状況、開始ッ!

Gumdrops

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補給庫、爆破ッ!

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ボボボボボ…

  出力の抑えられたエンジンが弱々しい音を出す。
  煙幕も風に流されて薄くなりつつある。

ぅぉぉぉ…

「何か聞こえなかったか?」
「雄叫びみてぇなのが…」
「弱ったのを見て討ち取りに来たんだろ。他の奴らも散っててすぐには助けに来れないだろうし…」

おおおおおおお…!

「間違いないな、近づいてくる」
「ちっ…」
「生還出来なきゃミッション完遂とは言えないな…」
  車内に諦めムードが満ちる。

うおおおおおおおおお!!

『生きてるか、タイガー!?』
「隊長!前、前!」
  突如入った無線と同時に星野が言った。

バパパパパパパパ!
うおおおおおおお!

『こちらレンジャー!遅くなった!』
  戦車の外から千田の声が聞こえてきた。仁村はハッチから頭を出す。周りでは千田に率いられてきた2個小隊分の隊員が戦闘を始めていた。
「助かった!援護してくれ!」
「任せろ!」
  そう言うと千田は指示を飛ばしながら駆け出した。

────────────────────
「なんとか生き延びたな…」
  銃声が遠くに聞こえる後方まで下がった所で仁村は今度こそと息をついた。1度は散った各車も再び集結している。
「確かこの辺り…あ、いたいた」
  仁村は森の中で偽装を施した補給班の姿を見つけた。弾を撃ちきり、エンジンを損傷しているので態勢を整えたかった。

「ちょ、ちょっと!ケガしてないでしょうね!」
  補給班の近くに戦車を停めると河本が駆け寄ってきた。
「大丈夫です~?お怪我があれば治療しますよ~」
  その後ろからフワフワした雰囲気をまとってゆっくりと歩いてきたのは、衛生班の優木春ゆうきはる准尉だ。雰囲気だけではなく、腰まで伸ばした髪や女性的な部分までとてもふわふわしている。見ているだけで癒されそうだ。
「ああ、俺は大丈夫だが…翔、大丈夫か?」
  被弾の衝撃で頭を打ったらしい星野に声をかける。
「あぁ、結構強く打っちゃっ、て…は、春ちゃん?あー、ヘルメット被ってたんで大丈夫っすねー!あはは、あははは!」
  星野は優木の姿を見た途端引きつった笑いを浮かべた。
「えっ!頭を打ったんですか!?それはいけません!診せて下さい!」
  しかし優木は聞き逃さなかった。
「コブになってる…向こうで治療しましょう!」
「た、隊長…!」
「あー…河本、弾薬を補給してくれるか?」
  星野のすがる様な視線から仁村はそっと逃げた。
「そんな!隊長ォー!」
  星野は優木にグイグイと引っ張られていく。力の弱い優木が両腕で星野の腕を引っ張っていくため、星野の腕は彼女のふわふわに押し付けられて大変羨ましい状態になっているが、これから起こるであろう事を思うとそうも言っていられない。

「はいこれ、弾持ってきたわよ。あんまり無茶な戦い方しないでよね」
  数名の補給班員と共に河本がリアカーを引っ張ってくる。
「おお、ありがとう。今回は特別、次からは気をつけるよ。剛、積み込み手伝ってくれ」
  河本が赤ら顔で何か呟いているが、仁村は星野の事が気にかかって耳をそちらに傾けていた。

『コブのところ、ちょっと切っちゃってる…消毒しますね~、キャッ!』
──ガチャン
『ギャア!目に消毒液がッ!?目がぁ!目がああああああああ!!』
『はわわわ!どうしましょう!えと、えっと…ひあっ!』
──つるっ、ガッ!どしゃあ…
『がはっ…きゅぅ…』『きゅぅ~』

  慌てた優木がコケて星野のあごに鋭い頭突きをかまし、そのまま押し倒して2人共のびてしまったところで仁村は目をそらした。医療の知識と腕はあるらしいのだが、いかんせん優木は天然というかドジ過ぎた。見てるだけが1番癒し効果が高いというのは実は周知の事実だったりする。

「さて…あとは被弾のペナルティ時間が過ぎるのを待つだけだな」
  弾の補充を済ませ、戦車の状態を確認した一同は休息がてら戦況を確認する事にした。
『作戦は順調だよ。工作部隊も既に潜入している。』
  今村が無線で話し始めた。

────────────────────
「雨天によりエアボーンは中止だ。陸路で潜入する」
  潜入工作班は1個小隊分の人員で組まれた。
「潜入後は小隊を4個分隊に分け、2個分隊ずつ作戦を開始する。コールサインはゴーストだ」
  各人がオートバイやハンヴィーに乗り込む。
「レンジャーとタイガーが注意を引いてくれている。今の内に補給ラインの破壊といこう。サーチ&デストロイだ。行くぞっ!」

  降り続く雨がエンジン音をかき消してくれたお陰で、Dクラス陣地の深くまで何事もなく潜入できた。
  現在ゴースト1・2は山の中腹からDクラス前線部隊の少し後ろに作られた拠点とその間を結ぶ道路を観察していた。道路は補給物資を積んでいるであろうトラックが行き来し、前線では絶え間なく砲火の爆音が響く。
「防衛は前に偏ってるな。後ろがガラ空きだ」
「ゴースト3、そっちはどうだ?」
『こっちは守りが堅い。少し時間がかかる上に全部というわけにもいきそうにないな』
「こちらゴースト2、了解した」
  ゴースト3・4は1・2よりも深く潜り込み、本補給拠点まで迫っていた。
『こちらゴースト3、30分後にダウンできる』
「よし、それでいこう」
  幽霊達は獲物の背後に忍び寄り始めた。

