上 下
20 / 82

17話 出征当日①

しおりを挟む
「出来たー」

 パーティーから3日かけてやっと完成した御守だ。間に合わないかと思って昨日は徹夜してしまった。刺繍苦手だからすっごく時間がかかってしまった。私のイメージフラワーの藤の花と彼のイメージである狼。藤の花言葉は”決して離れない”とか”忠実な””恋に酔う”とかであるけど別にアピールしてる訳じゃない。とにかくとても細かくて大変だった。中にはリラックス効果のあるラベンダーのポプリを入れた。鋏を手に取る。あと大事なものは……ごそごそ…ちょっきん! アソコの毛である。恥ずかしい……。このお守りは戦争などで遠くへ行く人の安全を祈る昔からある由緒ある御守です。
 もうすぐエバンの出立式が始まる。出立式が始まれば、もう会えなくなってしまうので、その前に会うために私は急いで用意した。




 王宮外苑にある騎士団駐屯所にやってきた。別れを惜しむ人であふれている。門番をしている騎士に話しかけ、エバンの居場所を教えてもらい、司令部のある建物にやってきた。ここまでくる人は居なくて、やっぱり目立つのか、ジロジロ見られて居心地が悪い。しかも、普通は入れないので家名を出して入れてもらった。名家万歳。
 背の高い騎士様たちの中で、更に背の高い灰色の髪を見つける。

「エバン様!」

 声をかけると振り返り嬉しそうに破顔して走ってきた。そしてクツクツと笑い、私を抱きしめた。
「きゃっ! エバン様。離してください」
「すまん! まさか会いに来てくれるなんて思って無かったから……同期が幻影魔法でいたずらしたのかと思ったんだ」
「いえ、みんな見てますから……離してください」

 通りかかる騎士様が”お熱いな”とか声をかけてきて恥ずかしい……赤面した。耐えられない。でも、ちょっと可愛くない言い方だったかも。

「あのこれ御守です」
「ははっ、まさか御守まで作ってくれるとは思わなかった。嬉しいよ。大事にする」

 エバンは御守の匂いを鼻につけて嗅いだ。恥ずかしくて赤くなっていた顔が一層真っ赤になる。

「いい匂いだ」
「ギャッ! そんなの匂いを嗅がないで下さい!」
「なんでだ? どっちもいい匂いだったぞ」

 ニヤニヤしてエバンがからかう様に言った。

――絶対、わかって言っているわ!

「エバン様がこんな人だと思いませんでした。もう返してください」

 私が精一杯手を伸ばして、ジャンプしても背の高いエバンの頭上に掲げられた御守には届かない。エバン様は無様な私を楽しげに見下ろしている。

「いいか、男はみんなエロいもんなんなだよ。こんなモン貰って嗅がない男はいない」
「でもせめて私がいないところで嗅いでほしいという乙女心を理解してほしいです」
「わかった。いない所で毎夜嗅ぐよ」
「拡大解釈しすぎです。そんなこと言ってません。もー……知りません。……でもどうか、ご武運を……。でも恥ずかしくて嫌ですけど……毎夜嗅いでもいいですから、無事に帰って来てください」

 エバンは微笑ましいものを見るような、慈しむような笑みをして私を見た。彼のコバルトブルーは穏やかな海のように凪いでいる。私の胸はドキドキしてしまう。それになぜか温かい。恥ずかしくて仕方がない私は逃げるように去った。

「ほんとにありがとう。絶対にアルセナ嬢のもとに無事に帰るからなー!」

 大きな声で彼は言った。

 エバンがあんな人だと思わなかった。けれども、
一層好感が持てると思っている自分がいた。


 エバンはアルセナが見えなくなるまで見送った。

「いるんですよね? まだまだですね。殺気が隠せてないですよ」
「はぁ? 馬鹿ですか? 態とですよ」
「左様でございますか。では俺に勝てると思っているのですか?」
「決して負けませんよ」
「……これから出立しなければならないので、剣のみのお相手でいいですかね」
「…………」

 エバンは腰に刺さった剣を抜いて構えるとアリスフォードも剣を抜き構えた。美しいはずの翠緑色の瞳が禍々しく鈍く光る。真剣は陽光を受けて光る。

「アルちゃんに寄る害虫は死ねよ」
「殿下に俺は殺せないですよ! 護衛対象より弱い護衛などいませんからね。はぁー相変わらず、いい性格してますね……」

 アリスフォードはエバンに切りかかった。血の上った頭では剣は冴えない。アリスフォードは切歯扼腕したが、エバンは余裕ぶった表情でそれを受けた。一方的にアリスフォードが何度も斬りつけまいと剣を振るうが、エバンがそれを余裕で受ける状況が暫く続いた。
 二人は剣王と呼ばれた前スペンサー家当主を師としている。兄弟弟子だった。お互い相手の剣はよく知っている。

