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半分本当にあった怖い話
追い闇
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暗がりには何かが潜む。
昔からよく言われてきた事。
事実、よからぬ事を企む者の多くは陰を好むだろう。
そんな負のオーラを溜め込んだ場所に「何か」が寄り付き、隠れるのも頷ける。
そんな闇に恐怖を抱くのは危機回避の本能か…はたまた、妄想の見せる幻想か…
────────────────────
吐く息が白くなり、次第に虫の声も静まる季節。
昼が減り、夜が延びてくる頃。
僕はこの季節が好きだ。
空気が澄みわたり、爽やかに感じる。
何より星が綺麗で、空気の冷たさがその冴え冴えとした輝きを際立たせて見えるから。
「もうこんな時間か」
窓から射し込む西日は日に日に早くなっていく。
冬は夕方が短い。
それをもったいなく感じながら壁にある電気のスイッチを入れた。
スイッチのランプが消え、天井のLEDが点く。
周りには田んぼしかない上にアパートの上階ということもあって、カーテンは開けっ放しにする。
西日も相まって今が一日で一番明るい時かも知れないなんて事を考えながら、キッチンでポットにインスタントコーヒーを淹れる。
それを片手に押し入れを開けてダウンジャケットと一眼レフカメラを引っ張り出す。
ジャケットに腕を通しながらスニーカーに足を突っ込んだ。
パタパタと両手両足を忙しく動かしながらチラリと窓を見ると太陽は既に姿を眩まし、濃いオレンジ色の空が辺りを染めるのみになっていた。
「早いな~」
誰にともなく独りごちるとドアノブに手をかける。
ドアの小さな覗き窓から明るい廊下と黒々とした東の山が見える。
ドアを開け、鍵もかけずに部屋を出た。
写真が好きというより、自然が好きだった。
特に夕方から夜、明から暗に移ろうその境目になんとも言えない感動を覚えた。
それを写真という形で切り取り保存したくなるのは当然の流れで、一人暮らしを始めてからというもの、よくアパートの屋上で気ままに写真を撮っていた。
「寒っぶ…」
屋上に出るドアを開けると冷たい風が吹き抜けていった。
反射的に両腕で体を抱きながらいつものスポットに小走りで向かう。
田舎の為、周りに自分の住むアパートより高い建物はなく、屋上に出れば遮る物の無い開放的な世界が広がっている。
オレンジだった空は濃紺へとグラデーションし、振り返ると真っ黒な山々が空に溶け込んでいた。
空には針で突いたように小さく光る星と、くりぬかれた光の玉が浮かぶ。
「今日は満月か」
満月の日は明るいから、星が見えにくくなるなぁ…ポットから熱々のコーヒーを注ぎながらぼんやりと考えた。
西のオレンジは紺に押され、遂に地平の田んぼに押し込まれて本格的な夜が訪れた。
満月は辺りを煌々と照らし、街灯など無い田舎道もよく見えるほどだった。
空を見上げていた僕は早々に部屋に戻ることにした。
寒いわけでも、コーヒーが切れたわけでもない。
星が見えないのだ。
月明かりの為か雲はないはずなのに星が見えない。
黒いだけの空などハッキリ言ってつまらなかった。
見上げ疲れた首を回すとポキポキと音をたてた。
続けて腰を捻る。運動不足が祟ったか、小一時間突っ立っていただけなのに、ポキッと鳴る。
ポットとカメラを肩に掛けて屋上の出入口を振り返ったときに「ん?」と思った。
──暗い。
正確には影が大きい、と言った方が正しいかもしれない。
出入口に影が出来るのは分かる。今日は満月だ。
しかし、屋上の端がやたらと暗いのは何の影だ?
小さな違和感が疑問に変わる頃には、胃のムカつきにも似た不気味な感じが胸をぐるぐるとしていた。
オカルトとは無縁な自然派生活をしてきた僕の脳裏に何故その時そういう想像がよぎったのかは分からない。
いわば「感じた」のかもしれない。
そんな馬鹿な話があるか、何も怨みは買ってないし、身近に人死にを経験したこともない。
そんな言い訳で怖い妄想を打ち消しながら、足早に階段を下りる。
廊下に出たとき、不気味な妄想はより強固な現実となって目の前に表れた。
「なんで、こんなに、暗いんだよ…」
元よりボロアパートだったとはいえ、大家さんがちゃんと管理していて小綺麗だった廊下は、黒いスクリーンがかかったように薄暗く、蛍光灯はところどころ切れたり激しく明滅を繰り返していた。
階段を見上げると屋上出入口のドアは暗がりに溶け込んで見えない。
僕は早足というより小走り気味に廊下を進み、次第に速度を上げながら自分の部屋を目指した。
後ろを振り返る勇気など無かった。
振り返らなくとも後ろが真っ暗なことは容易に想像できた。
頭上でバシッと音をたてて蛍光灯が消えても振り返らなかったのは、振り返って妄想が現実になるのを怖れたからかもしれない。
小さなボロアパートの人生で最も長い廊下をようやく駆け抜け、自分の部屋にたどり着く。
ドアノブをひねって、部屋に滑り込んだ。
ドアを後ろ手に閉めつつスイッチのランプを探した。
今夜は満月。スイッチはすぐに──。
「見えねぇ…」
暗すぎる。
そこで気づいた。
カーテンは開け放していたのに月明かりが射し込んでいないこと。そして
部屋の明かりは消さずに出たはずだったこと。
とにかく部屋の真ん中に居座る暗闇から逃げたかった。光の下に出たかった。
だから咄嗟に廊下に出ようときびすを返した。
