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後編

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 今日はパーティーある。奏の会社の創立記念パーティーだ。家も取引があるので、家族全員招待されている。

 私の平凡顔にはお姫様みたいにフリフリのドレスは似合わないので、シルクで出来たワンショルダーのシンプルだけど少しセクシーなデザインのネイビーのドレスを着た。ダイニングに行くと、父と母とお兄ちゃんが居た。

「すごい素敵だ。今日の月はまるで女神様の様に、神々しく光輝いているね」

 否、なんの変哲もないホモサピエンスだから。お兄ちゃんの虹彩の機能はイカれてて、光量の調節が出来ないに違いない。
 お兄ちゃんは顔面をだらしなく崩壊させて、一眼レフの立派なカメラで私の姿を写真に納めている。

「月、今日のドレスもよく似合っている。暫く会わない内にすっかり大きくなったな。お嫁にやりたくないよ~」

 私は気恥ずかしくて、決まりが悪くなった。お父様はいいんです。たまにしか会えないからね。……お兄ちゃん、写真を何枚撮るつもりなのか。今だに撮影している。




 一流ホテルの一番大きなバンケットルームには沢山の人が来ていた。来てきたトレンチコートをクロークに預けて、お母様から借りたファーのショールを肩から掛けて、リボンを結んだ。

 お兄ちゃんの肘を取ってエスコートされて、両親の後を付いて人だかりの中心に向かった。そこには奏と奏の両親がいた。私に気づいて奏はこちらに駆けてきた。

「るーちゃん、世界で一番可愛い。皆、僕のお姫様を見ているよ。こんなに可愛いるーちゃんを誰にも見せたくないよ」

「か、奏でも凄くかっこいいよ」

 スーツ姿はカッコよすぎて、ドキドキし過ぎて正視できない。

「朝陽さん、今日は月さんを譲ってくれませんか?」

「100年早い」

 100年経ったらお祖父ちゃんになっちゃうよ。ってか、もしかしたら皆生存してないよ。

「二人共、大好きだから仲良くね」

 私は微笑んで奏の腕に手を回した。右手にお兄ちゃん、左手に奏。なんて嫉妬を買わない訳がなくて女子の視線が痛くて辛い。お兄ちゃんと奏を交互に見ると、二人共何故か顔を赤くしている。えー、もしや私が“大好き”って言ったから!?いつももっと甘いセリフを言ってるのに!やめてー、伝染るから。私は耳まで真っ赤になった。

「ごほんっ!先ずは奏のご両親に挨拶しないとね」

 咳払いを一つして、奏のご両親に挨拶を済ませた。次期跡取りのお兄ちゃんと奏には、挨拶に訪れる沢山の人に囲まれている。私は手持ち無沙汰で居心地が悪くて、人だかりから抜けてお手洗いに言った。

 トイレ個室に籠もって、一息つく。

 やっぱり、ああいった華やかな世界は疲れる。

「あ~っ朝陽様、カッコよかった~」

「でも、私は奏様派だな」

「二人共かっこいいよね」

「ってか、古藤 月。ちょいウザイね」

「二人を侍らかして何様って感じだよね」

「お姫様気取りなんじゃない」

 いやいや、違いますよ。そんなつもりじゃないです。まぁいつもの事だけど。

「大して可愛くないのにね」

「まぁ、取り立て可愛くないよね?」

「だね。二人と比べると見劣りするね」

 そんなのいつもの事だかみなまで言わなくても分かってる。私は中学校に上がるまで、父と母と兄と奏の可愛い可愛いお姫様だと信じていた。でも、皆が可愛いといって褒めそやして掛けてくれた魔法は解けてしまった。さっきの様に影で”可愛くない”って言っているのを聞いてしまったから。陰口に耳を澄ませば、今まで見えていなかった真実が見えてきた。現実を見た私は腰まであった緩やかなウェーブのかかった髪を切って、今まで着ていたフリフリのドレスも花柄のワンピースも辞めて、パーカーやジーンズなどのボーイズライクな服に変えた。まあ男の子っぽい服も好きだから別にいいんだけどね。

 二人は化粧をして去って行った。後には花のような甘い香りを残していた。いい匂いの筈なのにそれになんだか胸焼けして気持ち悪くなって、私は“帰る”と兄にメールを送って帰宅した。

 家に帰ってこないだ買った漫画を机に座って、読んだ。幼い頃から夢見がちな私は、物語が大好きだった。物語に浸って主人公に感情移入している内に、現実の悲しいことや辛いことは子削げ落ちていき、私は私じゃない誰かになって、何者でもなれた。それこそ天使にも、お姫様にも。
 王子様みたいな男の子と可愛い女の子が抱き合っている表紙を気に入ってジャケ買いしたやつ。―――――――これは、TLコミックと言うやつでは……私は少し読んではいけないような気持ちを持ちながら、ドキドキしつ続きが気になってついついページを捲る手が止まらなかった。するといきなりガチャリとドアが開く音がして、慌てて振り向いて後ろ手で漫画を隠した。

「るーちゃん、どうしたの?大丈夫?」

 私は焦って、今人生最大に心臓がドキドキしている。

「だ、大丈夫だよ。奏こそパーティー放っておいて大丈夫なの?」

 頼むから、早く出ていってくれ!