「早く殺れよ」
「五月蝿い!」

 エバンはいつも殿下に敬語を使っているが戦闘中ではその限りではない。
 剣戟の音が鳴る。
 
「俺、これから戦争に行くんだけど、知ってますよね。殿下が命令したんですよね」
「…………」
「ほら左、ほら上、次は右……」

 力の差は歴然で、まるで指導のように言った場所にエバンは打ち込んだ。形勢逆転。体格の良い体から繰り出される剣は重く、アリスフォードはその重さに歯を食いしばり受けた。ただいつもならもっと対等に対抗出来たはずだが、経験の少なさが冷静さを欠かせている。

「邪念が多すぎる。ただ相手の剣筋のみ感じよ、と教わったろ? それじゃあ俺は殺せないよ……残念だな」

 ニヤけた笑みが消える。今の状態でもすごかったのにも関わらず、剣戟は篠つく雨のような激しさになった。それに伴いアリスフォードの顔が険しくなる。鋭く力強い横一閃、アリスフォードの剣が弾かれた。エバンはそして急所である鳩尾に剣を突き刺した。腹から血が滲んできて、それはあっという間に服を赤に染めた。アリスフォードは腹を押さえて致命傷を与えた相手を忌々しげに睨んだ。しかしそれも永くは続かなかった。アリスフォードは鮮血を吐いた。

「さっさと治癒魔法かけろよ」
「クソッ! 」
「相手に真剣を向ければ生死をかけた戦いになるのは当然ですよね。悪く思わないでくださいね」

 アリスフォードは呪文を唱え、治癒魔法を自身にかけた。彼の傷が淡い光に包まれると傷口は消え去った。体力、傷口の全てが回復したが、赤く染まった破けた服はそのままである。アリスフォードにエバンは殺せないかったが、エバンにもアリスフォードは殺せなかった。

「続きは帰ってからですね」
「アルちゃんの御守は置いてけよ」

 エバンは鼻で笑って、匂い袋を嗅いだ。

「はぁー……アルセナ嬢の、マジいい匂いだな………」

 この男、嗅覚は犬並みでしっかりと彼女の香りを嗅ぎ分けている。
 這いつくばっていたアリスフォードは顔を上げ睨み付ける。
 その目の前に匂い袋ををぶら下げれば、アリスフォードは即座に最高速度で取ろうと手を伸ばしたが、しかし虚しく空を切った。エバンはニヤニヤしながら、ホレホレと目の前にチラつかせては弄んだ。

「返せ!」
「俺が貰ったものだろ!」

 エバンとアリスフォードの身長差は30センチ近い。アリスフォードが手を伸ばしても飛んでも届かない。苛立ったアリスフォードがエバンの脛を蹴った。

「いてっ!」

 しかし、匂い袋は離さなかった。

「死ね。さっさと戦死しろ!」
「生きて戻ってアルセナ嬢に俺の命も、全てを捧げるんです。アルセナ嬢の為以外に死ぬわけない。彼女を根性悪から守らなきゃいけないので」
「なんだよ、それ……アルちゃん取ったら死んでや
る」
「いいや、殿下はアルセナ嬢がいるこの世を捨てられないですよ」

 アリスフォードはその通りだと反論できずに歯が噛みした。

「クソッタレ」

 と吐き捨てた。アリスフォードの胸中は悔しさ、不甲斐なさでぎっしり詰まって……胸から何かがこみ上げる。彼は気づかれないように踵を返して歩いていった。本日は晴天だが、アリスフォードの足元には雫がこぼれた。
 
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

琴姫の奏では紫雲を呼ぶ

山下真響
恋愛
仮想敵国の王子に恋する王女コトリは、望まぬ縁談を避けるために、身分を隠して楽師団へ入団。楽器演奏の力を武器に周囲を巻き込みながら、王の悪政でボロボロになった自国を一度潰してから立て直し、一途で両片思いな恋も実らせるお話です。 王家、社の神官、貴族、蜂起する村人、職人、楽師、隣国、様々な人物の思惑が絡み合う和風ファンタジー。 ★作中の楽器シェンシャンは架空のものです。 ★婚約破棄ものではありません。 ★日本の奈良時代的な文化です。 ★様々な立場や身分の人物達の思惑が交錯し、複雑な人間関係や、主人公カップル以外の恋愛もお楽しみいただけます。 ★二つの国の革命にまつわるお話で、娘から父親への復讐も含まれる予定です。

酸いも甘いも噛み分けて

篠原 皐月
恋愛
 育った環境が微妙過ぎる為、恋愛方面には全く関心がない、自称他称《フリーズドライ女》の沙織。所属部署では紅一点という事も相まって、サクサクサバサバした仕事中心生活を満喫中。それに全く不満はなかったものの、最近の心のオアシスだったジョニーの来訪が遠ざかり、少々内心が荒んだ状態で飲みに行ったら思わぬ醜態を晒す事に。心の広いできた上司には笑って許して貰えたものの、何故かそれ以降、その上司に何かと構われる事になって、お互いのとんでもない秘密を暴露しあう羽目になる。  その上、社内の人間とは付き合わないと公言している彼との距離が、妙に近くなってきて……。  色々あって恋愛不感症気味の沙織と、妙な所で押しが弱い友之との紆余曲折ストーリーです。カクヨム、小説家になろうからの転載作品です。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

処理中です...