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15話 

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 家に帰った私は、悩んでいた。フィリップの妹を助けたい、そう思う。

 彼の妹はどんな病気なんだろうか……?たしか、不治の病では無かった筈。

 悩んでいてもわからないことだらけでどうすればいいか判断がつかないわ。兎に角、医者に見せよう。ノヴァ家の主従医であれば、国内トップクラスだ。きっと病気の治療法について何か解ると思う。年嵩の執事に医者の手配をお願いし、フィリップの身辺調査をお願いした。

 




 翌日、執事からフィリップの報告書を受け取り内容を確認すると、ゲームの情報と一致していた。私は医師を伴って彼の家に、向かった。





 フィリップの家は平民の住まう区画にあった。飾り気の無い長屋の集合住宅の一戸だった。とても貴族が住むような代物ではない。部屋の前に立ちドアノッカーを鳴らした。

「……はい」

 訝しげな女の子の声がドア越しに聞こえた。

「私はエリカ・ノヴァ公爵令嬢です。フィリップ様とは同じ学院に通っておりまして、先日お近づきになりました。怪しいものでは有りません」

 ……しまった。自分で怪しくないと言うなんて、逆に怪しいかも。

「兄はいま不在ですので、申し訳ございませんが後ほどお越しください」

 ……だよね。

 ――――程なくしてフィリップが戻ってきた。

「何やってんですか?」

 フィリップの表情は険しい。

「あ、あの妹さんが病気だって聞いていても立っても居られず……」

 なんとなく決まりが悪い気持ちになって、発した声が尻すぼみになる。

「同情?」

「わからない」

「じゃあなに?」

 フィリップの顔にも声にもなんの感情も読み取れない。

「たぶん……自分が後悔しそうだからだと思う。助けられたかも知れないのに無視したら、きっとこの先堂々と生きていけなくなる。だから妹さんに会わせて欲しい」

 フィリップは私の隣に立つ背の高い白衣の男性に視線を移して水を向けた。

「彼は家の主治医なの」

 フィリップは無言で玄関のドアを開けた。

 フィリップの自宅は古びているけど綺麗に掃除がされていた。1DKの部屋は簡素でベットとテーブルセットとチェストと本棚しかなかった。

 部屋の奥の窓際のベットには、フィリップと同じ瞳の少女が起き上がって私をみている。呼吸をする度、苦しそうに喘鳴が聞こえる。自己紹介をし医師を紹介して診察をお願いした。

 結論から言うと、難病の一種で肺の機能がどんどん低下して動かなくなり、最後は呼吸が出来なくなる病気だ。フィリップの妹エランちゃんはもう末期状態で、いつ発作が起きて肺が止まるかわからない状態のようだ。治療法は確立されていて、クミンという花から抽出されたエキスから取れる成分は万能で、多数の病気に効果があるらしい。それを飲めば完治するそうだ。ただその花はカタトルキア帝国3番目に高いルクレーティウス山脈の山頂付近でしか取れない希少な花で、貴族の家が傾くくらい高価なんだとか。それ以外だと発作を抑える対処療法しか無いのだそうだ。呼吸がし易い様に気管を広げる薬と、発作を抑える薬を出して貰った。そちらも平民には高価だけど、このくらいであれば私に払えない額では無い。それでも一人で払っているフィリップは本当に凄いと思う。

 帰り際、玄関まで送ってくれたフィリップが複雑そうな顔をして、ありがとうと呟いた。

「貴方の為じゃない。自分がやりたいからやってるだけ。だから礼など不要よ」

 私は馬車に乗り込んで、家路に着いた。





 執事にクミンから取れるニゲラという薬を用意してほしいと頼んだが、高価過ぎるため父の許可が必要だと断られた。であれば無論、私にも無理だ。
 次にクレーティウス山脈を保有しているガリターノ伯爵領について執事に尋ねると、ここ最近伯爵領を手に入れて子爵から伯爵に格上げしたんだとか。三人兄弟で末弟はなんと同じ学園に通っているらしい。明日、接触してみよう。





 エランちゃんの猶予がどれ程あるか判らないので、翌日の昼休みに訪ねた。

「はじめまして。私は、エリカ・ノヴァと申します」

 彼はガリターノ伯爵家三男のトニ・ガリターノは、机に座ってノートを取っていた。声を掛けると、ぷっくりとしたえくぼが浮かんだ幼児の様な手を止めて丸い顔を上げた。

「君も兄を紹介して欲しいの?それとも万能薬が欲しいの?悪いけどどっちも無理だし、兄が好きならやめたほうがいい」

 彼の茶色の瞳は闇かったけど、逸らさず真実を答えた。

「薬を手に入れたいのです」

「はっ、僕なんかに声を掛ける人などそれしかないからな」

 彼はブルネットの髪を揺らして自嘲した。私にはわからなかった。どうして彼が自分を嘲笑うのか。

「薬が必要なんです。それを飲まなきゃ死んじゃう人が居るの。貴方が助ける義理など無いのは承知しているが、藁にも縋る思いで訪ねたわ。私も貴方の力になるから、どうか力を貸してください」

 私は深く頭を下げた。
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