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54話 

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 魔物の断末魔とそれを駆除する人の声で騒々しい。今、王都の外壁周りにいる魔物を駆除している。
 エバンはバケットサンドの包みを片手に木陰に腰を下ろした。その隣にはありふれたブルネットの髪で純朴そうな青年に扮装したアリスフォードが立っていて、ガラス瓶に入っている飲み物を飲んでいた。

「食わねーの?」
「誰が作ったわからないもの食べたくない」

 現在、他の土地との交易が絶たれ、食べ物の物価が上がり、バケットサンド一つでもそれなりの宝石ほどの価値がある。報酬はそのバケットサンド一つにも関わらず、青年は食べなかった。それは育ちと人を信じない性分のせいだった。
 
「なぁ……何で殺さなかった?」
「……………………」
「邪魔だろ?」
「アルちゃんが悲しむから。それにエバンが死んだら、ずっと一生片時もアルちゃんは忘れない……」

 アリスフォードは皮肉げに笑って、そんなの許せないだろと言う。そして小声で付け足した。それに、嫌いじゃないからと。然し、エバンには届かなかった。

「俺は殺す気だったよ。殺せると思わなかったけど」

 試合ではエバンの方が、明らかに強かった。然し、実戦では体力に限界のあるエバンにアリスフォードは勝てなかった。

「ふーん」

 アリスフォードは興味なさげに空を見た。アリスフォードは不本意だが、エバンのことが嫌いではなかった。これはアルセナ以外の他人に対する彼の最大の好意に等しかった。

「相変わらず、化け物だな。うちの親爺共は……」
「あれが本物の化け物だよ」
「違いねぇな」

 エバンの父で騎士団長であるスペンサー伯爵とエバンの祖父の元スペンサー伯爵が恐ろしい速度で魔物を葬っている。それはまるで芝刈り機のようだった。それをエバンはもう笑うしかないと言って、見ていた。

 二人共、まだスペンサー騎士団長に単体で勝ったことはない。アリスフォードは舌打ちして昔を思い出していた。二人共まだ爺共に勝てたことはない。




「おいっ! 周りこめ……クソっ」

 挟み撃ちにして、同時にエバンとアリスフォードが剣聖と呼ばれるスペンサー騎士団長に攻撃を仕掛けたが、一太刀で二人は薙払われた。彼らは今、スペンサー騎士団長に騎士団の練武場で稽古を付けて貰っていた。

「クソっ」

 まだ青かったアリスフォードは拳で地面を叩いた。なんでも優秀以上に熟すアリスフォードでも、スペンサー騎士団長には二人がかりでも勝てないどころか、一太刀も当てられなかった。アリスフォードはまだ12歳で、しかないことだったが、それをアリスフォードもエバンも許せない。
 ましてエバンはもう21歳で騎士団に入団して3年、もう一人前と言ってもおかしくない。彼我の戦力差は大きく、父の背中には届く位置にない。

 二人は顔を突き合わせ作戦を練った。

「クスギの実の煙幕を使えばいい」

 クスギの実は酢酸のような強烈な刺激臭のする実で、山での匂い消しや煙幕として戦争に使ったりする物だ。その効果は目に滲みて開けられなくなる事だった。

「そんな卑怯なことして意味ないだろ」
「どんな手を使っても勝つ。卑怯な手とか関係ない。勝者だけが正しいと決められる」
「あのな、戦争じゃないんだから……。はぁー、卑怯な手を使って勝っても、実力が上回らなきゃなんの意味もないだろ。それに正々堂々と勝たなきゃあのクソジジイ吠え面かかせられないしよ」
「それはそうだな。地面に屈服させ、足蹴にしないとな……」
「はぁー、お前な……」

