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21話 アンネリースは見た!
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「げっ! アリスフォード……様⁉」
アリスはアンネの肩においた手に力を込めた。アリスの顔は険しい。
「痛いっ! イタイいたい痛いっ!」
「アリスやめて!」
「なんで? 前から目障りだったんだよね」
「えっ?……とりあえずアンネの手を離して」
なんで? のあとの言葉はくぐもって聞こえなかった。
「わかったよ」
胸を撫で下ろす。すると、手を取られくるりと半回転して、何故かアリスの腕の中にすっぽりと収まってしまった。
「アルちゃん。なんで泣いてたの?」
私のティアドロップをアリスが手で掬った。私は言うのを躊躇って俯いた。
「えっと……私の課題が捨てられてて、でも大丈夫だから。アリスは気にしないで。また作れば良いだけだし、ねっ」
アリスは眉根を寄せて、更に表情を険しくした。
「僕はアルちゃんが簡単に、しかも自分の為に涙を流さない子だって知っているよ。だから力になりたいんだ」
「でも、覆水盆に帰らずでしょう? 同じものは二度とないのよ。だからいいの」
汚れた元白いハンカチを見つめる。縁起が悪いからエバンに贈るのは諦めよう。
「僕がもう泣かせないから。元気出して……そうだ! こないだ言ったリスリル王国の元パティシエがやってるカフェに行こうよ」
アリスは私の頭に覆いかぶさった後、顔を上げ声を輝かせた。
「うーん」
「きっと美味しいよ」
「私も行きたい!」
「え?」
へへへっと笑ってみせるアンネが急に顔色を悪くした。
「あっ、えーと……やっぱりやめときます」
「そう?」
「えーっと、用事を思い出したから」
なんだかアンネは顔色が悪い。
私はアンネの額に自身のおでこをくっつけた。
「熱はないみたいね」
アンネのおでこは熱くない。ますます顔色を悪くするアンネ。
「貴方、顔色悪いわ。救護室に行かなくて大丈夫なの?」
「ウン。ダイジョウブ。モウイクネ」
――ん? 急に片言になってどうしたのだろうか?
「平気なの?」
アンネはカクカクと首肯し、ダッシュで去っていった。引き留めようと声をかけたが、聞こえないのか振り返りもしなかった。本当にどうしたのだろうか……?
ーーーーーーーーーー
強く肩を捕まれ、”イタッ”と悲鳴をあげ、ふりかえればアリスフォードがいた。お姉ちゃんより背の低い私のことを、宝石のように硬質な目で見下ろしている。
ゴミを見るような目で、目障りと言われ喉の奥が僅かに”ひゅっ”と音を立てたが、お姉ちゃんは気づいていない。アリスフォードはお姉ちゃんをドロリと蕩けそうな目で見ているが、見られた本人は欠片も気づいていない。
――こいつ、お姉ちゃんに完落ちしてんだろ!
姉は強い憧れからか、昔から男女問わず、整った顔の人間に弱い。前世では綺麗なお姉さんに勧誘され、高額なエステの契約をむすんだり、イケメン美容師の思うままに髪型を変え全然似合ってなかったりなど数え上げたらきりがない。それに本当に本当に優しいのだ。私は姉以上に優しい人は会ったことがない。加えて、頼りにされれば、それを嬉しく思いあまり断らないので、姉はアリスフォードにきっといいようにされているのかもしれない。
私は見た! アリスフォードが姉の涙を拭って、それを舐めったのを! 然し、姉は下を向いて見ていない。
「僕がもう泣かせないから。元気出して……そうだ! こないだ言ったリスリル王国の元パティシエがやってるカフェに行こうよ」
私は見た! 彼は満面の笑みを浮かべ、姉の頭に覆いかぶさり、髪に口づけを落とした。然し、姉は全く気づいていなかった。本当に姉はしっかりしているようで鈍い。
「うーん」
「きっと美味しいよ」
「私も行きたい!」
「え?」
アリスフォードが”何を宣っているの? こいつ”
というような目で私を眇めてた目で見ている。アリスフォードの後ろにいる姉にはそんな顔は見えていない。
空気を読んだ私は”あっ、えーと……やっぱりやめときます”と言う。
「そう?」
「えーっと、用事を思い出したから」
顔色を悪くした私を心配して、姉がおでこ同士をつけて検温した。アリスフォードの剣呑な目に恐怖を覚える。間違いなく私が男だったら殺られてた。この乙女ゲー世界で一番ヤバイのはアリスフォードなんだから。この国で一番ヤバイのもだ! 皆は無能とか無害とか言っているけど、この国を裏で動かしてるのはアリスフォードだから。早く逃げなきゃ!
