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流星群
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「この合宿でなんとかしようって、頑張ろうって、思ったのになぁ……」
それは独り言の様であり、後悔の様でもあった。
『まだワンチャン』『合宿終わってないんでしょ?』
コメントには慰めや励ましの言葉がちらほらと流れる。
「終わってないよ。終わってないけど、こんなに迷惑かけちゃったし……ひどいこともしたし……そんな私なんかが……」
言葉にすると、自分の罪を再認識してしまって更に自責の念に駆られる。
(もう、終わっちゃったんだよ……)
画面が滲んでコメントがぼやける。
涙がぽろぽろと次から次へと溢れ、落ちる。手元を冷たく濡らす。
この数十分で幾度涙がこぼれただろうか。
もう止まりそうもなかった。
「ぐすっ……うっ……」
喋るのもままならず、放送は嗚咽とコメントだけが流れる。
(こんな方法で難波くんに助けを求めちゃったけど……私、よく考えもせずに……きっと迷惑だったろうな……約束も守らずに、ひどい態度もとったのに。私の時だけ都合のいいように……)
このまま消えてしまいたい、とさえ思った。
難波が来なければいいのに、と。
「中た……みぃほ!」
聞き慣れた声が響く。
今一番会いたくて、どんな顔をして会えばいいか分からない人。
反射的に顔を上げる。きっと涙と複雑な気持ちでくしゃくしゃだろう。
ライトが消され、逆光のシルエットが難波の姿に変わる。
膝丈の草を踏み分けて、短い下草に覆われた広場に入る。
広場の真ん中で立ち止まった難波の肩は上下しており、走ってきた事が分かった。
「みぃほ……」
優しく呼びかける難波を真っ直ぐ見られなくて、顔を背ける。
(どこまで優しいの……)
林の中を捜し回って大変な思いをしたのに、それをおくびにも出さず微笑んで。
みぃほの名で呼んだのも私が放送中だったからだろう。
「私……私……」
(私は、なんて言えば……)
何と返すべきか分からず、言葉に詰まる。
「わこつ」
「えっ?」
突拍子のない発言に呆気にとられて、難波の顔を見る。
「ナイスアイデアだと思う。枠取り、お疲れさま」
「……うん」
心臓がとくん、と脈打ち、胸が温かくなる。
「何から話せばいいかな。……えっと、まずライブの事なんだけど」
「あっ、あれはっ!」
咄嗟に立ち上がって弁明しようとするのを難波が遮る。
「うん、知ってる。全部聞いた。そういうところ、みぃほらしいよ」
「怒って、ないの?」
「怒るわけない。何も間違ったことしてないじゃないか。それより俺の方こそ嫌われたのかと……」
語尾がやや弱まる。
「違うよ!そんなわけない!」
「でもね、みぃほがさっき全部話してくれたから」
「え?さっき?……あっ!」
言ってから、さっきまで放送で自分が話していた内容を思い出して赤面する。
あれではまるで告白だ。
「あの、あれは違くて、その……っ!」
「違うの?」
難波の表情が曇る。
「いやっ、違わないんだけど、えっと……」
顔が熱い。火が出そうだ。
「だから俺も、全部話すよ」
「……?」
最早見ていない放送画面も静まり、先行きを見守る。
「文化祭の前にさ、ライブ見に来るって言ってくれただろ?俺、実は凄く嬉しくって。まぁ、その……張り切っちゃったんだ」
少し照れ臭そうに目線を逸らす。
しかしすぐに真っ直ぐこちらを見る。
心なしか鼓動が速まった。
「そのせいで放送も行かなくなったし、会話も減った。ずっと話しかけようとしてたって後から聞いたよ」
(あぁ、ルリかな……?やっぱり全部気付かれてたのね)
親友の観察眼とお節介に舌を巻く。
「それから君と話しにくい雰囲気になってしまったのをずっと後悔してた。君と話さなくなってから、君の笑顔が、君との会話が、とても大切なものだと気づいたんだ……」
やや言いづらそうに、しかし芯のある声音でゆっくりと言葉を紡いでいく難波。
その表情は夜が深い紺に染めていたが、私と同じ真っ赤に違いない。