振り返った目線の高さにドアの覗き窓。
暗闇と目が合った。
昔からよく言われてきた事。
事実、よからぬ事を企む者の多くは陰を好むだろう。
そんな負のオーラを溜め込んだ場所に「何か」が寄り付き、隠れるのも頷ける。
そんな闇に恐怖を抱くのは危機回避の本能か…はたまた、妄想の見せる幻想か…
────────────────────
吐く息が白くなり、次第に虫の声も静まる季節。
昼が減り、夜が延びてくる頃。
僕はこの季節が好きだ。
空気が澄みわたり、爽やかに感じる。
何より星が綺麗で、空気の冷たさがその冴え冴えとした輝きを際立たせて見えるから。
「もうこんな時間か」
窓から射し込む西日は日に日に早くなっていく。
冬は夕方が短い。
それをもったいなく感じながら壁にある電気のスイッチを入れた。
スイッチのランプが消え、天井のLEDが点く。
周りには田んぼしかない上にアパートの上階ということもあって、カーテンは開けっ放しにする。
西日も相まって今が一日で一番明るい時かも知れないなんて事を考えながら、キッチンでポットにインスタントコーヒーを淹れる。
それを片手に押し入れを開けてダウンジャケットと一眼レフカメラを引っ張り出す。
ジャケットに腕を通しながらスニーカーに足を突っ込んだ。
パタパタと両手両足を忙しく動かしながらチラリと窓を見ると太陽は既に姿を眩まし、濃いオレンジ色の空が辺りを染めるのみになっていた。
「早いな~」
誰にともなく独りごちるとドアノブに手をかける。
ドアの小さな覗き窓から明るい廊下と黒々とした東の山が見える。
ドアを開け、鍵もかけずに部屋を出た。
写真が好きというより、自然が好きだった。
特に夕方から夜、明から暗に移ろうその境目になんとも言えない感動を覚えた。
それを写真という形で切り取り保存したくなるのは当然の流れで、一人暮らしを始めてからというもの、よくアパートの屋上で気ままに写真を撮っていた。
「寒っぶ…」
屋上に出るドアを開けると冷たい風が吹き抜けていった。
反射的に両腕で体を抱きながらいつものスポットに小走りで向かう。
田舎の為、周りに自分の住むアパートより高い建物はなく、屋上に出れば遮る物の無い開放的な世界が広がっている。
オレンジだった空は濃紺へとグラデーションし、振り返ると真っ黒な山々が空に溶け込んでいた。
空には針で突いたように小さく光る星と、くりぬかれた光の玉が浮かぶ。
「今日は満月か」
満月の日は明るいから、星が見えにくくなるなぁ…ポットから熱々のコーヒーを注ぎながらぼんやりと考えた。
西のオレンジは紺に押され、遂に地平の田んぼに押し込まれて本格的な夜が訪れた。
満月は辺りを煌々と照らし、街灯など無い田舎道もよく見えるほどだった。
空を見上げていた僕は早々に部屋に戻ることにした。
寒いわけでも、コーヒーが切れたわけでもない。
星が見えないのだ。
月明かりの為か雲はないはずなのに星が見えない。
黒いだけの空などハッキリ言ってつまらなかった。
見上げ疲れた首を回すとポキポキと音をたてた。
続けて腰を捻る。運動不足が祟ったか、小一時間突っ立っていただけなのに、ポキッと鳴る。
ポットとカメラを肩に掛けて屋上の出入口を振り返ったときに「ん?」と思った。
──暗い。
正確には影が大きい、と言った方が正しいかもしれない。
出入口に影が出来るのは分かる。今日は満月だ。
しかし、屋上の端がやたらと暗いのは何の影だ?
小さな違和感が疑問に変わる頃には、胃のムカつきにも似た不気味な感じが胸をぐるぐるとしていた。
オカルトとは無縁な自然派生活をしてきた僕の脳裏に何故その時そういう想像がよぎったのかは分からない。
いわば「感じた」のかもしれない。
そんな馬鹿な話があるか、何も怨みは買ってないし、身近に人死にを経験したこともない。
そんな言い訳で怖い妄想を打ち消しながら、足早に階段を下りる。
廊下に出たとき、不気味な妄想はより強固な現実となって目の前に表れた。
「なんで、こんなに、暗いんだよ…」
元よりボロアパートだったとはいえ、大家さんがちゃんと管理していて小綺麗だった廊下は、黒いスクリーンがかかったように薄暗く、蛍光灯はところどころ切れたり激しく明滅を繰り返していた。
階段を見上げると屋上出入口のドアは暗がりに溶け込んで見えない。
僕は早足というより小走り気味に廊下を進み、次第に速度を上げながら自分の部屋を目指した。
後ろを振り返る勇気など無かった。
振り返らなくとも後ろが真っ暗なことは容易に想像できた。
頭上でバシッと音をたてて蛍光灯が消えても振り返らなかったのは、振り返って妄想が現実になるのを怖れたからかもしれない。
小さなボロアパートの人生で最も長い廊下をようやく駆け抜け、自分の部屋にたどり着く。
ドアノブをひねって、部屋に滑り込んだ。
ドアを後ろ手に閉めつつスイッチのランプを探した。
今夜は満月。スイッチはすぐに──。
「見えねぇ…」
暗すぎる。
そこで気づいた。
カーテンは開け放していたのに月明かりが射し込んでいないこと。そして
部屋の明かりは消さずに出たはずだったこと。
とにかく部屋の真ん中に居座る暗闇から逃げたかった。光の下に出たかった。
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振り返った目線の高さにドアの覗き窓。
暗闇と目が合った。
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