「貴方、顔色悪いわ。救護室に行かなくて大丈夫なの?」
「ウン。ダイジョウブ。モウイクネ」
脇目も振らずダッシュで教室についた。
「はぁはぁはぁはぁはぁ」
走って疲れた。荒れた呼吸を整える。
君子危うきに近寄らず。まぁ私は君子のように立派な人間じゃぁないが……。
「ねぇ、ご存知です? クレマスタ公爵令嬢とアリスフォード殿下の話。先日、スフェーン宮にクレマスタ公爵令嬢がいらしたんですって。しかも夜までいたそうよ。私の従姉妹の叔母が侍女をしていまして、確かな情報ですわ」
「えぇ! じゃあ二人ってそういう関係なのでしょうか?」
「でも、幼なじみですよね?」
「殿下の宮にまで行くなんていきすぎでは?」
「そうね。そんな風に言われても詮無いことですわね。普段からスキンシップが過ぎますし……」
クラスメイトが話している。噂ね……。本当に出処は彼女の従姉妹の叔母なのだろうか、怪しい。私はアリスフォードが外堀埋める為に態と流してるとしか思えない。アリスフォードはゲームでもまわりくどく策略を巡らすタイプだからなぁ。アリスフォードぐらい姉に好かれていれば、そのかわいい顔で迫って、何も言えなくさせて、そのすきに既成事実を作っちゃえばものにできるのに。ついでに毎日愛を囁やけば”仕方がないわね”と言って、許してくれるだろう。姉はああ見えて少女漫画が大好きだったから。アリスフォード馬鹿だな、お姉ちゃんのこと何もわかってない。アリスフォードは助言しても素直従う様な人間ではないので教えるつもりはないけどね。
まぁ、姉はあの男からから逃げるのはこの大陸から逃げない限り無理だろう。ゲームの情報通りなら、アリスフォードの手は大陸中に拡がっているそうだ。
私は姉を想って、心の中で合掌した。
アリスはアンネの肩においた手に力を込めた。アリスの顔は険しい。
「痛いっ! イタイいたい痛いっ!」
「アリスやめて!」
「なんで? 前から目障りだったんだよね」
「えっ?……とりあえずアンネの手を離して」
なんで? のあとの言葉はくぐもって聞こえなかった。
「わかったよ」
胸を撫で下ろす。すると、手を取られくるりと半回転して、何故かアリスの腕の中にすっぽりと収まってしまった。
「アルちゃん。なんで泣いてたの?」
私のティアドロップをアリスが手で掬った。私は言うのを躊躇って俯いた。
「えっと……私の課題が捨てられてて、でも大丈夫だから。アリスは気にしないで。また作れば良いだけだし、ねっ」
アリスは眉根を寄せて、更に表情を険しくした。
「僕はアルちゃんが簡単に、しかも自分の為に涙を流さない子だって知っているよ。だから力になりたいんだ」
「でも、覆水盆に帰らずでしょう? 同じものは二度とないのよ。だからいいの」
汚れた元白いハンカチを見つめる。縁起が悪いからエバンに贈るのは諦めよう。
「僕がもう泣かせないから。元気出して……そうだ! こないだ言ったリスリル王国の元パティシエがやってるカフェに行こうよ」
アリスは私の頭に覆いかぶさった後、顔を上げ声を輝かせた。
「うーん」
「きっと美味しいよ」
「私も行きたい!」
「え?」
へへへっと笑ってみせるアンネが急に顔色を悪くした。
「あっ、えーと……やっぱりやめときます」
「そう?」
「えーっと、用事を思い出したから」
なんだかアンネは顔色が悪い。
私はアンネの額に自身のおでこをくっつけた。
「熱はないみたいね」
アンネのおでこは熱くない。ますます顔色を悪くするアンネ。
「貴方、顔色悪いわ。救護室に行かなくて大丈夫なの?」
「ウン。ダイジョウブ。モウイクネ」
――ん? 急に片言になってどうしたのだろうか?
「平気なの?」
アンネはカクカクと首肯し、ダッシュで去っていった。引き留めようと声をかけたが、聞こえないのか振り返りもしなかった。本当にどうしたのだろうか……?