「るーちゃんより大事なものなんて無いよ」

 私の方に近寄ってくる奏。

「来ないで!」

 こんなの読んでるのがバレたら、恥ずかしい。大体、漫画読んでる事すら内緒なのに。自分の事で一杯いっぱいで奏の事すら慮れなかった。

「るーちゃんが僕への気持ちに気づくまで、大人しく王子様して待ってたのに、そんな事いうなら手加減しないよ」

「好きだよ、るーちゃん」

 私の肩を掴んで、奏の顔が私の顔に…………

「わーーーーーーっ!」

 バサバサッ!奏を押し返そうと広げた手から漫画が落ちた。それを奏がしゃがんで拾った。

「う゛&@^#*#***」

 声にならない声が漏れる。中身見てるぅ~!

「これ、読んでたの?」

「いや、あの、間違えて買っちゃただけなの。こんな本とは知らなくて……」

「でも、読んでたんだよね」

 笑顔なのに、有無を言わせない圧力が凄い。

「はい……」

「こういうのを読んでるって事は少なくとも嫌いじゃないってことだよね!?じゃあ、遠慮はいらないね。本当はるーちゃんが、僕の事好きだと気づくまで待とうと思ってたんだけどね。僕のお姫様は意外とおませさんだね」

 奏は私を逃さない様に頭を抱いて口づけた。私はドキドキした。でもドキドキした分だけ、奏への気持ちが加速して好きすぎて辛くて……涙が溢れた。

「るーちゃん、そんなに僕の事嫌だった?」

 初めて見る深く傷ついた顔を見て、私はずっと隠していた気持ちを吐露する事にした。

「違うの。辛いのは大したことのない自分なの。奏もお兄ちゃんも可愛いっていつも言ってくれるけど、本当は皆、可愛くないって言ってるの。奏はお兄ちゃんがそう言ってるから、可愛いって刷り込まれてるだけで、いつか私が可愛くないって気づいちゃうんじゃないかって……そう思ったら怖く……!!……」

 奏は私を抱きしめた。

「そんな事とあり得ない。るーちゃんは可愛い。それはるーちゃんがお婆ちゃんになってもね。そして僕がるーちゃんを好きな事も変わらないよ。それは普遍であり、永遠であり、森羅万象でもあり、真理であり、公理でもある。例えるーちゃんが変わっても、幼い頃からずっと一緒に過ごしたるーちゃんを愛し続けるよ」

「るーちゃんは?」

 奏の首コテン可愛いです!

「わ、私もずっとずっと大好きだよ」

「初めて言ってくれたね。ありがとう」

 奏はいつも以上に甘く蕩けるように微笑んだ。それだけでもう腰が砕けそうです。

「私の方こそいつも気持ちを伝えてくれてありがとう」

 奏は甘く痺れるようなキスを何度も交わした。

 お兄ちゃんが私を呼びながら足音を立ててやって来た。心配してくれるのはありがとう。だけど思いっきり扉を開けるからバキッって変な音がしたんだけど、大丈夫かな……扉が!

「大丈夫か!って何してんだー!」

 奏と至近距離で向かい合ってるから、お兄ちゃんに引き離された。

「月さんを僕に下さい!」

「やらん」

 お兄ちゃんそれ決める権利あるのかな。

「るーちゃんも僕の事好きって言ってくれたよ」

「そうなのか」

 私は頷いた。

「僕がるーちゃんをお嫁さんに貰ったら、花嫁道具に陽兄が入っててもいいよ。僕は陽兄のことも大好きだし、三人で暮らそう。きっと楽しいよ」

「えっでも、お兄ちゃん結婚出来なくなりそうな気配がするんだけど」

 私はお兄ちゃんにも幸せになってほしい。

「大丈夫。るーちゃんが沢山赤ちゃん産めばいいよ。で古藤家を継げばいい。るーちゃんの子供可愛いだろうなぁ。一杯子作りしようね!それか娘が出来たら、陽兄お嫁さんにして貰えばいいよ」

「子作りなんて許さんぞ!」

「陽兄はるーちゃんそっくりな赤ちゃん見たくない?」

「う゛っ」

「るーちゃんそっくりな娘が、”大好き”って言ってくるんだよ。僕としても陽兄なら安心して預けられるしね」

「悪くない」

 えー有りなの?シスコンには常識が通用しないらしい。

「叔父と姪って結婚出来るの?」

「日本では出来ないけど、欧州の方では出来る国があるよ」

「いや、やっぱりだめだ。月、ドイツでは兄弟間の結婚について審議されているらしい。二人でドイツに行って、法律改定を待とう」

 えー無理だよ。両親泣いちゃうよ。シスコンは不治の病です。
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