「GO」

──シュッ

  拠点の裏門傍で見張っていた2人の立哨に雨に紛れて背後から近づき、同時に口を押さえて後ろに引き倒した。あとは麻酔弾を手で直接刺すだけだ。
「うぐぅ!?んぐ、むぐ…ぅ…」
「テイクダウン、裏門クリア」
  動かなくなった立哨を茂みに押し込むと、残りの隊員が音も無く集まる。
  ハンドサインだけ交わすと大きな天幕で作られた2つの倉庫にそれぞれゴースト1・2が向かう。裏門には2人残って服を着替え、立哨のフリをした。

  するりと裏から天幕の中に滑り込んだゴースト1は物資の量に驚愕した。
「前線の倉庫でこれかよ…」
  うず高く積まれた弾箱は頭よりも高く、申し訳程度に空けられた通路は人1人が通れる程しかない。
「出入り口付近の開けた所に仕掛けるぞ」
  流石に搬出されているためか出入り口付近はスペースがあった。そこに占拠・破壊を表明する旗を立て、時限式の空砲を仕掛ける。この空砲の作動で一定範囲の破壊工作が認められる。
「こちらゴースト1、設置完了した」
『ゴースト2、設置完了』
『こちらゴースト3・4、設置完了まであと3分』
  どこも順調の様だった。
「この様子だと上手くいきそうだな」

──バサッ

「「あっ」」
  おもむろに入ってきた敵と目が合った。
  一瞬の空白。
「…はっ!敵しゅむぐぅ!」
  隊員の1人が素早く組み伏せた。
「見張りに気をつけろ!」
  分隊長が小さく注意を飛ばす。
「おいどうした!」「敵か!?」
  2人の見張りがすぐに駆け込んでくる。
  すぐさまゴースト達は排除にかかった。
  先鋒の小銃を払ってその腕を引くと共に顎をカチ上げる。バランスを崩した先鋒見張りは足を払うと簡単に後ろに倒れた。
  次に入ってきていた見張りも既に後ろから組み付かれていた。しかし敵も抵抗する。

パパパパ!

  それは誰を狙った訳でもない射撃だった。弾はあらぬ方向に飛んでいく。しかしながら天幕の外は騒がしくなった。
「ちっ、まずい!敵が集まってくるぞ!」
「こちらゴースト1、敵に見つかった!2分後に起動する!」
「起爆まで装置を守れ!」
  天幕から抜け出たゴースト1・2は素早く迎撃態勢をとった。
  敵の喧騒けんそうは前方左右と3方向から近づいて最早すぐそこまで迫っていた。
「1分だ!1分耐えろ、残りの30秒で離脱する!」

  激しい銃撃戦が始まった。
  天幕が整列して建てられているせいで、ゴースト達は3方いずれかからの銃撃を浴びてしまう。
「弾なら横の天幕にいくらでもあるんだ!頭を出させるな!リロードカバーしろ!」
「左から3人だ!…ぐわっ!」
「1人やられた!」
「装填!カバーしてくれ!」
  ゴースト1・2合同分隊は3分の2まで数を減らし、敵増援は一向に減らない。
  そこに唸りを上げて2輌のハンヴィーが突っ込んできた。
「早く乗れ!」「助かる!」
  裏門にいた2人が車両を取って戻ってきたのだ。
  開け放たれたドアを遮蔽物しゃへいぶつにして援護射撃をしている間にゴーストは素早く車に乗り込んだ。銃座では既にM60機関銃による射撃が始まっている。
  全員が乗り込んだ事を確認するとハンヴィーは急発進で離脱し始めた。
  外周に巡らされたセンサーをぶち壊しながら山道に逃げ込む。

ポン!ポンポン!

  その瞬間、背後で軽やかな破裂音が鳴る。爆破成功の空砲だ。
「HQこちらゴースト1・2、前線補給庫の爆破に成功した!これより帰投する!」
『HQ了解』

『ザザッ…こちらゴース…4、敵に囲ま…ぞうえ…ザー』
  無線機が途切れ途切れの雑音を吐き出す。後ろでは激しい銃撃音もしている。
「ゴースト4か?どうした?」
『ザッ…こち…ゴースト3・4…急増援た…囲まれてる!…たす、がぁっ!ザー」
「ゴースト3・4!ゴースト3・4!」
『ザー』
  返事は無い。
「まずいな…。よし、これより救援に向かう。ハンヴィーを拾っていくぞ!」
「HQこちらゴースト1・2、帰投を中止、ゴースト3・4の救援に向かう。至急増援頼む!」
『こちらHQ、少し早いが次のフェーズに移行する。ヘリを向かわせるので対空兵器を排除せよ。前線を突破する戦車と合流してくれ』
「ゴースト了解、急いでくれ!」

────────────────────
『という事だ、よろしく頼むよ』
「タイガー、了解。ゴーストを拾えばいいんだな」
  今村の説明中にゴーストとHQからの無線を傍受した仁村達は素早く動き始めていた。
「出番だ!車両整備済んでるか?」「バッチリっす」
「弾は?」「積み終えたぞ!」
「ちゃんと休めたか?」
  乗員の顔には元気が戻っている。10式の補充要員も合流した。星野の目はまだ少し赤かったが、傷はきちんと手当てされている。
「よし!全員乗車!出撃するぞ!」
「「「おおっ!」」」
  エンジンが高らかに唸りを上げた。
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