 エバンは呆れたような顔をし、少しだけその瞳に侮蔑を含ませた瞳でアリスフォードを見た。アリスフォードはこういうところだと思った。エバンが時々ほんの少しだけ、眩しく見え、そして少しだけ憎たらしいような気がするときがあるのは。今もそういった気持ちが湧いた。頭を振れば、その気持ちは霧散した。
 彼は等しく誰にでも親切で優しく、騎士団長の子息という立場でありながら、貴族の騎士にも平民の騎士にも好かれ、親しまれている。アリスフォードはそれをなんと形容していいかわからないむず痒くうっすら不快な気持ちでエバンを時折見ていた。
 
 その日、二人がかりでやっとスペンサー騎士団長に一太刀いれる事が出来たのだった。




「カンパーイ!」

 エールの入ったジョッキを勢いよく、アリスフォードのグラスにエバンはぶつけた。エールが手に掛かり不機嫌そうにアリスフォードは顔を歪めた。エバンはエールを一気に半分飲み干した。

 ここは街の大衆食堂兼酒場だ。貴族が来るような場所では無い。エバンは何度も来たことがあるが、アリスフォードは初めてだった。

「今日はやったな」

 今日は初めて剣の師匠であるスペンサー騎士団長に一太刀入れられた日だ。エバンは自然と笑みを浮かべる。

「しょぼい」
「まぁまぁ……いいじゃん。こういう時は呑んで騒ぐんだよ」
「ここ……煩い」
「……お前、だから、友達いないんだよ」
「必要ない」

 アリスフォードには友達がいないのは正確なことじゃない。第一王子として、必要な交流はある。同年代のよく話す間柄にある少年はアリスフォードを友達とは思ってなかった。何故なら無垢そうな外見に反して、非常に大人びたアリスフォードと同世代の少年少女は話しが合わなかった。対してエバンもアリスフォードのことを子供と思わなかった。

「お前、何が楽しくて生きてるわけ?」

 アリスフォードはくうを眺めて考えた。

「……お菓子食べてる時?」

 首を傾げる姿はまるで天使のようだが、彼の本質とは相容れないためエバンは、その姿に愛らしいとは欠片も思わない。

「他は?」
「ん~、強かでこ狡い狸や狐を始末するとに、自分の計略が一部の狂いなく出来たときかな」

 にっこりとアリスフォードが笑った。その笑顔に料理を持ってきた店員が見惚れ手が止まった。

「性格わるっ……そんなんだから、両陛下ご両親も心配なさっておられるんだよ」

 赤面して止まっていた店員が動き出し、お待たせいたしましたと料理をテーブル置いた。香草で焼いた塊肉とソーセージからお腹が減るいい匂いがした。エバンが小皿に取り分け、肉の端を切り取り毒味してからアリスフォード渡した。それを受け取り怪訝な顔をしながら食べたアリスフォードは悪くないと思った。それは料理か、それとも今日の事か、それとも快活なこの兄弟子か……アリスフォードは考えなかった。




 アリスフォードは魔物を切り殺す光景を見ながら、それらを思い出し、知らずうっすらと笑ってた。エバンはそれを見て、気持ち悪っと背筋を震わせ寝転び目を瞑った。
 アリスフォードは何だかエバンに腹がたったので、普通は食べないゲテモノの魔物を焼いている一同のところにやってきて、一つ掴んだ。魔物は食べられるオークなどもあるが、焼いているのは普通食用されないもので、遊びで焼いて食べていた。アリスフォードはそれを持って、寝てるエバンの口の中に突っ込んだ。

「ん? なんだ? 香ばしくて……中は柔らかくて旨味と少し甘みもあって……リトルロブスターの稚魚!?」

 リトルロブスターとは食用出来る魔物である。稚魚のうちに背わたを取って素揚げすると上手い。もちろん、大きく育ってから殻を剥いて食べても美味しい。

「ううん、レッドマンティス」
「うっうわっ! ぺぺっ…………おえっ…ぅおえっ…えっ……、ゲホッ…ゴホゴホ……」

 節足動物の足が地面に吐き出された。未だ、エバンはえづいている。虫など平気そうなエバンだが、大の苦手だった。
 それを見てアリスフォードはお腹を抱えて笑った。それは表情と感情が一致した笑顔だった。
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