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36話 アンネの過去

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「エバン……」

 本音を言えば誰かに縋りつきたかった。慰めて欲しかった。でも、なんか弱ズルくて弱い気がして出来なかった。だから、エバンの差し出した手を取らなかった。
 慌てて涙を拭って、一人で立ち上がった。

「大丈夫ですか?」
「ええ」

 泣いてたのなんかバレバレで、全然大丈夫なんかじゃない。それでも精一杯平気なふりをした。

「帰るわ」

 私は歩き出した。けれども、エバンに後ろから抱きしめられた。また、目頭が熱くなる。

「俺がいます。何の為に俺がいると思ってるのか。……もう一人でなんか泣かせません。俺を頼ってください」

 視界が滲んでも、涙を零すまいと拳が白くなるほど強く握り締める。今、彼に頼ったら自分一人で魔王に立ち向かえなくなってしまう。私がアリスを助けるんだから。だから、適当に誤魔化した。彼もなにか言われて引くような人間じゃないから。

「ありがとう。そうね……、今はまだその時じゃないから。でも、その時が来たら、頼っちゃうかもしれないわ」

 腕をやんわりと振り払い、向かい合ってから愛想笑いを浮べれば、苦虫をかみ潰したような顔をされてしまった。

「俺、姫に信用されるように、大事なとき、一番に頼って貰えるように精進します」

 私の前に跪き、手を取り指先に口づけ誓った。ときめかないように目を逸らした。
 彼は帰りましょうと言って、馬車まで送ってくれた。お父様には言付けをして、帰路に着く。

 部屋に戻って、独りきりになって……泣いた。誰かか魔王になるなんてわかってた筈なのに、それでもわかってなかった。なんでアリスが……自分の大切な人が魔王因子に取り憑かれているんだろう。ひたすら嘆き悲しんだ。泣き疲れて起きたら、寝転がっていた私のお腹でマケールが寝ていた。
 どうやって入ったのだろう。この屋敷は防御の結界が貼られているのに。お腹を出して安心してだらしなく寝ているマケールを撫でた。フワッフワの毛が心地良い。くすりと笑みが溢れる。一晩泣いたら幾らかスッキリとした。腕を上げて伸びをしたら、頑張ろうと思えた。
 急いで身支度を整えて、朝食を食べ出掛ける準備をした。ドアを叩く音に是と答えた。

「おはようございます。アルセナ姫」

 エバンだった。彼は昨日のことなどなかった様にいつも通りだった。

「おはよう、エバン」

 だから私もいつも通りの笑みを返したけど……少しだけ眉根を寄せられてしまった。

「今日も精一杯お守りいたします」
「ありがとう。嬉しい」

 誰かがいるのは心強い。

 私達は馬車登城した。けれども、アリスには会えなかった。名目は公務で忙しいとか。今までそんなこと言われたことないのに。そういえばアリスを訪ねたことはなかったかもしれない。
 だっていつも登城して待っていれば、アリスが来てくれたから。

 私はアンネノ元ヘ向かった。彼女は出掛けていて居なかった。
 古びた簡素な家。前世でもボロい部類に入るが、これが平民の普通だ。アンネお母様が恐れおおそうにお茶とお菓子を出してくれた。お菓子は丸ぼうろみたい焼き菓子だ。
 一口齧ってみる。カステラを固くした食感と甘さ……懐かしかった。
 お母様が心配そうに眺めている。まぁ、それはそうだろう。こんな小娘でも、平民の生殺与奪権を持っているのだから。
 アンネが異常なのである。あの明るさ、ポジティブさ、社交性で平民というハンデがありながら、クラスのマスコット的な地位を確立している。成績も出しゃばらないように、勉強にプライドを持っている人間より上に行きすぎないように調整しているようだった。意見を言うときも、他者を否定しないように気を配っていて、派手なグループとも地味なグループとも分け隔てなく明るく接している。
 ただ一点を除いて。何故か私にだけ馴れ馴れしいく図々しい。
 でも、最近はアンネがクラスメイトに私がいい人だ吹聴してくれて、クラスメイトとの距離が縮まり、なんとお茶会に招待されたりするようになった。

「ただいま~」

 アンネが帰ってきた。アンネのお母様がアンネに縋るような視線を投げかけ、おどおどとしながら、別室へ引っ込んだ。

「あっ、お姉ちゃん。来てたんだ」
「ええ、頭に葉っぱがついているわよ。はぁ、何してたのよ」

 取ってあげたが、この年になって葉っぱを頭につけるだなんて、呆れてしまう。

「聖獣様を探しに……」
「へっ? せいじゅう? そんなのいるの?」
「お姉ちゃんはたいしてプレイしてないから知らないかもしれないけど、隠しエンド聖獣がいるんだよ」
「見たことのないけど……」
「で、各ルートで100回に1度位の出現率でぇ~めちゃくちゃ鬼でしょ。全てのルートで聖獣出すのに何百回プレイしたって言うんだよって感じだよ」
「ハァー、貴方暇人だったのね」
「ニートでヒッキーだったからね」
「そんなこと堂々と言うんじゃないわよ。でも、あんなに社交的で明るいのに?」
「あぁー、高校の時下手こいちゃってね。親が地元でも大きな会社の社長の娘でリーダー格の女子の彼氏と寝ちゃったんだよね。彼、彼女いないって言っていて、知らなかったから」
「…………」
「それで、虐められて。最初は、机に落書きだとか、セックス写真にコラージュしたのを学校に貼られたりとかで、別に友達とかいたし、それくらい我慢できたんだけど、私が仲良くしてる子にもそういうことしてきてね、文句いったり、警察に被害届け出したりしたら、大事おおごとになってね。彼女の親にもみ消されたんだよね。で、今度は陰湿になって、援交親父の所に無理やり連れて行かれたり、ワゴン車に乗った男どもに追いかけ回されて攫われて、車から飛び降りてなんとか逃げたけど、今度は家から出られなくなっちゃて」

 軽い口調で言うアンネに私は絶句した。何か言うかわりにアンネを抱きしめ、背中を子供にするみたいにポンポンと叩いた。

「ごめんなさい。やなこと思い出させちゃって」
「別にもう過去の人生だから、平気だよ」

 自分の妹もそれ程辛いことがあって不登校で引きこもりになったのろうか。父や母は妹に何も言わなかった。その代わりに私は妹に発破をかけるように、キツイ物言いをしてた。

「ごめんなさい」

 この言葉は前世の妹に向けられた言葉。伝えたい人に届かない言葉だ。
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