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60話 

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 もしもの事を考えるだけで、泣いてしまうなんて。

「泣かないでください」
「馬鹿みたいよね。もしもの事を考えるだけで、悲しくなるなんて……」
「それだけ姫が愛情深い方だからです」

 エバンが私の手を取って……手のひらに口づけして……熱っぽく色気のある視線を向けた。目を固く閉じて、手を握りしめ振り払う。彼の視線も自分の早い鼓動も知らんぷり。目が合えば、彼の気持ちを受け入れられないことに悲しくなるから。

「やめてちょうだい」

 最近、エバンは私への好意を隠さない。私も拒否する心が弱ってく。騎士と令嬢の壁は薄くなって、主従の垣根を越える……人は割とありふれた話しだ。仲睦まじい令嬢と専属護衛騎士。恋仲ではと噂され、駆け落ちした令嬢は多くもないが、少なくともない。

「行って……」
「でも……」
「独りにて……」
「御者を置いてきます」

 離れていく音が聞こえる。ため息を吐いて、力の入った体から力を抜いた。

「なんで泣きそうな顔をしてるんですか?」

 勢いよく顔を上げて見たのは、馬車を走らせていた剣を挿した少し風変わりな御者だった。

「貴方には関係ないわ! 使用人らしく黙っててちょうだい!」

 話しかけられ、腹がたった。誰にも話しかけられたく無かった。だから傲慢に振る舞った。

――ドンッ

 木に押さえつけられ、唇を奪われた。

「ん゛っんん……っ」

 腕も唇も押さえつけられ動けない…………けど、足は動く。膝を蹴り上げ、鳩尾に一発、そして緩んだ手を跳ね除け、グーパンを頬に叩き込んだ。

「いてっ……アルちゃん、ごめんなさい」

 私をそう呼ぶ人物は一人しかいない。声もさっきとは違って見知った声だった。

「アリス?」
「うん……」

 アリスが指の嵌った指輪を見せた。御者には不釣り合いな高級そうな品物だ。

「変身する魔道具なんだ」
「もう、んーーのバカッ!!」

 少し声を張って言ったから、周りに聞こえないよう名前は言えなかった。

「アリス、亡くなったことになっているけど……」
「あー、それはね……あっ教師が呼んでるよ。行かないと!」
「じゃあ、エバンの代わりに討伐手伝ってよ」
「かしこまりました。お嬢様。しっかりとお守りさせて頂きます」
「なんか変な感じだわ」

 先生が集合をかけたので集まり、クラスメイトとパーティを組んで魔物を討伐した。エバンはソロで刈ってたらしい。

「あーっ、疲れた……」
「アルセナ様、お疲れ様です」

 クラスメイトの女子2人組が話しかけてきた。アンネのおかげでクラスメイトとは雑談をする仲になっていた。

「貴方たちもお疲れ様。怪我はないかしら?」
「ちょっと腕を擦りむいてしまっただけなんで、大丈夫です」
「私も少し足を捻ってしまったことと、膝を擦りむいただけなんで、平気です」
「今は下級ポーションも高くて手が出せないので……」
「そうね……ねぇ、ちょっと」

 アリス扮する御者を手招きして呼んだ。

下級治癒ヒールで良いから掛けてくれる?」

 アリスが二人の令嬢に下級治癒ヒールを掛けると、跡形もなく傷は無くなった。

「「ありがとうございます」」

 二人は礼を言った。

「アルセナ様、知ってます? パトリック生徒会長の邸宅、何故か壁の中なのに、魔物が邸宅内に発生して全滅したらしいです」
「えっ? 本当に!? だって王都内よね」
「ご遺体も残ってなかったとか」 
「ええ。本当に不思議ですよね。王都内でパトリック邸だけ魔物が発生するなんて……」 
「領地のお屋敷も瓦礫の山になっていて、貴金属なども取られ、血縁者も行方不明だとか……。神様のお怒りに触れるようなことでもなさったのかしら?」

――神様というか、魔王様の逆鱗に触れたとか……。心当たりがあり過ぎる

 私はアリス扮する御者を見た。彼は笑顔で手を触っている。それでも――

「ご冥福をお祈りしましょう」

 私達は目を閉じ、手を組んで黙祷を捧げた。




「姫、手を……」

 馬車に乗り込む時、エバンは手を差し出した。

「いい。御者の隣りに乗るから……」

――そんなあからさまにがっかりしなくてもいいじゃない! そんな目で見るなんてずるい。

 エバンは捨てられ、街に彷徨う犬みたいな悲しい目をした。そして首輪を握り締めた。

「じゃ、じゃあ……御者台にのるっ」
「お嬢様……」

 御者は手を差し出し、私は手を取り御者扮するアリスの隣りに腰掛けた。エバン馬に乗って、元気なさげに馬車と並走している。

「ねぇ……アリスの仕業?」
「なにが?」
「生徒会長の件……」
「うーーん」
「そこまでするなんて信じらんない!!」
「アルちゃんごめんね。僕もそこまでするつもりは無かったんだ。でも、アルちゃんに手出ししたと考えたら、怒りで我を忘れてしまったんだよ。今だって、頭が沸騰しそうなくらいなんだから。だから、また魔王因子が暴走したら困るから、この話はもうお終いにしてよ。僕だって、辛いんだ……」

 アリスは悲しそうに目を伏せた。

「ごめん。アリスだって辛いに決まってるよね……」

 私はアリスを抱きしめた。

「危ないよ。お家に帰ったらいっぱい慰めてね」

 アリスは肩越しに笑った。
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