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19話 出征当日③

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 腹ごしらえが済んだアリスと一緒に王宮に向かうため馬車に向かった。アリスの馬車は真っ白で金の装飾がなされていてとっても美しく、アリス自身の清廉さを表しているようだ。
 アリスが先に乗り、手を差し出した。いつもはなんの意識もしないで自然に乗せていた手が躊躇いちゅうを彷徨う。

――ガシッ!

 しかし、アリスの手に捕まってしまう。
「あっ、あ……離して」
「なんで? 今までずっと馬車に中でも手を繋いできたでしょ!?」

 どうして今まで平気だったのかわからない。最初に手を繋いだときは私のほうが大きかったのに、今ではアリスフォードの方が明らかに大きい。

「でも……」
「良いから、行こっ! 遅れちゃうよ」

 アリスに少し強引に引っ張られて馬車に乗った。

 車中。アリスは手を離してくれない。何故かニコニコと嬉しそうだ。手套越しに伝わる体温。ドキドキした指先がアリスに気づかれそうで、更にドキドキしてしまう。昨日はエバンにときめいていた筈なのに……自己嫌悪が胸に湧く。

 今まで何を話してたのか……何も思い浮かばない。
 沈黙も苦じゃないくらい気の置けない間柄だったのに、今は沈黙が重い。なんとなく目を伏せてしまう。

「アルちゃん、今度新しいカフェが出来たんだ」
「そうなの」
「うん、隣国のリスリル王国の元王族専属のパティシエがやってるんだ」
「それは是非行かないと!楽しみだわ。でも、マルクスさんのデザートも好きよ。特にミルフィーユが最高よね」

 マルクスはこの国の王宮で働いているパティシエだ。幼少時代から王宮に出入りしている私は、よく三時のおやつをアリスと共に作って貰っていた。陛下も王妃殿下も側妃殿下も、何故か私とアリスが仲良くするのを歓迎してくれていたので、異例ではあるがお茶会でもないのに毎度用意してくれた。こんなに良くして頂いても、天狗にならなかったのは父が諭してくれたからだ。
 ”何事も当たり前ではない。感謝を忘れるな。そこの人と――街を歩く市井の人、畑を耕す村人を指差し、アルセナと何が違うのだ?”と。私は仕事や立場、一番大事な要素の生まれた家……それ以外の違い以外は見つけられなかった。

 デザートのことになると目がない私は、いつも通り喋れるようになった。ホッとした。

 王宮の謁見間に到着した。なぜか、陛下や王妃殿下が一緒に座るよう進めてきて、王族と一緒に参列することになりそうだったが、お父様が断固拒否してくださったので、お父様となんでかアリスに挟まれて座ることに落ち着いた。

 式典が始まった。今回の戦争で役職が与えられる騎士を階級が低い順から呼ばれ階級章を賜った。階級低い順から、騎士、上級騎士、士官、上級士官、司令官、騎士団長だ。

「エバン・ウィル・スペンサー卿」
「はい」

 エバンの名前が呼ばれた。

「エバン・ウィル・スペンサーを司令官に任命する」

 階級章を授与された。エバンは片膝を着き、胸に手をあて誓った。

「エバン・ウィル・スペンサーは祖国と私の愛する者の為の剣と盾となり戦争を終焉に導く事を誓います」

 私はエバンが無事に帰って来ることをただただ願った。



 俺はイライラしていた。なんでエバンは花の数ほどいる女の中からアルちゃんを選んだのか。アルちゃんさえ選ばなきゃ、あんな危険な戦地に行かせなかったのに……。俺は嘘は言わないし、誤魔化したり、繕ったりしない性分のエバンを気に入っていた。このひねくれた俺が護衛に付いたのがエバンで良かったとすら思っていたのに……殺したいほど腹立たしく思うなんて考えたこともなかった。しかも、俺が剣で打ち負かすことの出来ない数少ない人間ってのも、気に入らない。ひたすら不服である。

 スペンサー家の人間は仕える主人同士が対立すれば、スペンサーの身内同士でも対立する可能性があるため、個人主義であり、スペンサー家は脅しの材料にならない。そうでなけれは、家族を人質にとって脅してもよし、女や借金で型にはめてもよかったのに。裏社会を牛耳る俺は、そうやって王族とクレマスタ家に仇なす者の力を削いできた。
 そんな俺のさがをクレマスタ公爵は快く思っていない。だが、娘の自主性を重んじ口出しはしないようだった。

 エバンと他の騎士たちは列になって退場した。このまま馬に乗り、大通りを通って、王都を抜け、戦地へ向かうのだろう。一生帰って来なければいいのに。と思うが、俺はあの男が常人じゃない事を知っている。永く終結しなかった戦争を終わらせ帰ってくる予感がぎる。

 エバンがこっちを見た。俺はアルちゃんにキスして見せつけようと肩を寄せた。けれども、アルちゃんが切なそうに心配そうにエバンを見るから出来なかった。決して尻込みしたわけじゃない。代わりに舌を出した。戦線布告だ。

 エバンが片眉を釣り上げた。

 アルちゃんがエバンを気にっている事が……ずっとアルちゃんと一緒にいた俺には即座にわかってしまう。俺は胸が痛くて……同じ重さの想いじゃなくていいから、でも他の誰でもない一番に俺を想って欲しくて、だからといって縛りつけたい訳じゃない。それなのに、この胸の痛みがアルちゃんが与えた物ならば……それすら愛しく思える。なんて思う己の異常性を理解はしていた。
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