ーーーーーーーーーー
強く肩を捕まれ、”イタッ”と悲鳴をあげ、ふりかえればアリスフォードがいた。お姉ちゃんより背の低い私のことを、宝石のように硬質な目で見下ろしている。
ゴミを見るような目で、目障りと言われ喉の奥が僅かに”ひゅっ”と音を立てたが、お姉ちゃんは気づいていない。アリスフォードはお姉ちゃんをドロリと蕩けそうな目で見ているが、見られた本人は欠片も気づいていない。
――こいつ、お姉ちゃんに完落ちしてんだろ!
姉は強い憧れからか、昔から男女問わず、整った顔の人間に弱い。前世では綺麗なお姉さんに勧誘され、高額なエステの契約をむすんだり、イケメン美容師の思うままに髪型を変え全然似合ってなかったりなど数え上げたらきりがない。それに本当に本当に優しいのだ。私は姉以上に優しい人は会ったことがない。加えて、頼りにされれば、それを嬉しく思いあまり断らないので、姉はアリスフォードにきっといいようにされているのかもしれない。
私は見た! アリスフォードが姉の涙を拭って、それを舐めったのを! 然し、姉は下を向いて見ていない。
「僕がもう泣かせないから。元気出して……そうだ! こないだ言ったリスリル王国の元パティシエがやってるカフェに行こうよ」
私は見た! 彼は満面の笑みを浮かべ、姉の頭に覆いかぶさり、髪に口づけを落とした。然し、姉は全く気づいていなかった。本当に姉はしっかりしているようで鈍い。
「うーん」
「きっと美味しいよ」
「私も行きたい!」
「え?」
アリスフォードが”何を宣っているの? こいつ”
というような目で私を眇めてた目で見ている。アリスフォードの後ろにいる姉にはそんな顔は見えていない。
空気を読んだ私は”あっ、えーと……やっぱりやめときます”と言う。
「そう?」
「えーっと、用事を思い出したから」
顔色を悪くした私を心配して、姉がおでこ同士をつけて検温した。アリスフォードの剣呑な目に恐怖を覚える。間違いなく私が男だったら殺られてた。この乙女ゲー世界で一番ヤバイのはアリスフォードなんだから。この国で一番ヤバイのもだ! 皆は無能とか無害とか言っているけど、この国を裏で動かしてるのはアリスフォードだから。早く逃げなきゃ!
「貴方、顔色悪いわ。救護室に行かなくて大丈夫なの?」
「ウン。ダイジョウブ。モウイクネ」
脇目も振らずダッシュで教室についた。
「はぁはぁはぁはぁはぁ」
走って疲れた。荒れた呼吸を整える。
君子危うきに近寄らず。まぁ私は君子のように立派な人間じゃぁないが……。
「ねぇ、ご存知です? クレマスタ公爵令嬢とアリスフォード殿下の話。先日、スフェーン宮にクレマスタ公爵令嬢がいらしたんですって。しかも夜までいたそうよ。私の従姉妹の叔母が侍女をしていまして、確かな情報ですわ」
「えぇ! じゃあ二人ってそういう関係なのでしょうか?」
「でも、幼なじみですよね?」
「殿下の宮にまで行くなんていきすぎでは?」
「そうね。そんな風に言われても詮無いことですわね。普段からスキンシップが過ぎますし……」
クラスメイトが話している。噂ね……。本当に出処は彼女の従姉妹の叔母なのだろうか、怪しい。私はアリスフォードが外堀埋める為に態と流してるとしか思えない。アリスフォードはゲームでもまわりくどく策略を巡らすタイプだからなぁ。アリスフォードぐらい姉に好かれていれば、そのかわいい顔で迫って、何も言えなくさせて、そのすきに既成事実を作っちゃえばものにできるのに。ついでに毎日愛を囁やけば”仕方がないわね”と言って、許してくれるだろう。姉はああ見えて少女漫画が大好きだったから。アリスフォード馬鹿だな、お姉ちゃんのこと何もわかってない。アリスフォードは助言しても素直従う様な人間ではないので教えるつもりはないけどね。
まぁ、姉はあの男からから逃げるのはこの大陸から逃げない限り無理だろう。ゲームの情報通りなら、アリスフォードの手は大陸中に拡がっているそうだ。
私は姉を想って、心の中で合掌した。
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