私の心臓が痛いほど強く脈打つ。
「俺は、もっともっと君と話したい。君を知りたい。見ていたい」
難波がすうっと息を深く長く吸うと、同じ時間をかけて吐き出す。そしてもう一度、今度は鋭く息を吸った。
「俺は……君が好きだ!」
手からスマホが滑り落ちた。
心臓が張り裂けんばかりに胸を叩く。そっと胸に両手を当てる。ドキドキと高鳴る鼓動が難波に届いてしまいそうだ。
難波の言葉が身体に染み込んでゆくにしたがって、胸の奥からじわじわと温かいさざ波が同心円状に体の隅々まで広がってゆく。
そのさざ波は目尻から温かい雫となって、幾度となくこぼれ落ちた。
「うん……私も」
それだけ応えると、涙がとめどなく溢れてきてしまい、両手で顔を覆う。
「……」
優しく体を抱き寄せられる。
難波の胸は決して逞しい訳ではなかったが、頼もしく、私と同じくらいドキドキと高鳴っていた。
ひとつになったシルエットの上を、長く尾を引く光茫が右から左へと流れた。
「あっ、流れ星……」
難波につられて空を見上げる。
きら、きら、と音もなく光が駆け抜ける。
「ふふっ……」
願掛けする必要もなくなった上に一緒に見る事さえ叶ったと思うと、自然と笑みがこぼれた。
「どうした?」
「……秘密」
難波が不思議そうな顔をするが、それを言うのは恥ずかしくてごまかす。
「なんだよぉ……」
難波が不満げに口を尖らすが、それもまた可笑しくて笑ってしまう。
「……やっと、笑顔が見れた」
言われてから涙を見せてばかりだったと気づく。
涙を拭う。
もう溢れてはこなかった。
「……あ!放送!」
拭った右手に何も持っていない事に気づいて、生放送をほったらかしていたことを思い出す。
足元にあったスマホを拾い上げると、放送はとっくに終了していた。
コメントログの欄は祝福と冷やかしのコメントで埋まっていて、全て筒抜けだったことを悟る。
「しばらくは冷やかされるんだろうなぁ」
それでも放送を控えようとは思わなかった。
「帰ったら放送するから、来てね」
「楽しみにしてる」
1度視線を交わすと2人で空を見上げる。
流星群は絶え間なく星を降らせ続けていた。
それは独り言の様であり、後悔の様でもあった。
『まだワンチャン』『合宿終わってないんでしょ?』
コメントには慰めや励ましの言葉がちらほらと流れる。
「終わってないよ。終わってないけど、こんなに迷惑かけちゃったし……ひどいこともしたし……そんな私なんかが……」
言葉にすると、自分の罪を再認識してしまって更に自責の念に駆られる。
(もう、終わっちゃったんだよ……)
画面が滲んでコメントがぼやける。
涙がぽろぽろと次から次へと溢れ、落ちる。手元を冷たく濡らす。
この数十分で幾度涙がこぼれただろうか。
もう止まりそうもなかった。
「ぐすっ……うっ……」
喋るのもままならず、放送は嗚咽とコメントだけが流れる。
(こんな方法で難波くんに助けを求めちゃったけど……私、よく考えもせずに……きっと迷惑だったろうな……約束も守らずに、ひどい態度もとったのに。私の時だけ都合のいいように……)
このまま消えてしまいたい、とさえ思った。
難波が来なければいいのに、と。
「中た……みぃほ!」
聞き慣れた声が響く。
今一番会いたくて、どんな顔をして会えばいいか分からない人。
反射的に顔を上げる。きっと涙と複雑な気持ちでくしゃくしゃだろう。
ライトが消され、逆光のシルエットが難波の姿に変わる。
膝丈の草を踏み分けて、短い下草に覆われた広場に入る。
広場の真ん中で立ち止まった難波の肩は上下しており、走ってきた事が分かった。
「みぃほ……」
優しく呼びかける難波を真っ直ぐ見られなくて、顔を背ける。
(どこまで優しいの……)
林の中を捜し回って大変な思いをしたのに、それをおくびにも出さず微笑んで。
みぃほの名で呼んだのも私が放送中だったからだろう。
「私……私……」
(私は、なんて言えば……)
何と返すべきか分からず、言葉に詰まる。
「わこつ」
「えっ?」
突拍子のない発言に呆気にとられて、難波の顔を見る。
「ナイスアイデアだと思う。枠取り、お疲れさま」
「……うん」
心臓がとくん、と脈打ち、胸が温かくなる。
