬢の彼女では公爵家など雲の上の人物だからだ。深呼吸して心を落ち着けた。
 エリーゼはなんだか引っ掛かっかり首を傾げた。アメジストならそんなに高価ではないが、なぜ家紋が入っているのだろうと。一般的には家紋を入れる宝石は家宝になるような高価な宝石である。これはとても大ぶりだがアメジストであればそこまで高価ではないはずだ。だからこそ、エリーゼは気になったのだ。

 エリーゼは逡巡した挙句、万が一余りにも高価な物では受け取れないと思い、宝石商に持って調べることに決めた。そしてアクセサリーを丁寧に持ち上げ再びジュエリーボックスに収めた。




「これは…!」

 宝石商の店主はランプに火を点けて指輪をその炎に翳し、ルーペで鑑定した。そして瞠目した後、感嘆の息を漏らした。そして思い立ったようにまたは気がついたようにした。

「ちょっと確認するので待っていてください」

 店主は慌てて奥に引っ込んで、直ぐに戻って来た。店主の様子に違和感を感じて、問うた。

「あれはアメジストなのですか?」

「あれはダイヤモンドです」

「え?」

 予想外の言葉にエリーゼは固まってしまった。

「あんなに大きなパープルダイヤは国宝級ですよ。私も初めて見ました。あの大きさで内包物も傷も見当たらないフローレスダイヤで、しかも紫色だなんて奇跡です」

 宝石商は興奮気味に一気に言葉吐き出した。

「あんな貴重な物を何処で手に入れたんですか?」

「頂いたの」

「失礼ですが、あなたのような方が?」

 店主は訝しげに私の服を見た。私は今、これから商家の子息の家庭教師の仕事に行くため、黒いコットンのワンピースを着ていた。確かにとても宝石を持てるような身分ではないなと彼女自身も思っている。然し、服装一つでこんな事態に陥るとは微塵も予想してなかった。

――バンッ!

 いきなり騎士団の制服を着た屈強な男が勢いよく入ってきた。エリーゼは驚いて仰け反った。見開かれた目で見ていたのは、男達が自分に向かって来て自分の腕を取る瞬間を呆然と眺めていた。

「ど、どうして?」

 両腕を二人の騎士に抱えられ、そのまま連行された。




「これは盗んだんだろう?」

「違います!頂いたんです」

 エリーゼは騎士団の取調室で手首を手枷に拘束されながら詰問されていた。騎士はガタイが良く、強面であったが毅然とはっきりと答えた。悪いことは何もしていないのに怯えるのは理不尽だと思った。

「誰にだ?」

 そう問われてもあの紫色の瞳の彼が誰かはわからない彼女は答えられず、口を噤んだ

「盗んだから答えられないのだろう」

 騎士団の制服を着た男は呆れる様子で溜息を吐いた。

「違います。では兄を呼んでください!兄は王宮で文官をしているヒース・マクダウェルです。マクダウェル子爵の子息です」

 エリーゼはこのままでは牢屋にぶち込まれてしまうと藁にもすがる思いで、父は領地に居るので兄の名前を口にした。家を飛び出したが、家族仲は悪くないので助けてくれるだろうと。一人の娘のエリーゼに甘い父は、家を飛び出し住処を見つけたあと、こっそり何度も様子を見に来たり、家庭教師の商家にこっそりと挨拶に来ているのだ。だから今回も助けてくれると彼女は思っていた。

 騎士は訝しげに目を眇めた。

「そうです。マクダウェル子爵の長女エリーゼです」

「どう見てもそうは見えん!見え透いた嘘をついたらただじゃ置かんぞ!」

「私は嘘はつきません」

――コンコン

「失礼します。ヒルトクライス公爵をお連れしました」

 若い騎士がやってきた。その後ろにエリーゼが今朝起きた時に隣に寝ていた男がいた。男は黒い宮廷服に身を包み、綺麗な顔の眉間に皺を寄せ、不機嫌そうにしている。家紋を見て公爵を呼んだのだろう。

「どうぞ、公爵様。このむすめです」

「彼女を離しなさい!」

 怒気を孕んだ声は、この取調室の空気を震わした。騎士は慌ててエリーゼから手枷を外し、アクセサリーケースを渡した。

「その指輪は私があげたんだ。帰るぞ」

 彼は有無を言わせぬ様子で、エリーゼの手を取り、取り調べ室から連れ出した。
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