「何から話せばいいかな。……えっと、まずライブの事なんだけど」
「あっ、あれはっ!」
咄嗟に立ち上がって弁明しようとするのを難波が遮る。
「うん、知ってる。全部聞いた。そういうところ、みぃほらしいよ」
「怒って、ないの?」
「怒るわけない。何も間違ったことしてないじゃないか。それより俺の方こそ嫌われたのかと……」
語尾がやや弱まる。
「違うよ!そんなわけない!」
「でもね、みぃほがさっき全部話してくれたから」
「え?さっき?……あっ!」
言ってから、さっきまで放送で自分が話していた内容を思い出して赤面する。
あれではまるで告白だ。
「あの、あれは違くて、その……っ!」
「違うの?」
難波の表情が曇る。
「いやっ、違わないんだけど、えっと……」
顔が熱い。火が出そうだ。
「だから俺も、全部話すよ」
「……?」
最早見ていない放送画面も静まり、先行きを見守る。
「文化祭の前にさ、ライブ見に来るって言ってくれただろ?俺、実は凄く嬉しくって。まぁ、その……張り切っちゃったんだ」
少し照れ臭そうに目線を逸らす。
しかしすぐに真っ直ぐこちらを見る。
心なしか鼓動が速まった。
「そのせいで放送も行かなくなったし、会話も減った。ずっと話しかけようとしてたって後から聞いたよ」
(あぁ、ルリかな……?やっぱり全部気付かれてたのね)
親友の観察眼とお節介に舌を巻く。
「それから君と話しにくい雰囲気になってしまったのをずっと後悔してた。君と話さなくなってから、君の笑顔が、君との会話が、とても大切なものだと気づいたんだ……」
やや言いづらそうに、しかし芯のある声音でゆっくりと言葉を紡いでいく難波。
その表情は夜が深い紺に染めていたが、私と同じ真っ赤に違いない。
私の心臓が痛いほど強く脈打つ。
「俺は、もっともっと君と話したい。君を知りたい。見ていたい」
難波がすうっと息を深く長く吸うと、同じ時間をかけて吐き出す。そしてもう一度、今度は鋭く息を吸った。
「俺は……君が好きだ!」
手からスマホが滑り落ちた。
心臓が張り裂けんばかりに胸を叩く。そっと胸に両手を当てる。ドキドキと高鳴る鼓動が難波に届いてしまいそうだ。
難波の言葉が身体に染み込んでゆくにしたがって、胸の奥からじわじわと温かいさざ波が同心円状に体の隅々まで広がってゆく。
そのさざ波は目尻から温かい雫となって、幾度となくこぼれ落ちた。
「うん……私も」
それだけ応えると、涙がとめどなく溢れてきてしまい、両手で顔を覆う。
「……」
優しく体を抱き寄せられる。
難波の胸は決して逞しい訳ではなかったが、頼もしく、私と同じくらいドキドキと高鳴っていた。
ひとつになったシルエットの上を、長く尾を引く光茫が右から左へと流れた。
「あっ、流れ星……」
難波につられて空を見上げる。
きら、きら、と音もなく光が駆け抜ける。
「ふふっ……」
願掛けする必要もなくなった上に一緒に見る事さえ叶ったと思うと、自然と笑みがこぼれた。
「どうした?」
「……秘密」
難波が不思議そうな顔をするが、それを言うのは恥ずかしくてごまかす。
「なんだよぉ……」
難波が不満げに口を尖らすが、それもまた可笑しくて笑ってしまう。
「……やっと、笑顔が見れた」
言われてから涙を見せてばかりだったと気づく。
涙を拭う。
もう溢れてはこなかった。
「……あ!放送!」
拭った右手に何も持っていない事に気づいて、生放送をほったらかしていたことを思い出す。
足元にあったスマホを拾い上げると、放送はとっくに終了していた。
コメントログの欄は祝福と冷やかしのコメントで埋まっていて、全て筒抜けだったことを悟る。
「しばらくは冷やかされるんだろうなぁ」
それでも放送を控えようとは思わなかった。
「帰ったら放送するから、来てね」
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1度視線を交わすと2人で空を見上げる。
流星群は絶え間なく星を降らせ続けていた。
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